TAKE集1
(NG01シーン TAKE1)
まるで笊(ざる)を通る水の如く駅の改札を人が流れる。
それは滞ることも途切れることもなく、大通りの雑踏と絶妙なタイミングで入り混じり、互いに干渉し合わず擦れ違っていく。
人々は皆一様に他人がいないもののように振舞って、言葉を交わす素振りも見せないまま誰ともぶつからずに歩いていた。引かれた線の上をなぞるような動きである。
いつ見ても薄気味悪い光景だと壁に寄りかかりながら紗枝(さえ)は思う。
見上げた空はまだ明るく、晴れ渡った青の遥か彼方に真っ白な雲がぽっかり浮かんでいた。この頃は日が伸びて夕方七時でやっと暗くなるくらいだ。
でもそんなことは梅雨の時期と重なるせいか意識しなければ分からないだろう。
ふと周囲の喧騒が弱まったことに気付いた。
視線を戻すのと同時に改札を抜けて出てきた男が目の前を通り過ぎて行く。
オールバックに掻き上げられた青みがかった黒髪にいやに白い肌、細い体躯は背が高く、蒸し暑い中で控えめなストライプが入ったダークネイビーのスーツをカッチリ着込み、肩で風を切るように革靴を鳴らす姿は自然と人目を引く。
しかし紗枝はその横顔にこびり付く鮮やかな赤に視線がいった。
思わず左目を閉じると色白の頬がそこにある。
我に返った時には既に足を踏み出していた。
鞄のポケットに挟んでいたボールペンを半ば無意識に手に持ち、勢いのまま駆け寄ろうとして小首を傾げた。
「あれ、ボールペンどこ?」
指定されていた鞄の外ポケットに目的の物がない。
慌てる紗枝を余所に冬木と新見は歩き去ってしまう。
「あ、あー…」
その背を見送って紗枝が溜め息を零した。
カットで撮影を止めた途端に二人が戻ってくる。
「どうかしましたか?」
「ボールペン、失くしちゃったみたいで…」
先ほど入れたとばかり思っていたが、この人混みの中で落としてしまったらしい。
安物とは言えど撮影に使う品を失くしたことにショックを受けている。
申し訳なさそうに頭を下げた紗枝に冬木が顎で表通りを示す。
「ちょっとそこのコンビニまで行って茶ぁ買って来い」
「えっ?」
「余りでボールペンと好きなモン買え。釣りはいらねえ」
「わーい!」
大喜びで一万円札を手にコンビニへ駆けて行く紗枝。
それを見送りながら新見が苦笑する。
「(一言‘気にするな’って言えばいいのに)」
(NG01シーン TAKE2)
紗枝はコンビニで買った数百円のボールペンを差し出す。
黒インクのありきたりな物で、お洒落なスーツ姿の男達には不似合いな品だ。
ダークブラウンの男が視線を向けると黒髪の男は首を横に振る。
「申し訳ありませんが私達の物ではないようです」
勿論、本物の持ち主である紗枝には分かり切っている返答だった。
ペンを持つ手を引っ込める。
「そうですか、引き留めてしまってすみません」
「いえ、お構いなく」
こちらが頭を下げるとダークブラウンの男が軽く手で制して微笑する。
口許を微かに引き上げたそれは穏和そうな外見(なり)をしているが、どうも見かけ通りとは言い難い妙な雰囲気を醸し出している。
話は済んだとばかりに背を向けた男達に、紗枝は目的の言葉を投げかけた。
「右のこめかみに気を付けて」
そうして男達が振り返る前に混雑する改札の中へ滑り込む。
定期券を翳して紗枝は進もうとした。
「うわぁっ?!」
しかし扉は開かず、つんのめって危うく改札の向こうへ転がるところであった。
すぐに我へ返って臀部を押さえて振り返る。
先ほど足がかなり高い位置に上がってスカートがめくれかけた気がする。
「パンツ見えたぞ」
「冬木、そこは黙っていましょうよ」
「ちなみに俺はサテン生地が好きだ」
「おや、私は淡い色のレースが好きです」
顔を見合わせて和やかに話す冬木と新見へ紗枝が怒鳴る。
「そこ、公共の場で下着談義しない!」
そもそも期限くらい確認しておいてよ!!
紗枝は赤い顔で地面に定期券を叩き付けた。
「でも黒レースもなかなかだな」
「お黙りやがってください」
ご機嫌そうに顎を擦る冬木に、紗枝が頬を両手で押さえて呻く。
次から紗枝がスパッツを穿いたのは言うまでもない。
(基本こんな感じのTAKEです…)
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