3:黒猫ⅩⅠ

「あの馬鹿……」





 ギルはつい口に出していた。死を恐怖しているわりに、危険を省みず向かっていく紗希に向けてだ。





「勇敢な人間がいるものだな」





 アシュロンも感想を述べる。





「あいつの場合は無謀なんだよ。何も考えてないからな」





 皮肉なのか本当にそう思っているのかは分からない。アシュロンの誉め言葉を、ギルは直ぐ様否定する。





「何も?」





 対して呆気に取られたように訊き返すアシュロン。





「助けられるかどうかってことだ。お前の弟も俺からの傷がなければ殺れただろうぜ」


「面白い人間を連れてるじゃないか。何故、処刑人がわざわざ連れてるのか気になるが」


「囮だよ。お前らみたいなのを誘おびき出すための……な!!」





 瞬間的に、ギルは背後に回って右腕を繰り出す。構えを解いていたにもかかわらず、アシュロンはそれを見切った。ギルが狙ったのはやはり左胸。つまり心臓だ。しかし軽く腰を回転し、右側へと半身になることでアシュロンはこれを避わす。


 その勢いを殺さず、そのまま左蹴りを出す。ギルもまた右腕での攻撃の勢いを殺さず、蹴りを潜り込む形で避わした。


 地に手をつき、それを支えとしながら蹴り込む。アシュロンは対して、曲刀を振りかざす。


 刀に対して蹴りはさすがに分が悪い。しかしギルの蹴りのほうが、初動もスピードも速い。アシュロンの顔面を蹴り上げる。





「ちっ……」





 蹴り上げたことで、アシュロンの攻撃は強制終了されたかに思えた。しかし、しぶといことに体勢が崩れたにもかかわらず、無理矢理に刀を振るった。


 横っ腹をわずかに斬られる。とっさの腰の回転で、傷はまだ浅い。





「どうしたかな? 動きに荒が見える」





 両者ともわずかに距離を置き、仕切り直しになった相手にアシュロンは問い掛ける。





「何が言いたい?」





 ギルは気に食わないといったところだろうか。少々声を荒げて訊き返す。





「焦っているように見える……ということだ。あの人間を気に掛けているようだな」


「んなもん気のせいだ。仮にそうだとして、お前に不都合でもあるか?」


「いいや、全くない。リリアを追って遥々ここまで来たわけだが。行き着いた先が、黒き処刑人とくればもう……」





 細長い舌をチュルリと見せ、裂けた口をいっぱいにニヤつかせる。





「満足ってか? そういうのはな。殺してから初めて噛み締めるもんだ」





 アシュロンがフッと冷笑を溢す。





「確かに。ではそうするとしよう」


「……!?」





 ギルの目の前すぐに、アシュロンが迫る。さっきまでのスピードとは段違いだ。ようやく本気を出したのだろう。


 人間の身体能力、五感では反応は出来ない。だがやはり、処刑人であるギルには反応出来ていた。カウンターの要領で、すぐさま攻撃を繰り出す。





「……!?」





 感触がない……。


 アシュロンを確かに貫いた右腕には、何の感覚もない。視覚により貫いたことは確かであるが、触覚だけでは到底理解できない。そんな感じであった。





 一瞬の動揺。いつの間に。ギルが気付いた時には後ろを取られていた。反応する頃には、刀を斜め上から振るっているところだった。





 ギルの反射神経は凄まじく、振り向き様に刀の側面を狙い、踵かかとで刀を蹴り飛ばした。その反動で刀の起動は変えられ、あげく刀は五メートル程離れた叢に飛ぶ。刀は地に刺さり、引き抜く相方を待っているかのようだった。





「ふむ。鋭い反応をする。あまり気を逸らせていないのか」





 アシュロンが冷静に今の攻防を考慮する。右足のような右手をくいくいと、軽く何かを引っ張る動作をしながら。


 スゥーッと、地に突き刺さっていた刀がゆっくり浮き上がる。そのままアシュロンの右手に収まった。





「数を増やすか」





 そうアシュロンが呟く。途端、アシュロンの姿が増えた。横に広がり並ぶ。数は五体となる。





「何だそれは。分身か?」





 ギルが問う。





「さぁ、それはどうだろうか。易々と教えるはずもない」





 はっきりと何なのかはわからない。だがギルに退くという選択肢があるわけもなかった。





 先制して中央の奴に突っ込む。左右に二人ずつ増えたのだ。真ん中が本物だと考える。





「……!?」





 だが違う。貫いたが、スゥッと消えただけだった。


残る四人が、同時に刀を振りかざしながら言う。





「さぁ……お前に本物が見切れるかな?」

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