3:黒猫Ⅵ

 午後の授業も終え、やっと放課後になった生徒たちは、我先にと教室を去っていく。私も教室に長居するつもりは毛頭なくて。





「優子、加奈。帰ろ」


「あ、ゴメン。私今日からまた本格的に部活なんだ。だから一緒には帰れない。ゴメンね?」





 両手を合わせて深々と頭を下げる優子。正当すぎるくらいな理由なのだから、そこまで律儀にならなくてもいいような気もするが、そこは優子らしい一面である。





「ううんそれじゃあ仕方ないよ。頑張ってね」


「ありがと」





 そしてお互いの右手をパンと叩き合わせる。





「加奈は?」


「ゴメン。私も生徒会の仕事があって残らなきゃ駄目なの。紗希一人で帰れる?」


「いやいや、そりゃもうバッチリというか、既に何回も一人で帰ったことあるし」


「うんでもね。なんだか紗希ってばあっさりと誘惑に負けて誘拐とかされちゃいそうで……」





 いつの間に加奈の中でそんなイメージが膨らんだのか。私は小学生か。と突っ込みたくなったが、「さすがにそれはないから大丈夫」とだけ言っておいた。








「じゃあ今日は僕と帰ろうか。サキリン」


「お。いいところにいたな。暇なら仕事手伝え啓介」


「くぁ。俊樹。サキリンと放課後デートしたいのに。鬼か。サキリンごめ~……」





 妄言を叫びながら引っ張られていった。意外に庵藤も使えることが判明。というかそんな大声でサキリンって叫ぶな。他のクラスにまで知れ渡ったらと思うと、お先真っ暗であった。








 帰り道。もちろん今朝に再会した黒猫を忘れてはいない。しかしその黒い姿は見ることができなかった。昨日の猫も同じ場所で見付けたのだから、この辺は猫の集まりと化していると思ったんだけど。その思惑はあっさり外れてしまった。


 一応念のため辺りを見回し、近くに停めてあった車の下を覗き込んだりはしてみるけど、違う猫さえ見付からない。


 仕方なくそのまま帰路を辿ることにした。時折バッタリ会うのではないかと考え、キョロキョロ見回しながら。


 けどやっぱり会うことなく家に到着する。誰かに拾われたのならいいんだけど。そう思いつつ、家の門を開けようとした。





「……ニャー」





 背後からの呼び掛けがあった。振り返って見れば、いたのは黒猫だ。この猫は昨日の? それとも今朝の?





 とても見た目では判断がつかない。おそるおそる手を伸ばす。唸ることはない。威嚇もされない。抱き上げてみても変わらなかった。


 触れてみて気付く。この猫、怪我してる。血が止まりかけていただけなのか。自分の手にべったりと付着していた。





 この猫、昨日の猫だ。魔界の住人かもしれない。自ずと鼓動が早まるのが分かる。どうしよう。震える手は、小さな猫に対しても恐れを感じている証拠だった。





 けど、本当に魔界の住人なのだろうか。どこにでもいる普通の猫。いや、怪我している猫だ。





 私はそのまま、急いで家の中へと向かう。タオルをお湯で濡らした後、自室に連れていく。タオルを一枚下に敷いて、その上に猫を寝かせた。濡らしたタオルで体を拭いてあげるけど、その間も猫は大人しいままだった。


 触れるまで怪我に気付けなかったのなら、今朝の猫も同じだったのだろうか。そんなこと思いながら、胸に秘めた疑問を口にしていた。





「ねぇ……、どうして怪我だらけだったり、血だらけなの?」





 猫相手なのは分かっている。でも私は返答を期待していた。





「あいつも魔界の住人なんだよ」





 ギルはこう言っていた。その言葉を信じるなら、この猫も何か不思議な能力を持っているのではないか。私の言葉を理解出来るのではないか。そう私は推測した。





「……」





 けど、やはり猫は無言だった。本来の鳴き声さえ発しない。





「魔界から来たんでしょ?」





 一気に核心をつく。それでも猫は無言のままで、やっぱり無理なのかと諦めがちらつき始めた。


 その時だ。





「……知ってたの?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る