「小さな龍の銀太」
ある春の夜、この世界のようでこの世界ではないところで小さな龍が産まれました。
銀の月の光に濡れるように輝く瑞々しいうろこを持つその小さな龍は銀太と名づけられました。
龍の里ですくすく過ごす銀太でしたが、ある日ふと雲の下の地上の世界に興味を持ちました。
龍は大きくなれば神の使いとして自然界の気象を操り天候の秩序を守る仕事につきます。
まだ小さな銀太はただその好奇心だけで地上へとこっそり降りていったのです。
最初はすぐに龍の里に帰るつもりでした。
けれど、初めて見る地上の景色に興味は尽きませんでした。
山の緑、海の青、黄色い砂漠に様々な生き物たち…。
いずれも龍の里にいるだけでは知らなかったものばかりです。
小さくても銀太だって龍の端くれです。
空を翔れば風も起こすし念じれば雨も降らせられます。
最初は無意識にその力を使っていた銀太でしたが、次第にその力の使い方が分かってきました。
力の使い方が分かってくればそれを使いたくなるのは人も龍も同じです。
銀太は気まぐれにその力を使って突風を起こしたりゲリラ豪雨を降らせたりとやりたい放題でした。
ある程度力を使って満足している銀太の前に小さな村が見えてきました。
村では日照りが続き人々は大変困り果てていました。
雨を降らせるなんて当たり前の銀太はその村に雨を降らせる事にしました。
突然の恵みの雨に人々は大いに喜びました。
そっか、これが龍のお仕事なんだと、銀太は龍の使命に目覚めたのでした。
最初に喜ばれた村が気に入った銀太は事ある事に村に雨を降らせていました。
おかげでその村は水不足知らず、次第に豊かになっていきました。
人々の喜ぶ姿を見て銀太も大満足でした。
しかし、銀太はまだ知らなかったのです。
龍の力が新しく力を産み出すのではなく、ただ力を移動させているだけだと言う事を。
新しく雨を降らせているのではなく、どこかの雨雲から雨を拝借して雨を降らせていたのです。
やがて銀太の好きな村だけが豊かになって周りの村が水不足にあえぐ日々が多くなってきました。
いつしか豊かな村は周りの村から狙われるようになってしまいました。
最初こそ自衛で何とか外からの攻撃に耐えていた村人たちでしたが、その村だけが豊かになった
噂が広がり、遠くの大きな国までがその村に興味を持ってしまったのです。
大きな国はその村を自分たちの領土にしようと軍隊を送り込んできました。
大きな国の鍛えられた軍人たちに小さな村の人々が敵うはずもありません。
あっという間に村は大きな国の領土になってしまいました。
銀太はその様子をじっと眺めていました。
軍人たちが攻めてきた時には雨と風で軍人たちの邪魔をしたりもしました。
けれども圧倒的なその人員と物量に小さな龍の力は大きな障害にはならなかったのです。
大きな国の領土になった小さな村は段々その姿を変えていきました。
人々から笑顔は消え、大量の作物を搾取されるだけの村になってしまいました。
そこに銀太の好きな村の姿はもうどこにもありませんでした。
それでも銀太は村が雨に困れば雨を降らせていました。
どんなに水不足の年も銀太のお陰でその村だけは水に困る事はありません。
大きな国の領土の一部になってもそれだけは変わりませんでした。
時代は移り変わり大きな国の勢力も段々弱くなってきました。
国の勢力が弱くなると誰もがその豊かな村を欲しがりやがて村を巡っての戦争に発展していきました。
そして村は戦場になり沢山の血が流されました。
どの戦力も村の攻略に一番の兵力を割いていたのでしょう、結局は共倒れとなってしまい村は荒れ果て、人々は姿を消してしまいました。
あれほど豊かだった村はもう見る影もありません。
銀太は嘆き、悲しみました。
何日も大雨が降り続けました。
何日も風が村周辺を吹き荒らしました。
その激しさは村の姿を跡形も無く消すほどでした。
龍は自らの力で天候を生み出す事は出来ないのですが例外はあります。
それは度を越えた感情の力です。
銀太はその力を使い果たすまで天候を荒らしに荒らしました。
分厚い雲の隙間からお日様が姿を現します。
ようやく落ち着いた銀太は人一人いないかつて愛した地を眺めるのでした。
どうしてこうなったのか、しっかりと原因を見つめました。
最初はただ人々の喜ぶ顔を見るのが嬉しくって
自分の雨を降らせる能力が役に立つのが嬉しくって
自分の能力の秘密に気付いてもそのままその村だけを豊かにして・・・
そうしたらみんなその村を欲しがって・・・争って・・・。
銀太はようやく気付いたのです。
龍の力は世界全体に満遍なく行き渡らせるものだと。
どこか一ヶ所だけを豊かにするものではないのだと。
十分に反省した銀太は龍の里に戻りました。
今度こそちゃんとした龍になって世界の天候を過不足なく調整して
どこの国も飢える事の無いように
どこの国も収穫の喜びに溢れるように
銀太がそうなるにはきっとまだまだ長い時間が必要になるでしょう。
しかしこの苦い経験がやがて銀太を立派な龍にしていくであろう事は間違いありません。
分厚い雲の隙間から光が射してきた時、雲の上には立派に成長した銀太が
静かに笑って地上を見下ろしているかも知れませんね。
(おしまい)
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