その40 らいかのセカイ

「中流階級、三人家族の一軒家。……そんなとこね」


 らいかの家とその周辺を一回りして、結論を出す。


「…………ふうむ。なるほどな」


 さきほど、光久がここへ来た時、自分の故郷に似ている気がした。

 確かに、そのセカイの雰囲気は、光久のセカイのものと似ている。

 だが、よくよく観察してみると、少しずつ違いがあることがわかった。


 このセカイにおける建物は、全般的にプレハブ小屋めいた安っぽい作りであることが多い。家のデザインも無個性で、どこか、災害時に見られる仮設住宅を思い出させた。

 まるで、このセカイの家屋は壊されることを前提に建てられているかのように見える。


「ねえ、光久」

「なんだ?」

「この場所、どういうところだと思う?」

「……そうだな。じゃ、お互いの考え、一緒に言おうぜ」


 光久は、努めて明るく言った。

 さもなければ、この空虚なだけの空間に呑み込まれてしまう気がしたためである。


「いいわよ」

「じゃ、いくぜ。……せーの」


「らいかの故郷……とか?」「美空らいかの思考世界、かな」


 答えは揃わなかったが、その方向性は似ていた。


(ここは恐らく、らいかの過去に関連しただ)


 不思議と、そういう直感がある。


「その、思考世界ってのは?」

「ここって恐らく、らいかの記憶を元に再現された空間なんじゃないかな。精神感応者テレパスが使う技術に、心的表彰イマゴスコープってものがあるんだけど。これはその、イマゴスコープで観察したヒトの心象風景に似てるわ」


 魔衣はそこで、いつの間にか拝借していた、このセカイの雑誌を開いた。

 聞いたこともない出版社が発行しているその紙面には、色とりどりのスイーツが特集されている。


「ほら、ここ」

「……ん?」


 内容に軽く目を走らせると、それまでの文脈とは全く関係なく、


――あああああいいいいうううううえええええええおおおおおおお。


 という文字で埋まっている部分があった。

 まるで、記事を書いている人が、唐突に仕事を放棄したみたいに。


「らいかの記憶がはっきりしてないところは、ぼんやりしたイメージになってるみたい。これ、思考世界の特徴なんだ」

「……へー」


 ぼんやりとした返事。

 話は半分も理解できていなかった。

 むしろ、半分くらいはなんとか着いていけている自分を褒め称えたい。


 光久は、なんとかその”思考世界”と呼ばれるものを、自分なりの言葉に変換しようと試みた。


「ようするに俺たちは、らいかの夢の中にいるってことか?」

「……うーん。夢ってほどぼんやりしたイメージじゃないんだけど。ま、当たらずとも遠からず?」


 どうやら、六十点から七十点くらいの答えだったらしい。

 魔衣は続けた。


「ここはやっぱり、あの巨大な”太陽”の内部だと思う。その中にある一部屋が、らいかの心を投影して作られた空間になってる……って感じかな?」

「部屋……? ここが?」


 光久は空を見上げる。

 どこか、ノスタルジックな気分を想起させる夕焼け空。

 それが、世界の果てまで続いているように見えた。


「じゃ、あれは、絵に描いた空ってことか?」

「……みたいなものじゃないかしら。少なくとも、擬似的なものであることは間違いないわ」


(つまりここは、死人専用の刑務所みたいなモンか)


 光久は、ぼんやりとそう思う。

 ちなみにこの感想は、かなり的を射ていた。

 実際、この空間は、死者を閉じ込めておくための檻なのである。


――もっとも、そのことに気づいたのは、ずいぶんと後になってからのことであったが。



 しばらく、代わり映えのしない住宅街を歩く。

 “勇者”の無口が伝染したかのように、三人とも口を利かなかった。


 ようやく、光久が口を開いたのは、たっぷり二十分は歩いた頃だろうか。


「しかし、……どうなんだ。この人気のなさは」

「ええ。なんだか不気味ねー」


 魔衣も困惑顔だ。


「極端に他人を恐れる人は、こういう心的表彰イマゴを形作るらしいけど」

「でも、らいかは、他人を恐れてる風じゃなかったよな。むしろ、積極的に喧嘩をふっかけてた。……違うか?」

「さあ? それが、他者への恐怖の裏返しなのかも知れない」


 コピー&ペーストを繰り返したかのような道のりに変化が起こったのは、それからしばらく歩いたところである。


「おい、あれ」

「うん」


 光久が指さした先には、木々に囲われた、大きめの公園があった。

 ようやく目にした風景の変化に、少し早足になる。


 公園の中をのぞき見ると、その中央付近に、堂々と屋台が立っているのが見えた。

 屋台には、「おめん」「あまぐり」「べびーかすてら」「かき氷」ののぼりが挙がっており、自然、光久たちは引き寄せられるように、そこへ向かう。


「ちなみに、その、うんたらスコープ流にあの屋台を分析すると、――どうなる?」

「わかんない。あたし、テレパスじゃないもの。……でも、らいかにとって、とても大切な場所だと思うわ。そうでもなければ、ここに存在したりしない」

「そうか……」


 屋台の奥には、黒いフードを目深に被った、いかにも“怪しい感じ”の人が立っている。

 光久の常識では、とても客商売に向いているとは言えない格好だ。


「こんにちは。らいかについて聞きたいんだけど、いい?」


 魔衣は、ほとんど状況説明を省いた上で、訊ねる。

 “らいかの世界”の者であれば、当然その程度の論理の飛躍は許されて然るべきだと判断したのだろう。


「イイですよ」


 フードを被った男は、平然として応えた。


「その前に、甘栗はいかが? 飲み物もありますにゃ」

「あたしたち、お金持ってないけど」


 にゃはははははは、と、フードの男は笑った。


「もらっても、ここじゃあ使うところがありませんにゃ。おごりにゃ」


 そこで光久は、よくよくフードの中を覗き込む。

 一瞬、その中は、無限の暗闇が存在している……ように見えた。

 が、違う。


 男の顔は、漆黒の毛並みを持つ猫の形をしていたのだ。


「………………!」


 その、ぎょろりとした二つの目玉を視線があって、たじろぐ。


「どうぞ」


 黒猫頭の男は特に気分を害した感じもなく、ほかほかの甘栗が入った袋と、冷たい烏龍茶が入ったグラスを渡してきた。


「……で? らいかはいま、どこに?」

「ここんとこずっと、忙しい日が続いてるみたいだにゃ」

「今、どこにいるかわかる?」

「わからんにゃ。でも、そのうち戻ってくると思うから、もう少し待ってほしいにゃ」

「そのうちって、いつまで?」

「さあ? そこまでは……」


 魔衣は露骨に胡散臭そうに、


「……そう」


 と言って、押し黙る。


「君は何者なんだ? らいかとはどういう関係?」

「ウチは、らいかの友達ですにゃ。たぶん、この世で唯一の」

「友だち、だって?」


 光久と魔衣は、目を合わせた。


「だったら、らいかについて何か教えてもらえないか?」

「いいにゃよ。……それなら、すっごくちょうどいいモノがあるにゃ」


 言いながら、男は店の奥に引っ込み、なにやらごそごそと物を漁り始める。


「えーっと。……たしかこの辺に……あ、あったにゃ」


 取り出したのは、四箱のDVD―BOX。

 タイトルは『魔女ッ娘☆らいかちゃん』とあった。


「なんだそれ」

「らいかちゃんの活躍を、面白おかしく編集したDVDにゃ」

「へえ。ずいぶん、用意がいいんだな」


 光久が感心して言うと、猫頭の男はえへんの胸を張る。


「こんなこともあろーかと、趣味でコツコツ作ったものにゃ。我ながらいい出来だと思ってるにゃ。ちなみに全134話あるにゃ」

「ひゃ、134話だと?」

「これでもディレクターズカット版にゃ」

「悪いが、いちいち全部観ている暇はない。簡潔に、必要な情報だけ教えてくれ」


 言うと、猫頭の男は、目を丸くする。


「……マジで? ヘコむにゃ」


 ぶつくさ言いながら、猫頭の男はDVDをしまった。


「それじゃあ、前作から観てたファンだけがニヤリとできる演出とか、そういうのを見逃してしまうにゃ。それでもいいのかにゃ?」

「……構わないよ」

「アナタ、途中から映画館に入っても平気なタイプ?」

「ふだんはそうじゃないけど、今は急いでるんだ」

「でもにゃあ……せっかく作ったのににゃあ……」


 光久は渋い顔をする。

 どうやらこの男、意地でもDVDを観せずにはいられないらしい。


「それじゃあその、DVD―BOXだけ寄越してくれ。あとで観るからさ」

「それなら、許すにゃ」


 すると、猫頭の男はニンマリと笑った。


(まあ、テレビもDVDプレーヤーもないから、もらっても再生できないんだがな)


「じゃ、簡単にDVDのあらすじだけ話すにゃ。しばしのご静聴をお願いいたしますにゃ」


 そして、彼は語り始めた。


――”魔女”、美空らいかの物語を。

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