第19話(終)

あれから一週間が経った八月の半ば。


冬木のマンションで画集を眺めていた紗枝は写真を手渡された。


そこにあったのは紗枝とよく似た顔立ちの四十半ばほどの男だった。


驚いて顔を上げると冬木は寝室に入るところだった。


少し待って部屋着に着替えてきた冬木とコーヒーを入れた新見とダイニングテーブルで顔を突き合わせて話をした。


写真の男は紗枝の予想通り実母の兄で、紗枝の父親でもある伯父。


一応気になるだろうと思って新見が探し出してくれていたらしい。


しかしこの男は数年前に癌で亡くなったという。


あの時の言葉通り、紗枝の母と父は死んだのだ。




「そっか、もういないんですね」




微かに微笑む紗枝に冬木が言う。




「これはサービスってことにしておいてやるよ。テメェからは母親探しの分も貰わなきゃならねぇしなぁ」




太っ腹なのかそうでないのかイマイチ分からない言葉に頷く。




「そういえばいくらですか?」




貯金は頑張れば百万ちょっとあるけれど、それで済むかどうか。


やや緊張した面持ちの紗枝にニヤリとした笑みが返ってくる。




「今後も俺の情婦でいることでトントンだな」




思わず斜め前に座る冬木の顔をマジマジと見てしまう。


隣にいる新見はそうだろうと思った、なんて言わんばかりの表情だ。


冬木の情婦――つまるところ現状維持――でいる限り、この件に関しては蒸し返さないということだろうか。考えて紗枝はぽかんとした。


実の兄妹の子で、予知視の出来る左目を持つ異質な紗枝をまだ構ってくれるのか。


どうする、と問われて俯いた。




「わたしの左目、まだ必要ですか」


「ああ」


「わたし気持ち悪くないですか」


「ねぇな」




顔を上げた先にあったダークグレーに紗枝は笑う。


変な人達だ。ヤクザで自分勝手で傲慢で。




「一つだけ条件があります」




でもほんの少しだけ身内には優しい人達。




「わたしを殺す時は苦しまないようにしてください」


「…ああ、テメェは一思いに殺してやるよ」




苦笑交じりに言われた言葉が胸の内に沁みていく。


窓から差し込む夕焼けで、わたし達は遠い昔と同じ橙色に染まっていた。







        〜 FINE 〜

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