空色の授業

翠野希

Ⅰ.空を描く人

第1話 始まりの授業

 この世で1番の芸術家は誰だと思いますか。


 画家、映画監督、それとも建築家? 有名ブランドのデザイナー、ダンサー、ロックバンドのアーティストはどう?

 わたしはね、空色職人だと思いますよ。

 知りませんか? 地上のみなさんには馴染みがないでしょうが、空の上では周知の仕事ですよ。毎日の朝、昼、夜、世界中の空を描く職人たちがたくさんいるんです。


 特徴的な空色をご紹介しましょう。

 南の海に囲まれた島国は、霞がかってぼんやり優しいグラデーションです。青から紫、橙へと、大きく分けて3色ほど見られます。

 北国の山里は、とても淡い色使いです。厳しい冬の晴れ間に見える、柔らかな薄水色は格別です。透き通る色から切なくなるほど空の広さを感じます。


 空を描くこの仕事は、とてもロマンがあり、人気な職業です。ですが、空色職人になれるのは「空色職人学校」で厳しい修行を積み、試験に合格した人だけです。

 あ、ほら、あの空の片隅で、授業が始まっていますよ。どんな授業か知りたい? それではちょっとお話ししましょうか。

 

 空色職人学校長は、よく晴れた空の下、広場に集まった少年少女たちを見回しました。

「1年生の諸君、空を描く前に、最も大切なことを教える」

 新入生の初めての授業です。

「毎日、空を見なさい。自分が見たい空、憧れる空をよく見つめることだ。そして、その空がどうして美しいのか、仲間と語り合いなさい」

 1年生はわくわくしていました。素晴らしい言葉です。常に目標を見据え、仲間と共に歩んでゆく。皆、目を輝かせて頷きます。その輝く瞳に、学校長もたくわえた白髭をなでながら、深く頷き返しました。


 と、次の瞬間、柔和な細い目をカッと見開き、鋭く声を発しました。

「第1の課題を言い渡す」

 生徒たちは学校長につられて目をパッと見開きます。

「2週間後までに空を1つ提出しなさい。以上」

 その後、みんなぽかーんとしました。一時静まると、口々に不安が飛び交います。描き方は? 道具は? 基本のルールも何もないの? 


そうです。本当は空の大原則に「異端」とされる禁止事項があります。過去に2度、世界が危機的状況に陥ったことがあります。

でもそれを学ぶのは、少し先のこと。


ざわめきの中、校長はもとの穏やかな表情に戻りました。

「空は描き方も道具も自由だ。ルールは今後の授業でゆっくり教える。まずは何ものにもとらわれず、好きな空を描いて来なさい。2週間後の今日までだ。良いね?」


 1年生たちは、学長の言葉に再びしんと静まり、真剣な眼差しで頷きます。なおも不安な目、考え込む目、やる気に燃える目......様々な目の色が、その思いを物語っています。

 これが空色職人学校の記念すべき始まりの授業です。





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