第4話 残されたもの(六月二十七日)
(六月二十七日)
六月も下旬に差しかかり、桐ヶ峰大学もテストへ向け出していた。
噂によると用務員の桑原陽二郎は発見されたらしい。未だ容疑者という立場であり、犯人と断定された訳ではないそうだが、身柄を確保したのなら時間の問題だろう。
まだ数週間しか経たないのに綾部の件も宮坂の件も風化しつつある。
「ねえ、買い物行こう」
午前の講義後、愛香のそんな誘いにセリは一も二もなく頷いた。
そうして愛香と共に二駅先にある有名なショッピングモールへ羽を伸ばしに、午後から出かけることになった。
電車は混んでいたけれど、軒を連ねている店舗を巡り、ある程度目星をつけるとその店へ行ってそれぞれ欲しいものを手に入れる。セリも愛香も手に可愛いビニール袋をいくつも提げて満足げである。
「お金使い過ぎた」
「そうだね、今月ピンチかも」
「あと数日だけどね」
そんなことを言いながらショッピングモールを離れて商店街を歩く。
モール内にも飲食店はあるけれど、休日は混むのでセリと愛香は財布事情も鑑みて近くのファーストフード店で安く手軽にお茶を済ませてしまおうとしていた。
お互いに戦利品の話で盛り上がっているとセリの携帯が鳴る。
何の気負いもなく取り出したそこに表示されたアドレスに固まった。
……なんで、捕まったんじゃあ……?
不規則なアドレスの本文には‘5’の文字。
またメールが届く。次は‘4’だ。
「セリ? どうかした?」
数歩先を行った愛香が振り返る。
‘3’
‘2’
‘1’
ガシャァアアン、と真後ろから耳をつんざくような音が襲ってきた。
振り返れば工事中の建物に立てかけてあっただろう鉄パイプの束が地面に転がり、人が何人か下敷きになっているのが見える。
「セリ!」
駆け寄ってきた愛香に支えられて、セリは自分の足が震えていることに気付く。
落とした携帯に表示されたメールには‘ Phineus’とだけ書かれていた。
それを見た愛香も顔を青くし、セリを道の脇へ座らせると友浦へ連絡を入れた。
救急車を呼んだり、警察を呼んだり、鉄パイプを退かしたりしている周囲の人々を見ながら震える体を抱き締めてセリは愛香と道端に座り込んでいた。
「大丈夫か、嬢ちゃん達!」
三十分ほどしてやって来た友浦と堤の苦い顔にセリと愛香は頷いた。
「はい」
「何とか……」
すぐに警察がその場を調べ始め、二人は堤に連れられて警視庁へ向かった。その道すがら、車内で桑原陽二郎について知った。四日ほど前に桑原は彼の母方の実家に引きこもっていたところを発見されたそうだが、警察ではない他の誰かに見つかるのを恐れている様子で、話を聞いてもロクな調書が取れないらしい。
しかもまだ勾留されていると言う。
先ほどの事故を起こすことは出来ない。
けれど現に事件は続き、真犯人にまんまと踊らされたのだと堤は憤慨した。
警視庁に着いてから今日の行動を細かく話していると部屋の扉が開き、戻ってきた友浦と共に見慣れた人物が入って来た。
「セリさん、湯川さん、大丈夫?!」
息咳切ってやって来たのは翔真だった。
「俺が連絡しておいたんだ。お嬢ちゃんが大変だってな」
「……酷いですよ、二人が怪我でもしたのかと思って慌てました」
「悪かった悪かった、そう怒んなって」
お詫びとばかりに友浦から差し出されたお茶の缶を開けると翔真はそれを仰り、一息で飲み干すとようやく落ち着いた様子で脇の椅子に腰掛けようとした。
「うわっ?」
翔真がツルリと足を滑らせて転びそうになる。
「おい、大丈夫か?」
友浦の言葉に頷き、少し恥ずかしそうに翔真は椅子に座る。
心配してもらえたことが嬉しいような、気恥ずかしいような気持ちになって視線を彷徨わせたセリを愛香が茶化すように肘でつつく。ちょっと場が和んだ。
「そうだ、これ見て」
既に友浦達に見せてあったメールを翔真に見せる。
「ピ、ピネウス……?」
「はい、ピネウスともピーネウスとも読むそうです」
ノートパソコンで単語を調べた堤が言う。
ピーネウスもやはりギリシャ神話の登場人物で、アンドロメダの婚約者であり、怪物を倒してアンドロメダと結婚しようとしたペルセウスを殺そうとしたが、逆に返り討ちにあってメデューサの首により石にされてしまった者らしい。
またペルセウスに関係がある単語に翔真は眉を潜める。
「何が言いたいのでしょう……?」
「さあ、今回ばかりはさっぱり分からん」
綾部麻美の時はメデューサ、宮坂の時はポリュデクテース。
しかし今回被害に遭った人物は別の大学生だと言う。波(は)瀬(せ)智(とも)昭(あき)と榎本(えのもと)南(みなみ)、どちらも現場近くの大学に通う学生で、綾部や宮坂と違ってセリとは何の関わりもなさそうな人間だった。この二人をピーネウスに例えた理由も判然としない。
だが今回その二人は大怪我をしたものの命に別状はないそうで、入院は確実だが怪我さえ治ればすぐにでも日常生活に戻れるようだ。
「真犯人が捕まってないことはすぐに知れる。またしばらく嫌な日が続くだろうが、お嬢ちゃん達もあんまり無理すんなよ」
友浦のそんな言葉にセリは肩を落として小さく頷いた。
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