3:黒猫Ⅴ
走った甲斐あって、このまま教室に入れば遅刻の可能性は消えてた。真っ直ぐ教室に向かうとしたところ、庵藤と下駄箱あたりでぱったりと会った。
「おわっ!?」
「何よその驚きは」
わざとらしく驚いた声をあげる庵藤を睨みつける。
「いや、珍しいから。まさかちゃんとここまで来てることなんて滅多にないし。ううん。明日は大雪の警報が出るか」
いちいち憎たらしい例えを引っ張り出してくる。いつもながら嫌な奴。無視して通り過ぎようとする私は寛大な大人の反応と言える。
「赤飯でも炊くか」
「うるさい」
「聞こえたのか。地獄耳だな」
まだ言うか。何か言い返してやろうかと思ったがやめた。長々と続きそうだと思ったからだ。決して最終的には負けると思ったわけじゃない。
「こら庵藤くん。紗希をいじめちゃ駄目じゃん」
なのに優子が延長戦を申し立てた。
「ああ悪い、悪い」
絶対そんなこと思ってない。明らかに棒読みで感情が篭こもっているとは到底思えなかった。
「へぇ。神崎ってけっこう人の心理わかるんだな。もしかして読心術あるのか?」
「この、ちゃんと謝れ」
怒涛の声をあげ、謝罪を要求する。しかし返ってきたのは謝罪ではなく、ましてや庵藤の言葉ではなかった。
「サッキリ~ン!」
うわぁ……出た。こんなふざけた呼び方をするのはただ一人のみ。声のする方を見ると、左右に両腕をいっぱいに広げながら駆けてくる狭山の姿が飛び込んで来た。頭が痛くなりそうだ。
「相変わらず騒がしいなお前は」
庵藤もダメ出しするばかり。
「ま、僕の性格だからね。あれどうしたの、サキリン?」
露骨に出ていたんだと思う。あからさまに嫌な顔が。
「だから、その呼び方いい加減やめてほしいんだけど」
「でももう定着してるよ?」
「は? そんなわけ……」
私の否定を遮ったのは、この場の誰でもなかった。
「よぉ、おはよ。何か凄い集まりだな。あ、サキリン。いい加減化学のノート出してくれ。あとはサキリンだけだからさ」
クラス委員で化学の係を担当している男子だった。今登校してきて、私の姿を見付けたのだと思う。
「あ……うん。今出せるけど」
鞄からいそいそと取り出す私。
「お、そうか? 別に後でも良かったんだが悪いな。んじゃ、ちゃんと受け取ったから」
そう言って受け取った係の男子はこの場を去っていく。
「ほら。定着してる」
「ううっ……」
スマイル顔の狭山を睨んだあとに溜め息をする。
「……頭痛がしてきた」
くらくらするという程度どころではなかった。くわんくわんと音を立てているといった方が多分近い。
「紗希大丈夫?」
心配そうに覗き込んでくる優子を嬉しく思う。
「サキリン大丈夫? 何なら僕の肩でも貸そうか?」
同様に狭山も気にかける言葉を吐いているが、高々とした調子で、さらに気分が重くなる。いつの間に知れ渡り、公認となったかは知らないけれど、どう考えても原因は目の前にいる狭山なのだ。
「もう。誰のせいだと思って……!」
「ぐほっ!?」
右フック炸裂!?
前触れなく、何の心構えもしていなかったサンドバックはノックダウンだ。
「ぐふっ、な、ナイスパンチ……」
無様に廊下で倒れている人型のサンドバックはもちろん無視して教室に向かう。
「あれ? 加奈何やってんの?」
教室に隣する廊下の窓際で、加奈が立っていた。腕組みをして寄りかかり、まるで誰かを待っている風だった。ちなみに今は優子とだけいて、庵藤は用があったのか、教室とは違う方に向かったのだ。
ふぅ。と溜め息をついて加奈が答える。
「二人を待ってたのよ」
「わざわざ? ありがと」
「そう、わ・ざ・わ・ざ。絶対二人ならこっちに来ると思ったから」
「あ……」
そういえばそうだった。この前のことで教室に穴が開いたから、私たちのクラスは本来北校舎の三階なのが、南校舎の三階に移ったんだっけ。
「あはは……」
とりあえず優子と二人して笑ってみる。
「あははじゃないでしょ。ほら早く行かないとまた遅刻にされるよ?」
すぐさま移った本来の教室に足を運ぶと、庵藤がこちらを見て、意地悪く笑っていた。
……こいつ、知っててあえて言わなかったのか。
口では勝てないけど、このままというのも納得がいかない。考えた末、舌を出して馬鹿にし返してやった。
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