3:黒猫ⅩⅦ
「サキ、ごめんね」
リリアがか弱い声で、途切れ途切れに謝っていた。銃の男が去った後、ぱたりとリリアが倒れそうになったところを私が何とか支える。力が入っていなくて、今にも地に伏せてしまいそうだ。しゃべったらダメという私の注意も構わず、リリアは続けた。
「私が、この街に来なかったら、サキはこんな目に……遭わなかったかも、しれない……から」
「どうして、そう思うの?」
私は訊いた。どういうわけか、本当に皆目見当もつけられなかったから。
「最初、すぐに分かった。サキが……魔界の住人に狙われている人間だって。だから、私じゃなくて、サキに目が行くように、サキの周りをうろいついてたの」
「……そうだったの」
これで分かった。再度会ったのは偶然じゃなかったんだ。さらに、リリアは続けた。
「でも、サキは私を助けようとしてくれて、なのに私は、サキが襲われるように……仕向けたから」
「でも、貴方だって助けてくれたよ?」
「必死になって、助けてもらえて……嬉しかったから。だから、サキを……」
そう言ってリリアは目を閉じる。がくんと、一気に力が抜けてしまっていた。一瞬焦ったけれど、息遣いがあることがすぐに分かり、ホッとした。
そのあと、リリアは黒猫へと姿を変える。
私はリリアを抱え、自分の家へと戻ることにした。
「いいからほっとけ」
「そんなにボロボロなのに、ほっとけるわけないでしょ」
どうやらギルはやせ我慢だったらしく、今になって痛みや疲労が見てとれた。嫌がってはいたが、ギルも一緒に連れて帰宅する。
幸い両親はまだ起きていなかったようだ。鍵はもちろん閉まっていて、出るときは無理矢理で急だったため、持っていない。最後にギルにお願いして、窓へと運んでもらった。
「はい、これでおしまい」
生々しい斬られたあとがいくつもあった。ぐるぐると包帯を何重にも巻く。
「こいつ殺していいか?」
不意にそんなことをギルは口にする。こいつとはリリアのことだ。今は処置を終え、ベッドで猫そのものの姿で丸くなっている。
「駄目に決まってるでしょ! そんなことしようとしたらご飯作らないからね」
「……お前な」
それきりそのことについては触れなかった。意外にギルには、ご飯の有無が効くのかもしれない。
「……んっ」
リリアが目を覚ました。伸びをしているところを見ると、猫っぽくてもう大丈夫なのだろうと安堵する。そしてその回復力に感心した。
「あ、えっと、ありがとう」
「うん。どういたしまして」
包帯やらガーゼやら、自分が治療されていることに気付いたようだった。かなり簡単で応急処置の範囲に違いないけど。
そのあとリリアは幼い少女となり、私の前にチョコンと座った。
それから色々と事情を聞いた。二匹の恐竜に追われていたのは、あいつらが所持していた、力を宿す宝石を盗んだから。でもそれは、元々はリリアの持ち物だったという。二匹は盗賊で、高価と思われたものは、片っ端から盗んでいく。リリアのそれも、標的にされたというのだ。大事なものである為、リリアは追いかけて奪還を成功させる。しかし、盗賊のプライドなのか、リリアを追い回すようになったと言う。
「そうだったんだ」
「うん。もう、なくなっちゃったけどね。……ねぇ、サキ」
「うん?」
急に改まってリリアは言った。
「その、時々でもいいから……遊びに来たら、ダメ……かな」
うつ向いて、途切れながらもリリアはしっかりと言葉を発した。
「うん。もちろんいいよ」
断る理由なんか何もない。私は笑って受け止める。了解をもらえると、リリアは僅かだけ顔をあげ、呟いた。
「あ、その……ありが、とう」
その僅かに顔が上がったことにより、リリアの表情が少しだけ伺えた。耳まで顔を赤らめていた顔は、まるでゆでだこのようである。慣れていないのか、何というかすごい照れっぷりだ。
だからこそ、けっこう可愛いかも。なんて思ってしまう。
「私は神崎紗希かんざきさき。よろしく」
「リリア・アークス」
今更って気もしたけど、改めて自己紹介する。リリアはまだ照れているようだった。
「そだ。リアちゃんって呼んでもいいかな?」
「……べ、別にサキが好きな様に呼べば、良いと思う」
私の思いきった発案に、リアちゃんは肯定を示してくれた。けっこう良い娘なんじゃないかと思う。
「二度と来るんじゃねぇよ」
それまで静かに傍観していたギルが茶化す。
「もぉギル。どうしてそういうこと言うかな」
「貴方には言われたくない」
リリアも反論を口にした。
「私にサキを取られるのが嫌なんでしょ」
「はっ、勝手なこと言ってると殺すぞ」
「出来るかどうか試してみる?」
「上等だ」
二人は互いに立ち上がり、既に戦う気満々である。
「わぁあ!ちょっと待ったぁー!?」
家のなかでこの二人に暴れられたらたまらない。急いで止めに入った。この二人はどうも相性が悪い。私が仲介に入らないといけないみたいだ。
「紗希? もう起きてるの?」
「え!?」
どうやら親が起きてしまったらしい。私はあせって、二人になんとか隠れるように伝えたのだった。
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