第5貸 限定付与魔法
冒険者支援協会をセフィーは軽い足取りで出る。
向かう先は神殿。
神殿には経験値をレベルに変換してくれる魔法装置がある。
経験した事を生命力だか魔力だかに変換する事で耐久力や筋力、魔法やスキルといった諸々のステータスを上昇させるということらしいが、細かい理論や理屈というものはセフィーは知らない。
偉い学者とかなら事細かく説明してくれるだろうが、そんなものを知らなくてもレベルアップしてくれる装置という事さえ分かれば、使用するのには十分だ。
冒険者が一番利用するが、レベルが上がれば簡単に身体能力が上がるので、一般人でもレベルアップの為に数年に1度くらいは訪れる場所だ。
ルーナに尋ねて、場所は分かっている。
神殿は協会の裏手にあり、すぐに見つかるという事だ。
冒険者支援協会の目の前に塔の入口らしき門があるのが見える。
塔の周囲は高い石壁に囲まれ、門の前には門番が2人立っている。
呆然としたまま連れて来られたので外に出るまで気が付かなかったが、ラースから聞いた話によると冒険者支援協会を始め、武器防具屋や鍛冶屋などの冒険者がよく利用する施設は塔に近い中心街に集中してあるそうだ。
そこから大通りに掛けて宿屋や生活必需品を売る雑貨屋や服屋、食材屋があり、その周囲を住居が囲んでいる。
アンダガイナスには塔内部以外にはモンスターが生息していない為、そしてこの街が生まれた切欠が塔を探索する冒険者を支援する為だから、こういう造りになっているらしい。
石壁が外側では無く塔の周囲にしか無いのはそれが理由だ。
だがその石壁もほぼ毎日のように冒険者が塔の探索に向かっているので、低階層のモンスターはその過程で倒されて、モンスターが入口から出てくるような事態はこれまで聞いた事が無いとのことだ。
壁は念の為に配置してあるだけだった。
塔に視線を送りながら冒険者支援協会をぐるりと周ると確かに神殿はすぐに見つかった。
大理石で出来たような荘厳で巨大な門構えの立派な建物がすぐに見える。
その建物だけ、どこか清浄な空気が流れているように感じるのは、神を奉ずる神聖な場所だからだろうか。
「でもいくらなんでも大き過ぎない……」
ポロリと口から声が零れる。
冒険者支援協会も大きな建物だと思ったが、神殿は高さも幅もその5倍近くある。
恐らくこの街の施設の中で最も大きいだろう。
「おや?新しく落ちて来た人かな?」
神殿の威容に圧倒され、呆気にとられて見上げていると通りすがりの人に声を掛けられる。
そして新たにこの街に落ちて来た人には親切に説明をするというこの街の暗黙のルールに従ったのか、セフィーが求める前に説明を始める。
「この街には色んな種族や地域の人が落とされて来るから、信仰する神様が多いんだよ。それを1つの場所にまとめているからこれだけの規模になってるんだ。それに信仰する神様が居なくてもレベルアップの為に冒険者や街の人も利用するからね」
セフィーも無信仰なのでレベルアップ以外では寄る事は無いだろう。
ちなみにレベルアップに必要な経験値は素質や種族によって異なり、冒険者カードにもレベルアップ後に獲得した経験値分しか表示されないので、経験値がそれなりに溜まってレベルが上がりそうだと思ったら、頻繁に神殿で確認するのがセオリーだと言われている。
神殿に毎日通うのは非効率に思えるが、例え1つでもレベルが上がれば、能力値は上がり、それだけモンスターとも戦いやすくなるし、探索もしやすくなるので、トータルで考えると効率は良いのだ。
「あの、レベルアップってどこに行けばいいんでしょうか?こんなに大きいと迷ってしまいそうですし」
「ああ、それは大丈夫だよ。神殿に入ったら一番奥に行けば、ちゃんと扉にレベルアップの間って書いてある場所があるから」
「そうですか。どうもありがとうございます」
セフィーは頭を下げて礼を言ってから神殿へと足を踏み入れる。
神殿の中も外見に違わず大理石のような白い石で作られていて、荘厳な雰囲気を漂わせている。
天井まで吹き抜けになっており、左右の壁側にはたくさんの扉が並んでいる。
奥には螺旋状の階段があり、2階、3階も同じような作りになっている。
扉の1つを見てみるとセフィーの知識に無い神様の名前が書いてあった。
中までは確認しないが、扉の奥にはそれぞれの神を奉る社とか神殿とかがあるのだろう。
神殿の中はそれなりに人がいる。
冒険者もいるが、法衣や神官衣を着ている者もいるし、子供もちらほらと見える。
見た感じでは礼拝に来た人の方が多いように思える。
まぁ、いきなり理不尽に地下に落とされたら神に縋りたくもなるだろう。
セフィーはキョロキョロと辺りを見回しながら奥へと進んでいく。
言われた通り一番奥まで行くと、4つの扉がある。そのどれにも扉には《レベルアップの間》と書かれてある。
「どこに入っても良いのかな?」
セフィーは一番左の扉を開けようとする。
だが鍵が掛かっているのか開かなかった。
よく扉を見ると使用中の札が掛かっていた。
多分プライバシーの関係とかで他の人が入れないようにしているのだろう。
セフィーは未使用と書かれている隣の扉を恐る恐る開ける。
「あの~、こんにちは~」
「は~い、ちょっと待っててねぇ~」
すると奥から高い声と共に緋袴姿の犬頭族が現れる。
犬頭族はその名の通り犬の頭をした種族で、敬謙で従順な種族性の為に神に仕えたり、神殿などで神職を務める者が多い種族だ。
寿命は人族より20年近く短いが、生まれて3年で成人し、その後、死ぬ数年前まで全く力が衰えず、老化もしない。
その為、見た目だけでは年齢や性別が分かりづらい。
「おや、初めて見る顔だね。私はシンプティ。見ての通り犬頭族の巫女だ。宜しく頼むよ」
「あ、はい。セフィーです。今日は宜しくお願いします」
巫女という事なので恐らくは女性なのだろう。
さらに神殿の魔法装置の管理を任せられているくらいなので、それなりの年齢とレベルなのかもしれない。
失礼になりそうなのでその辺は聞かない事にする。
「ここに来たって事は当然レベルアップ作業だよね。ほら、さくっとカードを出して」
セフィーは言われるままに首から掛けていた冒険者カードを取り出す。
その間にシンプティは脇にあった棚から白い箱を持ってくる。
箱の上面には掌を模った模様が描かれてあり、側面には薄いスリットが入っている。
冒険者支援協会で見たものを同じものだ。
この箱自体は手を置いた人物の魔力を感知し、その情報をカードに書き込む端末でしかない。
しかしこの端末は冒険者支援協会にあったものと見た目も機能も一部異なる。
カードを挿入するスリット口とは反対の面に紐のようなものが取り付けられてあり、壁の奥に続いている。
この壁の奥にはレベルアップの魔法装置本体が存在しているはずだ。
設置されている魔法装置本体はかなり大きな代物であり、そう簡単に動かせるような代物ではない。
その為、端末を直接、魔法装置本体と繋げる事で、こうして個室でレベルアップ作業が行えるようにしたのだ。
この端末を通す事でカードのレベルの書き換え作業も同時に済ませられるので便利なのだが、繋がっている紐のようなものの長さのせいで神殿まで足を運ぶ必要があるという不便さもある。
「それじゃあ、レベルアップを…ってなんじゃこりゃ!?」
準備が整い、シンプティが作業を開始しようと表示された経験値を見た瞬間、そんな声を上げる。
正直、もし自分が同じ立場なら同じように驚くと思うので、セフィーは苦笑いを浮かべるしかない。
「レベル3で経験値10984って、どんだけ溜めてたんだよ!普通、もっと早くレベルアップさせるでしょ!!」
何故かシンプティに怒られてしまう。
けどこの大量の経験値を手に入れた経緯も理由もセフィー自身にも分からないので、やはり苦笑いを浮かべるしかない。
そしてカードを見ただけでは分からなったが、どうやら9999以上の経験値を獲得していたらしい。
「ま、まぁ、とりあえずレベルアップ作業は進めるよ……『汝が内に培われし力よ。その秘めたる想いと共に汝が力と変えよ。さすれば汝が身には祝福が訪れ、恩恵を授かるだろう』!!」
シンプティの詠唱と共にセフィーの手から箱へ向けて魔力が流れていく。
その魔力を受けた白かった箱は眩しいほどの青い輝きを放ち始める。
部屋の中が青に満たされると、徐々にその光はセフィーの手に吸い込まれるようにその輝きを弱めていく。
そして全ての青い光がセフィーの中に入り込むと、部屋の中も箱も元の色を取り戻す。
「いや~、流石に一気に6レベルも上がると輝きが全然違うね。ちょっと新発見だよ」
犬の顔のせいで表情は窺い知れないが、その口ぶりから一応は驚いているようだ。とはいえ大量の経験値を見た時の比ではない。
なにはともあれ、セフィーのレベルアップは無事に終了した。
冒険者カードを確認すると、レベルは一気に9にまで上がっていた。
《レベル9、体力40/106、魔力25/101》
ほんのついさっきまでに比べて最大値が、体力は2.5倍、魔力に関しては4倍も上昇している。
それに伴い各種ステータスも軒並み3倍近くに跳ね上がっている。
レベル10にまでは足りなかった経験値も2600くらいが残っているので、レベル2桁の大台になる日も近いかもしれない。
普通ならば数年は冒険を続けなければ、辿り着けないレベルにセフィーはたった数日でその手前まで辿り着いてしまったのだ。
「ふ~ん、セフィーくんは色々と特殊なんだね。素質が2つもあるっていうのは何人か見た事があるけど、まさか限定魔法をこの目で見る事になるとは思わなかったよ。大量の経験値を手にしたのもこれが要因なのかな?」
「えっと、すみません。限定魔法って何なんでしょうか?」
1人で納得しつつあるシンプティに対し、逆にセフィーの方がいまいち分かっていない。
そもそも限定魔法というのも初めて聞く言葉だった。
「自分の魔法なのに知らないのかい?ちゃんとカードにも書かれてあるだろ?」
そう言われてセフィーは冒険者カードを改めて見てみる。
カードに表示された内容を下へスライドさせていくと、ステータスの更に下に覚えている魔法やスキルが書かれている。
その中の1つに《限定付与魔法》という文字があった。
「そういえば確かに冒険者になった時からあった気がします。けど付与魔法の素質が人より低いから付与魔法の一部しか使用出来ないって意味だろうと聞いたと思ったのですけど」
「そんな事を言ったのはどこの誰だい!私が文句を……って、まぁ、地上じゃ仕方が無いか。限定魔法は伝承が残っているかどうかっていうくらいの殆ど知られていない魔法だし、私もここに落ちてきてからその存在を初めて知ったものだし」
シンプティも詳しく知っている訳ではない。
たまたまこの神殿に貯蔵されていた文献で読んだものの中にその言葉があったのだ。
特殊な素質の持ち主の中でもごく稀に、本人にしか使えない特別な魔法を扱える者が生まれるということだ。
文献によれば古代文明が栄えた時代より前の時代には数多く居たらしいが、文明が進むに連れてその数を減らしていったという。
本人にしか使えず、全く同じ魔法というのが他に存在しなかった為に、本人限定の特殊な魔法という事で《限定魔法》という名前になったらしい。
「とりあえず限定付与魔法という欄を触ってごらん。それで魔法の詳細が分かるはずだよ」
シンプティに言われるまま、限定付与魔法の項目を指で触ると魔法の名前が脳裏に浮かび上がる。
《限定付与魔法 レンタル レベル8》
更に魔法名の下には簡単な説明が書かれてあった。
《詠唱不要。術者が他者の手に触れて力を貸したいと願う事で魔法レベル分までの自身のレベルを相手に貸し出す事が出来、貸し出した相手の経験を術者も得る事が出来る。効果時間は12時間。対象は1人》
その突飛な内容に驚くと共に納得する。
トマスの森でレベルが下がった理由がようやく判明した。
昨晩から冒険者支援協会でレベルが元に戻った事を確認するまでの間で直接手を触れた事がある人物は数人しか居ない。
その中で、少しでも力になれたら良いなと思いながら触れた人物は1人しか居ない。
その人物は黒曜姫ユリイース。
あの時はユリイースのパーティーが絶望の底へ向かうという事で声援を送りたいと思っていただけだったが、この記述と現実に下がったレベルの事を考える限り、たったそれだけでレンタルの魔法が発動したという事なのだろう。
もしその時にユリイースのレベルを確認したら2レベル分上昇していただろう。
そして12時間もあれば、ユリイースを含めたパーティーは絶望の底に辿り着き、超高レベルモンスターを数多く倒した可能性が高い。
その経験が魔法の効果が切れて、セフィーにレベルが戻った際にフィードバックされたと考えれば10000を越える経験値を得たのも頷ける。
内容から、レベルの殆どを貸したからこれだけの経験値を得たのか、1レベル分貸すだけでも同様の効果があるのかは分からないが、上手く利用すれば、何もせずともどんどん経験値が入ってくる事になる。
本人しか使えない限定魔法なだけに、かなり反則的な能力だった。
とはいえ冒険をしたくて冒険者になったセフィーは、何もしないで経験値を得るなんて事をする気は無い。
冒険者は未知なる場所を探索し、命を賭けてモンスターと戦い、新たな遺跡や宝を発見して喜ぶのが冒険者だ。
それをしないのは冒険者とは言えない。
「ふむふむ。確かに本人限定なだけあって凄い可能性を秘めた魔法のようだね」
詳細情報はセフィーの頭の中にしか浮かんでおらず、シンプティには見えないので、軽く説明してあげると、シンプティは深く考えるような仕草を取る。
「とりあえず、この限定付与魔法についてはあまり人に言わない方がいいね」
「え?どうしてですか?この魔法を上手く利用出来れば地上へ戻るのも楽になるはずです」
現状でも最大で8レベル分を貸す事が出来る。
極端な話だが、冒険者に成り立てでもレベル11に達するし、アンダガイナスにいる最高レベル冒険者に貸し出せば、今以上に塔の探索が進む事だろう。
それにこのレンタルの魔法は付与魔法であるから、他の人に使用する必要がある。
教えておかなければ、いきなりのレベル上昇に驚くのが目に見えている。
「セフィーくんは良い人……いや人が良いんだね。少し考えてみてご覧。君の魔法で労せずして一気にレベルが上がるんだよ?そんな魅力的な能力を欲しがらない人はいない。下手をしたら君を賭けて冒険者同士で喧嘩…いや殺し合いが始まる可能性だってある」
どこの世界にでも楽をしたい者、欲に負ける者、なんでも暴力で解決する者はいる。
この地下世界アンダガイナスに落ちて来てからは、優しくて気の良い人達ばかりと出会っていた為、感じていなかったが、どこにでもそういう輩はいる。
もしそんな人達がレンタルの魔法の事を知れば、欲しがらない訳が無い。
「まぁ、冒険者同士の殺し合いは極端としても、暴力によって意志とは関係なく無理矢理魔法を使わせられたり、奴隷のように働かせられる可能性も出てくるんだよ。それだけセフィーくんの限定魔法は魅力的で強力な魔法なんだよ。ちゃんと自覚しなさい」
シンプティに言われた様々な事を想像して、セフィーはゾッとする。
確かに自分が逆の立場なら是が非でも手に入れたい人材だ。
独占したいと考えても不思議ではない。
そんな魔法の事を本人以外で唯一知っている人物が目の前にいる。
セフィーは不安そうな表情をシンプティに向ける。
「あ、神殿が知り得た情報は本人以外の誰にも言わないから安心していいよ。もし不安なら契約書でも書くけど?」
魔法紙を使用した契約書で結ばれた契約は、それを破った場合には相応な罰が下るようになっている。
場合によっては死が代償となる場合もあるらしい。
「いえ、その言葉だけで十分信用出来ます。それに、もし誰か知らない人が私の魔法の事を知っていたらシンプティさんがバラしたってすぐに分かりますから、いつでも報復出来ますしね」
神殿に仕える身なのだから嘘は吐かないだろうし、個人的な契約書を交わさなくても、個人の情報を他の人に言ってはいけないという契約書を神殿とも結んでいるはずである。
釘を刺した訳ではないが、先程理不尽に怒られたので、ちょっとした腹いせだ。
「言わないから物騒な事は言わないでおくれよ。という訳でなるべくこの魔法の事は伏せておくべきだね。それとレベルアップの際もなるべく私の所に来るようにすれば、漏洩する可能性も低くなるだろう」
「はい、そうしますね」
これまで色々と不可解な事は起きたが、レンタルの魔法の存在のおかげでその殆どが解決した。
膨大な経験値を得た理由も想像でしかないが、納得出来るだけの材料はある。
レベルも戻るどころか一気に上がって、レベルだけ見れば中級者クラスになったので、冒険者を続ける事も問題無い。
残る問題はこの地下世界から地上へ戻る事だけ。
その為にはこの街の中心にある塔を昇り切らなければならない。
一番の難関だが、頂上を目指すという目的がある分、頭を悩ませる必要が無く分かりやすい。
こうしてセフィーの地下世界アンダガイナスでの冒険者生活は始まるのであった。
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