永い、春よ
ゆり理央
プロローグ
静寂を破る携帯電話のバイブ音に、白濁していた意識が引き戻された。
ラインを受信したのを知らせるピンク色のランプの静かな点滅。
気がつくと、オフィスに残っているのは私だけだった。
無音だった世界に音が、もやがかっていた視界に色が、鮮やかに蘇っていく。
私はまるで甦生した人のように向き合っていたパソコン画面からゆっくりと首をもたげ、辺りを見回した。
壁時計は、間もなく八時を迎えようとしている。
しかし、二時間も前に取りかかった原稿作りはほぼ進んでいなかった。
明日のお昼までにはクライアントに送らなければならないイベントの進行表。
本来なら、30分あれば仕上げられる。
でも、今日はもうだめだ。
何も手につかない。
考えられない。
私はパソコンの電源を落とすと、ため息をつき、顔を両手で覆った。
椅子に反り返って、大きく深呼吸してから、デスクの隅で、今だ点滅を繰り返す携帯電話に手を伸ばす。
金曜日の夜。
繁華街に立つビルの二階には様々な喧騒が届く。
今週末は、珍しく休みが取れた。
本来なら、浮かれているはずなのに。
携帯に触れたとたん、それは激しく震えた。
今度はラインではなく、着信を知らせている。
私の心も震えた。
心だけでなく、体も、唇の先までも。
待受画面には、予想通り本田聡の名前が浮かんでいる。
聡…。
私は、肺が破裂するくらいの深呼吸をしてから着信ボタンに触れた。
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