第22話 ブリスのたくらみ

 永遠がソファーからふらりと立ち上がった。

 「お手洗い」

 ブリスは居間を出て行く後ろ姿が見えなくなってから、キッチンテーブルで作業中のクリスチャンにつめ寄った。

 「なあ、これじゃ体がもたねぇよ。もう二週間近く出かけっぱなしだぜ」

 テーブルに散らばった写真を見ながら早口に告げた。

 写真の永遠はどれも笑みを浮かべているが、日が経つにつれ目の下の痛々しい隈が濃くなっている。

 「どっちがいいと思う?」

 クリスチャンは、水槽の前で夢見るような表情の永遠と、氷の上に尻もちをついて恥ずかしそうな永遠を掲げてみせた。

 「そんなこといってる場合かよ! もう限界だ。今、永遠に必要なのはゆっくり体を休ませることだ」

 クリスチャンが写真を置いた。

 「わたしが気づいていないと思うのか。思い通りになるならとっくの昔にベットに寝かしつけて、指一本動かすことすら許さなかったさ。だが永遠は気力だけで動いている。目的を失ったら、二度と起き上がれなくなってしまうかもしれない」

 ブリスはさまざまな場所でカメラに笑みを向けている永遠を見つめた。

 「あんたにできねーなら、俺がなんとかする」

 覚悟はできているはずなのに、どうしようもなく声が震えた。

  


 痛い。

 ここ数日痛みが強くて、夜もろくに眠れなかった。そのつけが姿に表れている。

 クリスマスまで十六日。期限が刻々と迫っている。

 もはや二人に不調を隠し通すのも限界だ。

 それでも意志の力で病の進行を押しとどめようと、鏡の中の自分を睨みつけた。

 「永遠?」

 ハッとして表情を取り繕った。見られてしまっただろうか。

 「どうしたの?」

 ブリスは髪に手を突っ込んで、心ここにあらずという風情だ。

 「いや、あー、今日はなにする気なのかと思って」

 「まだ決めてないけど。たいていのことはしちゃったし。海でも行く?」

 「えっ、海? 水着の永遠と…。いや、だめだろ。けど、不意にってこともあるよな」

 心の声が漏れているブリスを見ながら、あとどれくらい思い出を作ることができるか考えていた。

 彼らのことを思うなら、本当は親しくなっちゃいけないと頭ではわかっていても、このことに関してはとことん意志が弱かった。

 もう少しだけ。あと少しだけ二人のそばにいたい。そうしたらちゃんとすべきことをするから。

 ブリスが身を乗り出した。

 「やっぱだめだ。この前さ、永遠、俺にどうしたいか聞いてくれただろ」

 なぜブリスがそわそわしてるのかに思い至って笑みを浮かべた。

 「わかった。なにか案があるんでしょう」

 「俺、今日は家でゆっくり話でもしたいなって思って」

 永遠の表情を見たブリスが不安げに付け足した。

 「嫌じゃなかったら」

 嫌なわけじゃない。ただブリスがインドア派には見えなかっただけだ。

 「もちろんかまわないわよ。お菓子があるならね」

 リビングに戻ろうとしたとき、ブリスがほっとしたように息を吐き出すのを視界の隅にとらえた。

 思惑があるのは自分だけではなさそうだと感じた。

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死神の住まうここ しすい @Lucia

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