1:処刑する者、される者Ⅱ

 私の学校は小高い丘の上に建っている。黒木(くろき)市立棲翔(せいしょう)高校。長い坂が通学路となる、伝統ある高校のようだ。坂にめげずに急いだだけあって、早くに校舎が見えてきた。チャイムが鳴るまでに校門に入りさえすれば、遅刻ではなくなる。このまま走っていればなんとか間に合いそうだった。


 周りには私と同じく、遅刻しそうで急いでいる生徒がちらほらいた。厳しいといっても、皆も朝に弱いのは変わらない。


 ふと、後ろからポムッと肩を叩かれた。


「おはよう。紗希。相変わらずだね」

「あ、おはよう。優子。それはお互い様だと思うけど」


 後ろから走ってきたのは、友人の猪上優子(いのうえゆうこ)である。

 茶色い内巻き寄りのショートヘアが似合う、勉強より運動が得意な娘だ。私より少しだけ背が低いけど、いつも元気いっぱいの彼女は大きく見える。今年も同じクラスになれたのは運が良い。


「え~? 紗希に比べたら私なんて可愛いもんだよ。いつもなら余裕をもって来てるからね」

「何言ってんの。この前なんか昼に来て、ついさっきまで寝てたって言ってたじゃない」

「あ、あれ? そうだったっけ? でもまぁ今日は多分遅刻にならないよ」



 校門をくぐったのは予鈴が響くとほぼ同時だった。間一髪セーフで良かった。


「ほら大丈夫」

「でも危なかったよ」

「今日も遅かったな」


 遅刻者のチェックは教師ではなく、生徒会がやることになっている。声をかけてきたのはその生徒会の一人、庵藤俊樹(あんどうとしき)だ。一応、クラスメートの一人でもある。きりっとした細い目は相変わらずだ。短く切りそろえた黒髪が風でふわりと揺れる。手に持ったリストに、何か書き込んでいた。


「神崎、猪上、もう少し早くに来れないのか?」


 呆れ返ったように言い放たれた。むぅ。相変わらず痛いところをついてくる。


「遅刻じゃないんだから、別にいいじゃない」


 自分に非があるということは一応分かっていた。だから、抑え気味に反論してみる。


「いいや、遅刻だな」


「……なっ!?」


 この言葉には、さすがに看過することは出来なかった。


「何でよ。ちゃんと校内に入ったじゃない」

「残念だったな。鳴った瞬間、井上はなんとか中に入ったが、神崎は惜しくもまだ外だったんだよ。鳴った瞬間な」

「あ、じゃあ私はいいんだ」


 優子は安堵に満ちた表情をしていた。


「あぁ、そうだな」


 むむむ、なんて細かくて嫌な奴だろうか。


 周りには、私の他にも遅刻扱いされて、他の生徒会の人に反論している生徒が多々いた。


「じゃあ放課後残って反省文八百字、頑張って書けよ」


 そう言いのけると、反論する生徒らを黙らせるため、庵藤はそそくさと去っていった。



「あ~、まぁ、残念だったね。紗希」

「はぁ……」


 何てことだ。ロクな日じゃないという予感がさっそく的中してしまった。朝から気分はさらに最悪だ。

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