「幻想旅行記 」

「うわっ!いいな~それどうしたの?」


「ふふ~ん、いいでしょ♪」


その手の中には綺麗な水晶が輝いていた。

僕はそれがとても欲しくなったんだ。


「どうしたの?これ」


「パルスラの山の奥にあったの」


「あそこ~?あんな所に遺跡かなんかあったんだ?」


「行ってみてごらんよ、捜し出せるならね。」



あ、言い忘れてたけど、僕はトレジャーハンター。

世界中の遺跡を廻ってお宝を捜し出すのが仕事なんだ。

今日は商売敵のミーシャンに先を越されてしまった。

もっといいお宝を捜す為、僕はミーシャンの言っていた山に向かったんだ。


深い山。

入り組んだ獣道。

探索は困難を極め、僕は一日を棒に振ってしまった。

日も暮れて街へ帰ろうとしたんだけど、まずい事に道に迷ってしまったんだ。


仕方なく、野宿を決め込んだ僕は焚火の頼りない明かりの中寝袋にくるまって朝を待ったんだ。


霧が山を深く包む。

真っ白な世界はどんどん広がっていった。

まるで波紋が次々に広がって行くかの様に。


小鳥の声が耳に優しい。

目覚ましで起きない朝なんて何年振りだろう。

僕はゆっくりと目を覚ました。

眼前に広がる白い世界が目に新鮮だ。

僕はすぐに目的を思い出して野宿道具を仕舞い始めた。


遺跡を求めてまた探索を始める。

しかし晴れない霧に阻まれて一向に作業が進まない。


もう何時間歩いただろうか。

長く歩いて来たはずなのに、未だに霧は晴れなかった。

深い深い山の中、日の光もほとんど入ってこない。

もう自分の勘を頼りに先へ先へとただ歩いて行った。


と、突然目の前が開けた。

だけど、そこにあった景色は初めて見る不思議な景色だったんだ。


そこには、体長20cm程の小さい小さい人間が暮らしている村があった。

住人達は一生懸命働いていて、この突然の来訪者に見向きもしない。

僕はしばらくその場に立ちすくんで、じっと彼らの様子を見ていたんだ。


(きっと彼らはここで平和な暮らしをしているんだ。僕がここで彼らに

声を掛けたりして、彼らの生活を脅かしてはいけない。)


彼らの一生懸命働く姿を見て僕はそう思ったんだ。


僕はそっとその場を立ち去って、探索の旅を続けた。

そして、もしかしたら幻想の世界に迷い込んでしまったんじゃないかと思い始めていた。


「その通りだよ」


耳元で声がする。

振り向くとそこにはさっきの住人よりも小さい羽の生えた人間がいた。

羽の生えた人間・・・。


そう!それは妖精!


そう思ってよく見てみると、彼の体はその羽と同じく半透明で彼の身体越しに背後の景色がおぼろげに透けて見えていた。


「どう?珍しいでしょ?」


彼ははにかみながら声を掛ける。

僕は彼に問いかけた。


「ねぇ、僕の考えている事が解るの?」


「わかるさ!ここは想いが形になる世界だもの!」


「想いが形に?」


僕は彼の答えがよく解らなかった。


「君に素敵なものを見せてあげるよ」


彼は僕の先を飛んで行く。

僕は期待に胸を膨らませながら彼の後をついて行った。


深い深い森を抜けると、真っ青な月が僕の目の前に現れた。

そこにはには大きな湖と、そしてその月に寄り添う様に建っている塔。

この月と塔で調和の取れた景色を作っていた。


「え?もう夜?」


僕は彼に聞いてみた。


「ここは夜のエリアなのさ!ここに来ればいつでも月と戯れる事が出来るんだ」


ずっと夜の世界…、朝の訪れる事のない世界。

僕の目にはその風景は何だか寂しげに映っていた。


僕は余りにもこの風景に調和している塔に向かって歩き出した。

丁度塔から岸に向かっている橋を見つけたからだ。


(あの橋を渡って塔に登ってみよう!)


そう思った僕は意気揚々と歩いていったんだ。


気が付くと、彼はついて来ていなかった。

どうやら森に帰って行ったらしい。

もしかしたら彼は別れの言葉を僕に掛けていたのかも知れないけれど、

そんな言葉が耳に届かない程僕は興奮していたんだと思う。


長い橋を渡り湖の中心に建てられた塔へと向かう。

橋を渡り始めた途端、空の星が一斉に降り始めた。

流れ星のシャワーは橋の周りを光のカーテンに変えて行った。


不思議な事に流れる星は湖の湖面を音も無く沈んで行く。

不思議で幻想的な風景が僕の目の前で展開されていた。


そんな景色を楽しみながらついに僕は塔の入り口に辿り着く。

そして、当然の様に塔に入りその上へと登り始めた。


塔の中は殺風景で、ただ上に向かう階段のみが用意されているだけだった。


僕はひたすら上へ上へと塔を登って行く。

壁に張り付いた螺旋階段を気が遠くなる程登って行く。


余りにも長い階段だったので段々目眩がしてくる。

登っている途中で、宇宙のリズムやDNAの螺旋が僕の頭を流れていく。


もうすっかり目が回って危うく足を踏み外しそうになったその頃、目の前に頂上の小さな明かりが見えて来た。


塔の頂上に出た僕はその素晴らしい景色に言葉を失った。


「どうだい?気に入ったかい?」


辺りを見回す僕に声を掛けたのはなんと天空で光を放つお月様だった。


「びっくりしているね。当然かな」


確かに月が僕にメッセージをくれていた。


月に口があって喋っているのではなくて、直接言葉が頭に聞こえて来るんだ。


僕は同じ様に想いで月に話しかける。


(初めまして!夜の守護者よ!)


その声を受け取って月は静かに語り始めた。


「夜の守護者か!確かにそうかもな。もう私の声を聞く者も少なく

なったよ。こうして話しかけるのも随分と久しぶりだ。」


(この世界はずっと夜のままなの?)


「そう、ずっと夜のまま、面白いだろ?」


(確かに面白い。普通じゃ考えられないけどね)


「何を求めてここに来たんだ?」


(強いて言えば、冒険かな?世界中の不思議が知りたいんだ)


「そうか、最近にしては珍しい若者だ」


(ここに人間はよく来るの?)


「この頂上まで登って来た人間は400年振りだよ。だけど私はいつも夜の世界を照らしているからな」


(現実の夜の世界もあなたが照らしているんですね?)


「そう、私は夜を照らし、見守るのが仕事だからね」


(私はこの後どうすればいい?)


「世界の秘密が知りたいんだろう?ここを出てまっすぐ進むといい。」


月はその光で僕を包む。

蒼い光に包まれた僕は塔を離れ、森の中に戻された。

光のゆりかごから出た僕は月に言われた通り、まっすぐまっすぐ歩き始めた。


すると急に目の前が開け、ピラミッドが現れた。

そのピラミッドはエジプトのピラミッドではなく、どちらかと言えば南米のインカのピラミッドに似ていた。


そして森の中にぽっかりと開いたその空間の上では太陽が優しく輝いていた。


僕は導かれる様にピラミッドを登って行く。

あの塔を登った僕にとってこのピラミッドの階段を登るのはとても簡単な事だった。


ピラミッドの中にはこの世のありとあらゆる事を書いた本が所狭しと飾られていた。


(ここにはすべての情報がある!)


僕はそう確信すると、この賢者のピラミッドの中の沢山の本の一つに手をかけた。


と、その時、さっきの妖精が飛び込んで来た。

とても焦っていて、急いで何か伝えたい風だ。


「大変だ!黒い炎が迫って来た!」


「黒い炎?」


「あれにやられるとこの世界から消されてしまう!早く逃げるんだ!」


彼は必死で危険を伝える。

この世から消えると言う事は死んでしまうと言う事なのだろうか?


「嘘だろ!?」


僕はピラミッドの書庫から外に飛び出す。

そこから見た外の景色は一変していた。


周りを包む黒い炎はこの森全体を包囲していた。

それはもうどこにも逃げ場がない程に。


僕はこの不思議な炎をじっと見つめていた。

炎が黒いのも不思議なら燃えた後に綺麗さっぱり世界が消えてしまうのも不思議だった。


「ああ、ここで終わってしまうのかな?折角ずっと楽しかったのに!」


この彼の言葉に僕はハッとした。


(ここは想いが形になる世界だ!)


これは僕の疑いの心なんだ。

きっとこの世界を否定すればこの世界は消えてしまうんだ。


この世界を救えるのは僕しかいない!


僕はそう思うと黒い炎に向かって走り出した。

炎を作り出した本人が炎を浴びればきっとこの騒ぎは治まるとそう信じて。


「お~い、駄目だよ~っ!戻って来るんだ~っ!」


彼の制止の声を聞きながら、でも僕は歩みを止めずに炎を止める為に走り続けた。

この素敵な世界を守る為に。


世界を消していく黒い炎が目の前に見えてくる。

やはり全然熱くない!間違いない、これは偽りの炎だ。

僕は少しもためらう事なく炎の中にこの身を投じた。


この自分の存在と、自分が生み出した否定する心を共にぶつけ、融合する事でこの幻想世界を守る為に。


黒い炎に包まれた僕は虚無の海に投げ出された。

深い闇の海の中、胎児の様に深い眠りに融けていく。



そして気が付くと優しい小鳥の声。

あれは夢だったのだろうか?

すっかり霧は晴れていて僕は難なく山を降りる事が出来た。


あれから何度も山に登ったけど、あの世界に辿りつく事はもうなかった。

遺跡だってまだ見つかってない。


でも僕はあの世界での出来事を信じているよ。

そしていつかきっとまた遊びに行くんだ。

その時はもっともっと冒険しようと思う。


夜に微笑む月を眺めながら、また僕は深い森をさ迷っている。


(おしまい)

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