その34 三ツ目の質問

 “やくそう”。

 “エリクサー”と書かれた薬瓶。


「”やくそう”は、『小さな怪我であれば、即座に回復する』……と」

「”エリクサー”は、『怪我を回復して、魔力を回復する』、ね。この『魔力』ってなにかしら」


 ”クエストブック”をひも解きながら、使えそうなものをいくつか鞄へ詰め込む。


「この“HOLY WATER”っての、”聖水”って意味だよな。たぶん」

「へえ、やるなあ。光久、英語が読めるんだ」


 どうやら、魔衣のいたセカイでは、英語は必修科目ではなかったらしい。


「まあ、これくらいなら。……効果は『悪しきものを退ける』か。まあ、使えそうだな」


 見たところ、”勇者”のいたセカイは、英語に近い言語が使われているようだ。瓶のラベルに書かれている文字は、アルファベットをブロック型に変形させたような形をしている。


「他に必要なものはあるかね?」


 レミュエルが訊ねた。


「これで十分です」

「本当に、我々の手助けはいらんのか? “社”にいる冒険好きが聞けば、大喜びで手を貸しそうなものだが」


 確かに。


――シキナがいてくれれば。

――“ショートケーキ”がいてくれれば。


 あるいは容易く、“魔女”を屈服させられるかもしれない。

 だが、そういうのと今回の“試練”は、少し違う気がしていた。


「いいんです。俺たちだけで」


 “俺たち”というのは、“勇者”と魔衣、それに自分を加えた三人のことである。

 一瞬だけ光久は”勇者”の顔を見て、


「本当なら、”勇者”の力だって借りたくはない」


 だが、”造物主”が”クエストブック”を託してきた以上、最低でも”勇者”の力は必要になるだろうと思われた。


「君も覚悟しているとおりだ。らいかを相手にするのなら、戦闘は避けられまい」


 苦い表情を作る。


「蹴ったり殴ったりするのは、もううんざりなんですが」


 話を振られて、魔衣がうつむく。


「どうだろう? 結局は、殺してしまうのが一番いい解決策かもしれないぞ。すでに死んでいる者を、さらに殺すことができれば、の話だが」

「もし、そうなったら……」


 光久は、努めて前向きに言った。


「その時に悩みます」


 ふいに、嫌な気分になる。

 今、自らの手で、らいかの首を絞めるイメージが鮮明に浮かんだのだ。

 相手ののど元に親指を突き立てて、気道を塞ぐように力を込めて。


 五分、十分。“魔女”が死に到るまで、どれほどの時間が必要だろう。


――殺しは得意なほう?


 魔衣の言葉が蘇った。

 冗談じゃない、と、心の底から思う。


「色々、世話になりました」

「世話に“なった”とは、引っかかる言い回しだ。もう戻ってこないつもりかね?」

「いえ、……そんなつもりでは」

「仕事が一区切りついたら、ことの顛末まで話してもらいたい。今回のことは、手記に書きたいと思っているからな」


――この人も手記を書くのか。


 内心で共感を覚えつつ、うなずく。


「わかりました。約束します」


 そう言うと、不思議と勇気が生まれてきた。

 六日前、急に根無し草になったものだから、よくわかる。

 帰る場所があるというのは良いものだ。



 旅立ちの前。

 光久は、持ってきた革のマントを“勇者”に羽織らせた。

 すると、まるでファンタジー映画の主人公のように映えて見える。


 しかもこのマント、ただの格好付けのための装備ではなかった。

 かさばりそうな見た目に反して、羽のように軽く、頑強で、刃を通さず、衝撃を吸収する性質があるらしい。

 正直、ちょっとだけ欲しい、と思った。

 だが、元々これは“勇者”の持ち物だ。本人が使うのが一番だろう。


「キマってるぜ。映画雑誌の表紙を飾れるぞ」


 なんとなく、声をかける。

 もちろん、“勇者”は黙したままだった。



 レミュエルの“社”から少し離れた場所に、飼い慣らされた飛竜が棲む森がある。

 そこへ向かって、魔衣が高く指笛を吹いた。

 鋭い音が、鬱蒼と生い茂る森林に吸い込まれてから、数秒後。

 飛竜の羽ばたく音が聞こえてくる。


「……よし。練習通りね」


 魔衣が、ぐっとガッツポーズをした。

 飛竜の操縦法は、“社”に居る間にシキナから習ったらしい。


「一匹はあたしが運転できるけど。……三人だと、数が合わないわねー」


 確かに。

 飛竜に取り付けられる鞍は、二人乗り用のものしかない。

 無理をすれば三人で飛べないこともないが、無闇に無理をさせるのも考えものだ。

 少し、考え込む。


――こんなことなら、自分も飛竜の乗り方を教えてもらえばよかったな。


「……あら」


 そこで、魔衣が何かに気づいた。

 見ると、一人の女の子がすぐそばに立っている。


「君は……たしか、月華ちゃんって言ったっけ」

「うん」


 活動的な服装に、赤い帽子を目深に被っているのが特徴的な、十歳前後の女児だ。


「どうかしたの?」

「飛竜。乗れる人、足りないと思って」

「ああ……」


 魔衣が納得する。


「レミュエルに言われて、来てくれたわけ」


 月華は、こくりとうなずく。

 人見知りする性格なのだろうか。視線を地面に落としながら、少女はボソボソと呟いた。


「可愛くて、良い子。

 それか、格好良くて、賢い子。

 キモくて救いようがないのもある。

 ――どれが良い?」


 魔衣は首を傾げる。


「……ん?」

「どれか。選んで」

「ええと……。それじゃ、カワイイやつ」


 魔衣が言うと、月華は背負ったリュックサックを降ろして、握りこぶし大のカプセルを取り出した。

 カプセルには二カ所の突起があり、それを押すことで中身が取り出せるようになっているらしい。

 月華は、カプセルを両手で持って、


「エンゲージ。――“サイファイ・モンキー”」


 スイッチを捻る。

 同時に、金色の輝きがカプセルから飛び出した。

 輝きは、徐々に一つの形を為し、……一匹の猿に似た動物として安定する。


「ほおーっ」


 思わず、歓声を上げてしまった。


「この子は“サイファイ・モンキー”。名前はモンちゃん。手乗りサイズ。なかなかのかわいさ。セルフ・テレキネシスで空中浮遊できる。一人くらいなら、一緒に飛べると思う。……それと、喧嘩っ早いけど喧嘩は弱い。戦わせないで」


 淡々とした口調で、その生き物について説明する月華。


 “モンちゃん”とやらは、きょとんと周囲を見回した後、「ちぃ」と、庇護欲をかき立てる鳴き声を発した。

 そして、人懐っこく“勇者”の身体に飛び移り、……よたよたと、肩のところに掴まる。

 夢と幻想と、子供向けアニメの中にしか登場しない類の生き物だ。

 軽くチョップしただけで死にそうだな、と、光久は思った。


「こいつは……君のペットなの?」


 訊ねると、月華は不機嫌顔を作る。


「ペットちがう。ともだち」


 彼女なりに、そこはこだわりポイントらしい。

 月華のバックの中をのぞき見ると、そこには“サイファイ・モンキー”とやらが入っていたカプセルと同じものが、ぎっしりとつまっていた。


「よくわからんが……このカプセルの中に、いろんなモンスターが詰まってるのか?」

「うん」

「それらみんな、君のともだちなわけだ」

「まーね」


 光久は舌を巻く。

 どうやら、そういう・・・・世界の来訪者であるらしい。


「とにかく、助かった。君のともだち、借りるぜ」

「うん。……気を付けて」


 月華が手を振る。

 光久はそれに応えて、魔衣が操る飛竜に飛び乗った。


「北へ針路をとればいいのね?」

「ああ。……“魔女”たちの“社”へ」


 そして、“勇者”に向かって振り向く。


「ついてこれるか?」


 見ている間にも、“勇者”の身体がふわりと浮き上がった。

 肩に乗せた“モンちゃん”が、少し発光している。

 魔衣の“念動力”に近い術を使って、“勇者”の身体を浮遊させているのだ。


「――よし」


 確認すると同時に、がくん、と、飛竜が飛び立つ。

 一瞬、舌をかみかけて慌てた。


 こんなところで舌が回らなくなっては、笑い話にもならない。


*        *        *


 あまり恐怖は感じていなかった。

 ただ、心にぽっかりと穴が開いたような不安だけが在った。

 “死地へ向かう”というのは、あるいはそういうことなのかも知れない。


 “造物主”にした三ツ目の質問を思い出す。


「この“試練”には失敗する可能性があり得るが、失敗した場合、どうなるのか?」


 するとあの娘は、こう応えたものだ。


「大丈夫。そのことに関しては、何も心配いらない」


 この“試練”が失敗する可能性があるとしたら。


「君が息絶えるとき。だ」

(2015年2月10日 記)


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