ギルバート、終焉に死す
鬼人となった斑鳩の動きはバルドルに届いた。斑鳩だけならまだしも、この斑鳩と同じ力をを持つ成長したアール。
「ならん……このような事があってはならん!」
バルドルは上空に無数の光の弾を生み出すと光の雨を降らす。アールと斑鳩は歯牙にもかけないが、ここには一人人間がいる。
ギルバート。
「ギル!」
斑鳩がギルバートを庇い、雨避けとなる。それを見逃さないバルドルではない。二人を同時撃破しようとしたが、もう一人、人外となった少女アール。
「あなた、絶対許さない!」
アールの周りを赤い蝶が舞う。アールはバルドルの身体に掌底を叩きこむ。蝶がバルドルを喰らうように身体の一部が消滅。
「人外魔境を作り出す、貴様等ヤドリギ……我と並びえるからこそ、脆くなる事もある事をしっておるか?」
「?」
疑問符を並べるアールに身体を砕かれながら、バルドルはアールの腕を掴み。アール自身を光で縛った。
「斑鳩、お前もだ」
斑鳩を縛ろうととした光を見てギルバートは斑鳩をはねのけ、上空から降り注ぐ光の雨に打たれた。
「がぁあああ!」
「ギル!」
「……斑鳩、聞け。今はコイツを倒す事じゃない……このデカブツを第13
ギルバートは光の雨に打たれる度、火傷のような痣が広がっていく。
「この雨は、貴様等ヤドリギの力を持つ者を殺す雨だ。この世界に少しでも貴様等と同じ力を持つ者がいればそれは皆死に至る。生き残るのは身体にタタリギの因子を宿していない者だけ。だが、この世界にそんな人間がいるのかは……分からんがな」
ギルバートは辛そうな顔を見せて弱っていく。
アールの動きを封じた事で、バルドルはかろうじて斑鳩と対等に渡り合っていた。攻め手が失われ、ギルバートの命の火が消えかかっている。
(俺は……また)
人外化生の力を得ても尚、何も守れない。
斑鳩が嘆く寸前、Y028部隊。ムードメーカーのローレッタが防護スーツを着てこの場に降り立った。仰々しい武器を持っている。
「それがアガルタのレールガン……本部の奴ら、こんなもんあるならさっさと出しやがれ」
辛そうに笑うギルバートを見てロールは顔色を変える。
「ギル……早く避難を」
ギルバートは気だるそうに立ち上がるとローレッタの頭に手をポンと置いた。
「今の斑鳩達じゃ、あいつを殺りきれない。今、お前が出来る事をちゃんとやれ……そんな物お前しか使えねーだろ?」
メカメカしい武器、どうやって使うのやらギルバートは検討もつかない。ローレッタはそう言われて泣きそうになりながら頷く。
「うん、フリッツ聞こえる? 私の木兎に専用チャージャーを直結すれば数発は撃てるんだよね?」
『うん、第13
斑鳩も、斑鳩の猛攻をしのいでいたバルドルもローレッタの登場、そして何か秘策を引っ提げている事に気づく。
ローレッタは撃牙のような巨大な武器を構えるとバルドルではなくそれをアールに向けていた。
「星喰、この武器。こんなタタリギが現れる事を悟ってたみたい。アールちゃん、その光の縄を切るからじっとしててね!」
成長したアールを木兎経由で見ていたローレッタはそう言うと、レールガンを放つ。いくらアールが引っ張っても引きちぎれない光の縄は星喰の一撃で強烈な破裂音と共にアールの拘束を解く。
同時にバルドルは突如現れた脅威であるローレッタを狙う。斑鳩に足を取られても腕を切り離して飛ばした。
解放されたアールがそれを追うがさすがに追いつけない。腕に装着するレールガンをつけたままではローレッタは回避できない。
スローモーションのようにギルバードがローレッタの盾となる。バルドルの腕がギルバートの心臓を貫き、ローレッタの目の前でギルバートの瞳から光が失われていった。
「ギル? ねぇギルやん……起きてよぉ! 馬鹿ぁ!」
斑鳩は角の生えた手に力を溜めるとバルドルの身体を思いっきり貫く。アールもまた渾身の蹴りをバルドルの頭部に、ローレッタはぶつぶつと何かを呟くとレールガン、星喰をバルドルに向けた。
「よくも、よくもぉ!」
瞳孔が開いたローレッタは怒りに任せて、レールガンをバルドルに向けて放った。バラバラに跡形もなく消滅したバルドルを見て斑鳩は通信を入れる。
「詩絵莉、見えたな? ギャラルホルンを撃て!」
斑鳩の言葉と共に、ギルバートの背中に突き刺さったバルドルの腕が金の剣となって高速で飛び立っていく。
狙うは最後の希望である詩絵莉、虎太郎はその辺に転がっていたバイクに乗って第13
でないと……
「説明しよう。ヤドリギマンブラックの特殊能力は見渡せる範囲でしか及ばないのである。但し、見渡せる範囲においては俺は、無敵の魔法使いだ」
もう一キロ圏内に移動要塞は迫っている。虎太郎はこのままバイクを乗り捨てて、詩絵莉がいる狙撃ポイントに走って行っては時間がない。そのままバイクを腕の力でウィリーさせると壁を登る。
「やべぇ! 始めて乗ったけど、俺案外センスあるかも」
ギアを一番重く強い物に変えると虎太郎はそのまま詩絵里が対物ライフルを構えている高台を目指す。
走っている最中、虎太郎のインカムにローレッタがバルドルの元にレールガンを持って到着したという通信が入った。
「多分、あの武器じゃアイツは殺りきれない。早く詩絵莉さんとこ行かないと」
上空から黒い塊が飛来してきていた。恐らく牙千代。しっかり仕事をこなしできたのだろう。本来であれば虎太郎が今ここで頑張っている事は不本意であったが、このままだと多分良くない事が起きると虎太郎は確信していた。
「くっそぉ!」
階段をバイクで登るのが厄介極まりない。本来高台からの狙撃というものはあまり好ましくないと何処かで読んだ事があった虎太郎だったが、今回は逆で狙う対象がでかすぎるので高いところから巨大コアを確実に当てに行くという趣旨なのだ。
「詩絵莉さーん!」
狙撃体制で、今か今かとギャラルホルンのパッケージ開封を待っている詩絵莉、虎太郎が来ても微動だにしない。
「虎太郎。どうしたの?」
スコープを覗きながらそう言う詩絵莉。彼女は今、銃と一体化しているようだった。
一種のゾーンに入ったような状態。虎太郎は何を言うわけでもなく、肩掛けバックに入れておいたドリンクをコトンと詩絵莉の手元に置く。そして双眼鏡で移動要塞の状況を確認。
「実は俺、魔法使いなんです」
唐突な虎太郎のカミングアウトに詩絵莉は素になって聞き返す。何故なら、それを思わせる瞬間に自分は居合わせた。
「ホントに?」
「嘘です。すみません」
「そうよね。聞いた私が馬鹿だったわ」
かと言って虎太郎が酔狂でここにいるわけではない事も詩絵莉はなんとなく知っていた。恐らく一番この少年と長い時間を共にした間柄、それなりに虎太郎の癖についても知っている。
彼は何かを成すべく為にここにやってきたのであると、カッコいい部分は残念ながら微塵も感じないが、それをわざと、あえて振る舞っているあたりこの虎太郎には何かがあるのだろう。
大人である以上、毎度毎度虎太郎に一杯食わされるわけにもいかない。
そんな事を考えていると詩絵莉は少しだけ口角が上がっている自分を感じた。
虎太郎の姿をしっかりとは確認できないが、むしゃむしゃと何かを食む音が聞こえるので、飽きもせずに万能ナッツを食べているのだろう。
「ユーさんが死にました。すみません」
知っている事実。ユーは実際長くなかった。今では考えられない重犯罪者を実験に使った劣化ヤドリギの成れの果てが彼であった。
「もしかして責任感じてるの?」
「まぁ、ちびっとだけ」
もくもくとやはり万能ナッツを齧る音。それに詩絵莉はかける言葉が見つからないから自分の大好きなコミックの言葉を虎太郎に教えた。
「へぇ、それがアーリーンさんの、へぇ」
「虎太郎、殺すわよ」
「うんうん、その感じです。随分肩の力が抜けましたよ」
その時、通信が入った。
『詩絵莉、ギャラルホルンを撃て』
待ってましたと言わんばかりに、手際よく詩絵莉は紅い弾丸の封を破くとそれを対物ライフにセットして、すぐさま狙うと引き金を……
ズドン!
それは虎太郎も一瞬、詩絵莉が引き金を引いた音だと錯覚した。詩絵莉の両腕が無くなり、対物ライフが破壊されていなければそう信じていただろう。
詩絵莉の悲痛な顔、それは激痛ではなく、仕留められなかった。第13
追撃となったのはこの斑鳩の通信。
『ギルバートが、
その言葉を聞いた詩絵莉の表情は見るに堪えない物だった。虎太郎はかける言葉も見つからない。
虎太郎は迫りくる移動要塞よりも、気が狂いそうになっている詩絵莉よりも、詩絵莉を切り裂いたバルドルの破片である金の剣よりも、自分の中で溢れてくる憎悪のようなものを抑える事が精いっぱいだった。
「なんでこうなった?」
虎太郎が誰に言うわけでもなくそう言うと、金色の剣はゆっくりといびつな人型を取った。それはバルドルとしてのプライドだったのかもしれない。
「あんたしつこすぎ」
虎太郎が据わった目で睨みつける。それを負け惜しみととったバルドルは虎太郎に言う。
「全ては終わった。我の勝ちだ」
巨大な移動要塞は第13
人類の敗北。
黙示録の成就が成された。
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バルドルに敗れ、世界は第13
終焉を回避できず、滅び、ゴーストコロニーと化した第13
そしてバルドルはすぐに何かがおかしいと気づいた。自分が忘れている何か……その何かに気づいたのは、目の前で不自然に砕けている小さな石の欠片がくっ付いた瞬間を見た時。
「まさかまさかまさか、まさかぁ!」
バルドルの予感は的中した。この第13
否。
世界は停止し、そしてゆっくりと元に戻ろうとしていた。
虎太郎は両目のコンタクトレンズを取ると、妙に疲れた顔で動かない詩絵莉の頬をぺしぺしと叩く。すると詩絵莉は意識を取り戻す。
「私の……手が……」
「詩絵莉さんの手は切り落とされてないですよ」
「えっ?」
いましがた感じていた激痛は確かにない。両手はちゃんとある。それだけじゃなかった
詩絵莉の目の前で破壊されたハズの対物ライフルが修復していく。
「なにこれ?」
「俺の魔法」
前髪が上がった虎太郎の瞳は不思議な文様が浮かび、詩絵莉はそれを見て驚きながらも冷静にこう言った。
「虎太郎。貴方が魔法使いって言うの、本当だったのね」
それに虎太郎は噴出した。
「ぷふっ! ごめんなさい。これ魔法じゃないです。俺の唯一の力、滅眼の本当の力。どんな事でも一度だけ無かった事に出来るんです。今までは瞬間的な出来事を無かった事にしてたんですけど、今回は第13
虎太郎がそう言うのだから実際そうなんだろう。詩絵莉は理解が追い付かないが、そうならば気になった事があった。
「ねぇ……それって何か代償とかあったりしないの?」
虎太郎の感想。
「鋭いなぁ~、二つくらいあるかな。良い方と悪い方」
虎太郎が呑気に言うので、もしかするとそんなに大した代償ではないのかもしれないと詩絵莉は安堵して聞く。
「良い方は?」
「多分、滅眼が完全に発動しきったら、俺と牙千代さんの事をみんなは記憶に残ってないと思います。詩絵莉さんなら分かると思いますけど、俺達や、バルドルが来なかった世界の可能性に書き換えますから」
それの何処が良い方なのか、詩絵莉は頭にきたが、これが良い方なら悪い方は一体? 詩絵莉は大体予想してしまった。
だが、この虎太郎や牙千代の保護者でもあるのだ。Y028部隊の大人は……だから聞かねばならない。
「じゃあ悪い方は?」
虎太郎は青い顔をして言った。
「多分、十年か十五年くらい寿命が減った」
虎太郎の寿命を代償にしたという事なのだろう。それに詩絵莉は叫びそうになったが、虎太郎が鼻に手を当てる。
「俺の世界ってさ。なんもなければ90歳くらい。人によっては100歳くらいまで生きられるんです。俺は今十七でしょ? だから大体あと三十年くらいは生きられるから、十年減ったくらいもーまんたーい!」
本当に呑気にそう言った。詩絵莉は虎太郎があと三十年くらいしか生きられない。という言葉を聞いて、今みたいな魔法を過去に二回以上使ったという事。
「……そんな、あんまりよ」
詩絵莉が涙を浮かべるので虎太郎はたははと笑う。
「そんな悲しまないでくださいよ。これも俺の家の御剣の呪いってやつです。はじめは両親から俺の記憶を消した時、次は牙千代が貴子姉さんに殺されたのを無かった事にした時。で、今回かな。俺は後悔してないですよ。俺がやりたいから力を使った。まぁ、みんなに忘れられるのは少し寂しいけど……おぉ?」
虎太郎は詩絵莉に後ろから抱きしめられた。それは弟を慈しみ、愛おしむ姉のように、少しだけ虎太郎は目を細めてその温かさに身を委ねようかと考えたが、ゆっくりと離れる。
「ギャラルホルン、次は当ててください」
虎太郎がそう言った時、あの移動要塞で死んだハズのユーが虎太郎の前に現れ、大きなあのライオンのようなタタリギへと姿を変える。その背に虎太郎を乗せるとそれは駆けて行った。
一瞬の事で何が起きたのか分からなかったが、詩絵莉の手の中には未開封の縮退ディケイダー『
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