3:黒猫ⅩⅢ
リリアが前方、つまりはガロンに向けて手を伸ばす。
「飛べ」
そうリリアが言った途端、爆風が生じた。紗希はリリアよりも後ろにいたおかげで、巻き添えはなかった。
「うおぉおっ!」
巨驅の持ち主にもかかわらず、フワリと浮いた。そしてそのまま、押し出されたように吹っ飛ぶ。
「くそがっ!」
凄まじい衝撃ではあったが、ダメージには至らないようだ。崩れた体勢を整え、着地を終えるとガロンは睨みつける。
「……!?」
上空にリリアがいつの間にか浮いていた。そして、腕をめいいっぱい振り上げたかと思うと、思いっきり振り下ろした。まるで何かを両断するかのようなモーションである。リリアの小さな手先から何かが射出された。それは黄色く鈍く光っており、三日月のような形をしていた。
ガロンは大刀を構えてそれをあっさりと防ぐ。跳んでしまったとなると、あとは降りて来るしか出来ない。リリアは、正に格好の的となった。ガロンが高らかに叫び、炎を一気に撃ち出す。その炎は拡散していき、とても空でもがいたところで、どうにもならないものだ。
不気味に、空にて燃え広がる炎の中から飛び出るものがあった。紛れもなくそれはリリアで、多大なダメージを受けていた。
紗希は改めて、自分の無力さを痛感する。リリアが頑張ってくれているというのに。ただ見ていることしか出来ない自分に歯痒さを感じていた。
「ハァ、ハァ……。くっ……」
リリアは元々戦える状態じゃなかった。弾ける炎を受けたことで限界が訪れたのだろう。みるみる追い詰められていく。
「ガハハハハァ! どうしたどうしたぁ!」
正確な動きを、眼で捕えられない紗希にも理解出来た。リリアの傷が、一つまた一つと増えていく。
「疾!」
風が舞い起こる。そしてリリアの姿が、ガロンの上下左右を含めた周りで、何人にも見えた。あまりに速い動きで、残像を生み出しているのだろう。
「ぐぅっ…!」
その中でガロンは、腕を交差させて守りの体勢だ。それでも、ガロンの鱗に覆われた体は切り裂かれていく。
「く…ぅ…」
「ガアアァアァ!!」
「リリア!?」
傷の痛みのせいだ。僅かに怯んだ隙を突き、ガロンの大刀が入る。
突き刺そうとした刀を何とか避けられたものの、もう限界なのは一目瞭然だった。
「ハァッ……、ハァッ、ッ…!」
呼吸がひどく荒い。とてもじゃないが、紗希にはこのまま看過するわけにもいかなかった。
「リリア!」
「……大、丈夫。こんな奴、すぐ……」
紗希の声に反応するリリア。ダランとぶらつかせた腕を押さえる姿が痛々しく映る。大きな傷をいくつも負い、赤い血が体を染めていた。
「良い心掛けだぁ。またチョロチョロ逃げ回られてはかなわねぇ。すぐにでも殺してやるぜ。……ん?」
無謀なことは分かっている。けれど紗希は、考えた末でもこうすることしか出来ない。紗希はリリアを庇う様に、ガロンの前に立ちはだかっていた。
「何の、真似だ」
「もう止めて。これ以上この娘を傷付けないで」
紗希の声が震える。やっぱり怖いという思いが体を縛る。足も震え、立っているのもやっとかもしれない。
「サキ……駄目……。離れて……」
リリアの言うことは最もであった。それでも紗希にとっては譲れない場面だ。自分より小さな少女を見捨てることなんか出来るわけがない。
「そいつはぁ却下だ!」
紗希の頼みは完全に無視され、ガロンは口を大きく広げた。何度も目にした。次に何が来るのか大いに理解出来る。でも、とても紗希では避わせない。
「死ね」
「……!?」
大きく膨れ上がる紅蓮の炎が来ると思っていた。しかし、それはなかった。代わりに現れたのは、ガロンを取り囲む、小さな、でも風力の強い竜巻だった。
「ガアアアアアァァァ!?」
脱出しようともがくガロンだが、出られる様子はない。その場で苦しんでいた。
「逃げて……サキ」
紗希の後方から声が聞こえる。リリアだ。この竜巻を起こしたのも、他ならないリリアだろう。
だが止めていたのは数秒に過ぎなかった。ガロンはすぐに竜巻をかき消し、刀を向ける。
「ハァ、ハァ……、手間を、取らせるなっ」
今の竜巻が効いたようだ。鱗に覆われた堅固な肌は傷だらけであり、血が絶えなく流れ出ている。けれど、紗希達を殺すだけの余力はまだ十分にあった。
紗希はもう駄目だと思った。逃げることも敵わず、抵抗することも敵わない。
「ギル…?」
絶体絶命だったその時、何者かが現れる。ガロンの前に立ち塞がって、ギルが助けにきてくれたのか。紗希は一瞬、そう思った。
「これだけ堂々と暴れるとは。堕ちたもんだな、盗賊風情が」
……違う。紗希は遅れて、ギルじゃないと理解する。
「また増えやがったか」
構わず切りつけるガロン。だがそれは、実行されることなく終わった。響き渡る銃声。直後、ガロンはそのまま倒れこんだ。
「死ね。楽に殺してやったことに感謝しろ」
消えかけているガロンに向かって、言い放つ言葉は酷くギル以上に冷たいものだった。
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