その36 ソラへ

 “魔女”たちの“社”には、予定していたよりも遙かに早く到着した。

 飛竜に乗っていた時間は、十数分にも満たなかっただろう。


「迎えに来てくれてる……って、そう考えた方が良さそうね」


 魔衣が呟く。


「そうだな」


 視線の先にあるのは、宙づりのイタリアン・レストラン。

 煉瓦造りのその店には、とってつけたような煙突が数本。そこから、白い煙がもうもうと吐き出されていた。


 飛竜を降ろし、店内に入り込むと、


「いらっしゃい♪」


 白髪の“魔女”が、自ら出迎える。


――七色はくや。


 たしか、そういう名前の”魔女”だったか。


「待ちかねたわ♪」


 はくやは、以前会った時と変わらず、どこか謳うような口調だ。

 白髪の“魔女”は厨房へと向かいながら、少しだけ声を張り上げる。


「紅茶かコーヒー♪ どっちがいーい?」


 少なくとも、敵意はない雰囲気だ。

 あくまで雰囲気だけだが。


「アイスコーヒーで」

「あたしも」

「はぁい♪」


 すると、


 ごおごごごごご、ごごごごごごごごごごごごごごごご……。


 突如として、足下が振動を始めた。


「なに?」


 不信げに、当たりを見回す。

 “モンちゃん”がやたらめったら跳ねて、「ぢい、ぢい!」と鳴いた。


「ちょっと! あれ!」


 魔衣が、窓の外を指差す。

 見ると、ものすごい勢いで光久達のいる“社”の高度が上がっているのがわかった。


 振り返って、厨房に向かう。


「なあ、はくやさん。君は、俺たちをどうするつもりだ?」


 人数分のお茶菓子と食器をテーブルに並べながら、はくやは応えた。


「あなたが望むことのお手伝いです♪」

「じゃあ、らいかに会わせてくれ」

「何を隠そう、今まさに、らいかちゃんのところに向かってるところですよ♪」

「話が早くて助かる」

「でも、到着までしばらくかかるわ♪ おしゃべりは、移動しながらの方がいいでしょう?」


 もっともな意見だった。のんびりことを進める理由はない。

 白髪の“魔女”に促され、光久たちはテーブルについた。


「“勇者”さんも、どうか一口」


 はくやは“勇者”にもジュースを勧める。

 “勇者”はそれに応えず、その代わりに肩に乗っかった“モンちゃん”がストローをすすった。


 一息ついて。


「それでは、質問タイム♪ なんでもどうぞ?」


 はくやは、どこか状況を愉しんでいるように見える。

 口を開いたのは、魔衣だ。


「青髪と金髪の“魔女”に“社”を襲わせたのは、あなた?」


 まず、彼女が敵でないことを証明させたいのだろう。


「ええ♪ もちろん私よ」

「なぜ?」

「二人は、新しい力を手に入れる必要があったの♪」

「力を? そのために“社”を攻撃した? どういう理屈?」


 魔衣の疑問はもっともだ。


「ええと。その質問に答える前に、少しだけ話題を遠回りさせてもよろしいかしら」

「どうぞ」

「……“魔女”が新しい力を得る手段については、みなさんご存じ?」


 隣に座る少女は、少しだけ視線を泳がせて、


「たしか、感情の爆発を戦闘力に変換する、とか。……そう言う話なら聞いたことがあるわ」


 それは光久も知っている。

 いつだったか、手記に書いた覚えがあったためだ。


「正解♪ では、その“感情の爆発”がもっとも大きくなるのは、どういう時でしょう?」


 一瞬、魔衣の視線が中空を彷徨う。

 いつかの、遠い過去の出来事を追想しているような、……そんな感じだ。


「……うーん。愛する人が死んだとき、とか。そんな感じ?」

「それもあるわね。真実の一側面だわ♪」

「じゃあ、その逆。愛する人が現れたとき」

「ロマンチックね♪ それも正解♪」

「他にもあるの?」

「あるわ」


 はくやは、憂いを帯びた笑みを浮かべて、


「自らの命が潰える、その瞬間よ♪」

「ああ……そりゃ経験ないわ」


 魔衣は苦く笑う。


「戦って、戦って、最後の力を使い果たして、そうして敗れた時♪ 私たちの魂は、爆発的な感情エネルギーを生む。そうして“魔女”は新たな力を得るの♪ ついでにコスチュームも新しくなるわ♪」

、青いのと黄色いのを、俺たちにけしかけた、と?」

「そう♪ レミュエルさんの“社”って、あの、鬼みたいなシキナさんがいらっしゃるでしょう?」

「鬼みたい、って……」


――言われてるぞ、シキナ。


「彼女って、私たちにとってとても都合のいい人なんです♪ 戦士としては一流で……そのくせ、実は人殺しに抵抗がある♪ かといって、少しも甘くはない♪ “魔女”が力を得るには、ピッタリの相手なの」

「なるほど」

「彼女なら、うまいこと二人を半殺しにしてくれると思ったんだけれど♪ でも、二人とも結局、消化不良な感じで負けちゃったみたいね♪」


 はくやは笑みを崩さない。

 二人の失敗は、計算の内。と、――そんな感じだ。


「わかるようで、わからん話だな……」

「普通の人がそう感じるのも無理はないわ♪ 通常、格闘術というものは、反復練習によって身につけるものだから♪」


――命が潰える瞬間、戦闘力が飛躍的に上がる、か。


 たしか『ドラゴンボール』に出てくるサイヤ人がそういう設定だったな、と、心の隅っこで考えている。


「それで結局、君らの目的は? 強くなって、どうするつもりだったんだ?」

「光久さんと同じよ♪」

「……というと?」

「らいかちゃんの始末をね、――“造物主”サマから頼まれたものだから」

「キミたちにも?」

「ええ♪ なんでも、らいかちゃんったら”はじまりの世界”を崩壊させようとしてるんですって♪」

「なんだって?」


 光久と魔衣は、同時に目を丸くした。


「でも、……なんで、そんな……」

「さあ?」

「さあ、って……」

「”造物主”さま曰く、らいかちゃんは『そういう存在』だかららしいわ♪」


 顔をしかめる。


――真の“魔女”は、愛するものを傷つけずにはいられない。


 と、そういう話だったが。


「だが、君はあの金髪と青髪の二人を、”社”に置いていったままにしている」

「ええ♪」


 白髪の“魔女”は、むしろ満足げにうなずいた。


「だって、もともと二人には期待してなかったもの♪」


 はくやは微笑む。少し翳りのある笑顔だった。


「私たちね、これでも、仲良し四人組だったのよ♪ 二人は特にらいかちゃんに懐いてたから。……仮に、新たな力をつけたとしても、きっと戦えなかったわ」

「なるほどな」


 光久は、皮肉げに笑う。

 彼女のもくろみが、これで理解できた。


「つまりキミは、適当に理由を仕立てて、二人を置いて行きたかったんだな。友だち同士で殺し合いをさせたくなかったから」

「ざっつ・らいと♪」


 これは、友だち想い……と、表現していいものか。


「利用されたシキナは、良い迷惑だ」

「うん♪ だからこんど、お詫びにティーセットを贈るつもりよ♪」

「そういう乙女チックなもの、喜ぶのかな」

「実はね、ああ見えてあの人、乙女なところもあるんです♪」


 くすくすくすくす、と、笑うはくや。


「ちなみに、キミは? 一緒に来てくれるのか?」

「ごめんなさい♪ まっぴらごめんだわ♪」


 正直なやつだ。


「いくら”造物主”サマの頼みごととは言え、お友だちは殺せません♪」


 確かに。

 たとえ相手が”神”だとしても、その言いなりになるかどうかはこっちの自由だ。


「それじゃあ……やっぱり、俺達だけでらいかを止める必要があるのか」

「ええ♪ 私たちはもとより、渡し船の役割をするだけ♪ あとはお任せします♪」

「やれやれ……」


――まあ、邪魔が入らないだけマシか。


 その時。

 ふいに、光久の足下に、奇妙な浮遊感が生まれた。


「――おお?」


 一瞬、ストレス性のめまいかと疑う。

 だがどうやら、立ちくらみの類ではないらしい。

 “社”全体が、軽く振動していたからだ。


「な、ななな、なにこれ?」

「すぐに重力場が調整されるから。心配しないで♪」


 はくやの言うとおりだった。

 違和感があったのは、ほんの数秒。

 コーヒーの入ったグラスが、少し揺れた程度で収まる。


 光久と魔衣は立ち上がり、再び窓を見た。

 外は、白濁した色で埋まっている。雲の中を潜っているのかも知れない。

 そうなると、レストラン全体の強度が心配だった。

 レストランの窓は、木枠で固定されているだけで、大して頑丈には見えない。

 それでも壊れないのは、魔法の力、というやつのお陰だろうか。


 しばらく窓を注視していると、――外の視界が、一瞬にして晴れ渡った。

 澄んだ青空が眼下に見えて、


「うわっ」「ひゃあっ」


 同時に、二人分の悲鳴が上がる。


 レストランの窓から見える風景。

 そこに、目映いばかりの星々が煌めいていたのだ。


 窓に張り付いて、できる限り周囲を見回す。


「そ、……そんなバカな」


 どうやら、この建物の外には、……宇宙空間が広がっているらしかった。

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