「森の魔女」
ある所に豊かな森に囲まれた小さな王国がありました。
王様は好戦的な性格でしたが王子は心優しい性格でした。
王様はやがては王子にも厳しくするつもりでしたが王子を溺愛していたので
今は王子の思うままにしていました。
王子は自分の部屋で窓からやってくる鳥たちと話すのが日課です。
花を愛で、鳥と話し、絵や詩を嗜む日々でした。
ああ…鳥たちは自由でいいな
やさしい王子の前にはいつしかたくさんの鳥が集まるようになりました。
そんな王子の穏やかな日々もいつかは終わる時が来ます。
王子が10歳の誕生日を迎えた時、王は王子の教育に乗り出しました。
王自身では王子を甘やかしてしまいそうだったので特別な教育係を任命しました。
そこで軍の中でも一番の屈強な戦士が王子の教育係に選ばれました。
そこからは王子の厳しい訓練の日々が始まりました。
好きな鳥たちとも触れ合えず絵も詩も禁止されました。
ひたすらに武芸と帝王学を学ばされました。
毎日厳しく鍛えられクタクタになって自分の部屋では眠るだけになりました。
何で僕だけこんな目にあうの…
また鳥たちと話したいのに…
王子の鳥好きは広く知られていたので訓練が始まってからは王子は部屋を移され
窓は高い場所に一つだけの淋しい部屋に移されていました。
窓から差し込む月明かりが淋しく部屋を照らしていました。
連日の厳しい訓練にまたへとへとになって眠っていたある日
王子は高い窓から自分を見つめる視線に気付きました。
それは王子が幼い頃からよく遊んでいた一羽の小鳥でした。
君は…いつも僕を見ていたね
王子がそうつぶやくと小鳥はくちばしで窓を割って王子の部屋に入ってきました。
その行動に王子が驚いていると
王子、この生活には満足?
と、小鳥が王子に話しかけてきました。
小鳥が喋っている事に普段なら疑問も抱くのですが疲れきっていた王子は
そこまで考えも回らずに素直に小鳥に答えていました。
辛いよ…嫌だよ、こんな生活…
小鳥にそう告げると小鳥は辛そうな顔をしながら言いました。
そう…逃げ出したいなら力を貸してあげる…どうする?
小鳥の提案に王子は少し悩みましたがこの話を信じる事にしました。
この生活から逃げ出せるなら何でも良かったのです。
本当に逃げ出せるの?力を貸して!
分かったわ…今からあなたを小鳥にしてあげる!
小鳥はそう言い終わると王子に魔法をかけました。
小鳥の魔法で王子は一瞬の内に小鳥の姿になりました。
窓から入ってきた小鳥は魔法使いだったのです。
魔法使いの小鳥に導かれて小鳥になった王子は城を抜け出しました。
初めて空を飛ぶ開放感に王子は今までにない自由を感じました。
上空から見た城はとてもちっぽけですごく小さな世界に見えました。
魔法使いに連れられて王子は森の奥の小屋に辿り着きました。
小鳥になる魔法を解く魔法使い。
小鳥だった魔法使いも小鳥だった王子も元の姿に戻りました。
魔法使いはやさしい顔をした魔女でした。
魔女は王子をやさしく見つめながら言いました。
お帰りなさい、この時を待ち焦がれていたわ
その言葉に王子は訳も分からず呆気にとられました。
動揺している王子をやさしく諭すように魔女は続けます。
まずは家に入って、詳しく話すわ
誘われるままに王子は魔女の家に入りました。
そこで魔女は今まで隠されていた真実を話してくれました。
私はあなたの母親なの…
突然の告白に王子は言葉を失いました。
母親については王からは死んだとだけ伝えられていたのです。
母親のいない中で王子は寂しい子供時代を過ごしていました。
寂しい夜には心の中で理想の母親を思い描いて枕を濡らす事もあったのです。
その母親が今目の前にいる!
王子はただ目の前の魔女…いえ、母の姿を食い入る様に見つめました。
ただ、あまりの突然の告白にこの話を素直に信じていいかも分かりませんでした。
呆然としている王子を前に母の話は続きます。
母が王子に話した話をまとめると…
魔法使いが王子の実の母親だと言う事。
色々あって母は城から追い出された事。
王子が実は女の子だった事。
魔法で男の子の姿にしていた事。
母の話は耳を疑うものばかりでした。
王子は衝撃の発言の連続に軽くパニックになっていました。
いきなりこんな事を言われてもすぐに受け入れられる訳がありません。
あなたが僕の母親だと言う証拠は?
王子は正気を取り戻すために母に質問をします。
母はその質問が来る事を分かっていた風に落ち着いて答えました。
さっきの鳥になる魔法は同じ血筋のものじゃないとかからないの
それと鏡をよく見て私と見比べてみて…私とあなたはそっくりよ
こう言う答えじゃダメかしら?
言われて王子は鏡でよく顔を見てみました。
目の前の母とそっくりな顔がそこにありました。
それに気付いた時、王子の疑問はすっかり消えていました。
こんな事になってごめんなさい
私と王は愛し合っていたわ…それは真実
そこまで話すと母は辛そうな顔になりました。
声のトーンも下がったようでした。
でも私は自分が魔法使いという事を隠していたの
それで子供が産まれた時に王はその子供が女の子と聞いて失望してしまった
それで思わず魔法を使ってしまったの…
男の子の姿になったあなたをあの人はとても喜んでいたわ
ただ、魔女を王家に置いておく事はしきたりが許さなかった
魔女に対する偏見はこの国にとってとても根深いものよ…
正体を知られた私は城から追放されてしまったの
それでもあなたが心配で毎日鳥の姿になってあなたを見ていたの
王子は母の話をただ聞くばかりでした。
聞きながら確かに王国での魔法使いの扱いはひどいものだった事を思い出していました。
そして母の苦悩も分かるような気がしてきました。
本当はずっと小鳥の姿のままあなたを見守るだけにしたかった
でもあの人があなたをあなたの望まない生活に押し込めて、あなたが苦しんでいるのを見てどうしても見ていられなくなってしまったの
母のその言葉に王子は心が暖かくなるのを感じていました。
母親がいないと孤独に思っていたけれど本当はいつも見守ってくれていたんだ!
王子はそれまでのあの穏やかでやさしい日々を思い出して涙をこらえていました。
その王子をやさしく見つめながら母は彼にある提案をしました。
あなたが望むなら元の姿に戻すけどどうする?
母の言葉に王子は素直にうなずきました。
あまりの即決ぶりに母はその意見をもう一度確かめました。
いいのね?もう元の生活に戻れなくても…
元の生活なんていらない!このまま戻って人殺しなんてしたくない!
母はやさしくうなずくと王子にかけられた魔法を解きました。
あっけないくらいに簡単に王子は元の姿に戻りました。
やさしい王子はやさしい姫になりました。
僕…いや、私、魔法使いになりたい!この森で暮らしたい!
姫はそう力強く答えました。
その熱意には母は強い決意を感じました。
その熱意を受け、姫を立派な魔女にしようと母は心に誓いました。
あなたがそう願うなら…いいわ!しっかり仕込んであげる!
こうして深い森の奥でかわいい魔女見習いが生まれました。
一方、王国では王子がいなくなった事で国中がパニックになっていました。
王は国中におふれを出し国中を探させました。
国の周りの森にも捜索隊を出しました。
しかし何年探しても王子発見の報は王の元には届きませんでした。
魔女の家には結界が張ってあったので普通の人は探し出す事は出来ないのです。
おかげで小さな魔女見習いは誰にも邪魔される事なく魔女の修行を続けていきました。
時間が経つにつれ王も王子の事を諦めるようになってきました。
周辺諸国との関係も難しくなってしばらく王子の事は考えないようになりました。
そして王子失踪から10年の月日が流れました。
森は相変わらずその美しい姿を保っています。
魔女見習いの姫もいつしか一人前の魔女に育っていました。
しかし王国は建国以来の危機が迫っていました。
周辺諸国との関係がこじれて今にも戦争が始まりそうな雰囲気になってしまったのです。
国力の差から言ってまともに攻め込まられたら簡単に国は滅んでしまいます。
交渉も決裂してもはや滅びの日を待つばかりという状況になってしまっていました。
王はこの状況を打破するために最後の手段として魔法使いに助けを求めました。
魔法の力で王国を守ってもらおうと考えたのです。
王国の存亡のためにはもうなりふりかまっていられませんでした。
王国が有能な魔法使いを募集していると聞いて王子だった姫は王国に向かう決心をしました。
もしかしたらそれは元の姿になった自分を認めてもらいたかったのかも知れません。
母親の魔女も彼女を引き止めはしませんでした。
もう彼女には十分な力が備わっていたからです。
今の彼女なら決して王の言葉にも怯みはしないとそう確信していました。
魔法使い募集の報を聞いて城には幾人かの魔法使いが集まっていました。
それぞれ得意な魔術を披露して審査の結果を待っています。
しばらく待っているとやがて姫の出番になりました。
彼女はうやうやしく王に謁見すると
お久しぶりです、お父様
と、凛とした声で言いました。
何?私に娘などいないが…
と、王は言いかけましたがその顔を見て思い出す事がありました。
目の前の魔女の顔は昔彼が愛した女性にそっくりだったのです。
お前!やはり母親に会っていたのか!やはり魔女の子は魔女だな!
今さら現れて何の用だ!私を笑いに来たのか!
王は姫に向かって声を荒らげてそう言い放ちました。
この通り、姿は変わってしまいましたが私もこの国の役に立ちたいのです。
姫は真剣な眼差しで王を見つめながら答えました。
その姿には王の言葉にも屈しない強い意志が感じられました。
王が長年探していた王子は彼の望まない姿になって現れました。
跡継ぎを求めていた王はすっかり落胆してしまいました。
そして魔女の娘がいる事を知られてはならないと思うのでした。
王は側近に何か指示を出すと姫に力の提示を求めます。
姫は得意の魔法で簡単に兵士をねじ伏せ自分の力を示しました。
その力に審査に立ち会っていた周りの貴族たちからは拍手喝采が起きました。
お前の実力は分かった…審査の結果は後で知らせる
審査は終わり姫が部屋を出ようとした瞬間の事です。
部屋のドアは閉じられ鍵がかけられました。
そして姫の背後から突然武器を持った何人もの兵士が現れ一瞬の内に
姫は幾つもの鋭い刃に貫かれてしまいました。
悪く思うな!王家から不浄の者が出てはいかんのだ!
お前が魔女の姿でなければまだ許したものを!
倒れて動かなくなった姫に王はそう言い放ちました。
あなたのその言葉が聞きたかったのです
王の宣言を聞いて動かなくなったはずの姫はそう言って立ち上がりました。
動揺する王や側近や兵士を尻目に姫は続けました。
あなたは母も、そして私も見ていなかった
ただ、跡継ぎが欲しかっただけ
王家の存続の事しか頭になかった
そこに愛などなかった…
最後にポツリと淋しそうにそう呟いた後、一瞬の内に姫は姿を消してしまいました。
実は王宮に現れたのは姫の分身だったのです。
最初から姫は城には行っていませんでした。
企みの失敗した王はしばらく呆然としてしまいました。
その後はもう何も手につかずにその日の審査は終了となりました。
それからしばらくして王国は戦火に襲われました。
長い歴史を誇った王国はあっけないくらいに簡単に滅びてしまいました。
姫は逃げる民衆を密かに救い出して王国の被害を最小限に抑えました。
しかし決して戦いに参加する事はありませんでした。
森の魔女の親子はその後も貧困や戦争に苦しむ人を助け続けました。
彼女たちはいつしか偉大な森の魔女と呼ばれ、人々に希望の象徴として
ずっと語り継がれるようになったと言う事です。
(おしまい)
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