第16話 つきとめて異世界

 息を荒げて崩れ落ちた男に駆け寄り、用意して余っていたお茶を差し出すセキナ。

 男は焦ってはいたが特に体に傷を負っている様子はない。大丈夫なようだ。


 婆さんの方を見ると何か考え込んでいた。

 俺には想像もつかないが、きっと原因について、思考を巡らせているのだろう。

 俺としては一刻も早く動き出した方がいいと思うのだが。


「あんた、遠方組だったね。その情報に間違いはないさね?」

「ああ、間違いねえ。結界に異常はねえか?」

「ないさね。確認だが偶然、竜の進行方向に集落があるわけじゃないんさね?」


 ない、と短く答える男。流石に息が続かないのだろう。それほど全力で走ってきたと言うことだ。


「セキナ。外の確認をするさね」


 窓際に駆け寄り、外を見渡すセキナ。すぐに婆さんに振り返る。


「方角は北。連絡の数は、三です!」

「三回もかい。

 セキナ、シンヤと手分けしてみんなにこのことを伝えるさね。決して集落から出ないようにとね」

「わかりました師匠。

 シンヤさん、お疲れのところ申し訳ありませんが人手が必要です。お手伝いいただけませんか?」


 多少は休んで疲れも取れたが、いまだに体が怠い。だがそんなことを言っている場合ではないようだ。正確な現在の情報が俺には理解できないが、ひっ迫した事態であることは予想できた。

 詳しいことは移動中にでも聞こう。


「状況の説明くらいはしてくれよ」

「もちろんです。それでは師匠、このことを伝えてまいります」


 食堂を出ていくセキナについていく。


「それで今の状況は?」

「竜が集落にまっすぐ近づいてきています。これは予想外の事態です」

「なぜ竜の接近に気づけた?」

「集落の住人は外へ出るときに万が一に備えて緊急連絡用の発煙筒を持って出るようにしています。流石に全員ではありませんが、何組かに一人程度は用意していました。

 あの赤い煙は竜の接近を知らせるものです」


 セキナに状況説明を受けながら屋敷の外に出ると、確かに赤い煙が確認できた。いまだに確認できるのは魔法のおかげだろう。

 他の住人も知らせに気づいたのか家の外に出て煙を見ていた。


「シンヤさん、わたしは屋敷に近い家から周ります。シンヤさんは集落の入り口側からお願いします」


 頷きを返し、入り口方向に向けて急ぐ。こんな時自由に空を飛べたら便利だったのだが、悔やんでもしかたない。


 そこまで大きな集落ではないが、流石に二人で回るには骨が折れる。

 他にも協力者はいないのかとセキナと別かれる前に聞いたが、他の家は子どもが外に出ないよう家で面倒を見たり、緊急時に備えての役割が決まっているらしく手が回せないらしい。

 肝心の緊急を知らせる手段がしっかりしていないあたり、今回がどれほど予想外な事態か察せる。


 集落の中ほどでセキナと合流。一時間はかからなかったように感じる。


 家をあちこち回って分かったが、この集落の住人は全員が黒目黒髪だった。

 異世界だから黒目黒髪は禁忌とか言われないか若干心配したが、この様子でだとゼーティアではそんなことないようだ。


「助かりましたシンヤさん。一度屋敷に戻りましょう」


 セキナの言葉に従い屋敷を目指す。


 太陽が随分と傾き時刻は夕方だ。婆さんたちにとってはいやな時間帯だろう。きっと日が暮れる前に何らかの手段を講じたいはずだ。


 屋敷に戻り婆さんの部屋に辿り着く。扉を開けると奥の座敷に集落の中心人物と思われる者が5人集まっており、婆さんを半円状に囲むようにして向かい合っていた。年配の者は頭に白いものが混じっていたりするが基本的に全員黒目黒髪だった。

 セキナは婆さんの横に座った。弟子だけあってこの集落ではそれなりの立場にあるのだとわかる。


「シンヤ、あんたもわしの横に座るさね」


 俺が身の置き場に困っているのを察してか、婆さんに隣に座るよう勧められた。


 まさか一日に二回も年寄りの隣を進められるとはな。


 黙って婆さんの隣に腰を下ろす。もちろん、翼が当たらないように気を付けてだ。なので少し婆さんとの距離が空く。


「念のため紹介しておくさね。この子はシンヤ。知っていると思うがミリルの父親であるゼノを助けた子さね」


 ミリルの父親はゼノという名前らしい。

 中心らしき人物たちが礼を俺に告げてきた。場違い感をとても強く感じる。変人扱いされていた俺は礼を言われなれていないのだ。


 礼が終わると婆さんが俺とセキナに向けて今までの話し合いで決まったことを告げてきた。

 話合いで決まったことは現状維持。

 驚きの結論だがどうやら理由があるらしい。婆さんたち曰く、この集落の結界は絶対。よって、集落に直接の危害が加えられることはないとのこと。


 ならば何をあんなに焦っていたのかと言うと、このまま集落のそばに竜が居座ると集落から出ることができず、いずれ食料などが尽きてしまうことが問題らしい。この問題を回避するには誰かが身を挺して竜をひきつけ、ここから引き離す必要がある。そしてそのためには周囲に誰もいないことが必須であり、外出禁止令はそれを目的に出された言うことだ。


 そう言うことなら、両親が二人そろって子どもの面倒を見ていたことに頷ける。集落に伝言を伝える最中、何度子どもの面倒くらい一人いればいいだろ、と思ったことか。

 あくまで俺とセキナの対処は念のためということだ。


 それならそうと言って欲しかったと思うのは俺の心が狭いからか?


「ならこうやって集まる必要はあったのか?」

「今回は特別さね。発煙筒が三回も使われたからね」

「シンヤさん。本来は見回りに出た者が集落近くに現れた竜の存在に気づいた時、発煙筒で集落にいる見張り役にその存在を知らせるんです。それから集落中に外出禁止令がでます。

 ですが今回は見回り役を含めてほぼ全員で採取に出かけていました。遠くへ行くほど危険が増すのでその役目を見回り役の方たちにやってもらっていたんです」

「つまりはいつもよりも遠くの位置から、まっすぐに竜がこの集落を目指していることが問題だと?」

「はい、そうです。その上、今まではたまたま集落に近づいた竜の存在を念のために知らせる程度でした。竜自体は結界の力で集落を認識できないまま、どこかへ去っていくことばかりでしたから。しかし今回は遠方から、まっすぐに近づいて来ています。これは異常事態です」

「それに加えて上位竜だからなおさらさね。知能の高い上位竜が何の理由もなしに、偶然ここを目指しているとは考えづらいさね。それにその可能性が無いことはすでに確認済みだよ」


 そういえばそんなことを緊急を知らせに来た男に聞いていたな。


「なるほどな。その理由を把握しない限り、完全に安心できないか」

「シンヤ、やっぱり案外頭が回るさね。あんたの考え通り、この集まりの目的は原因究明が主さね。原因はいまだ不明だがね」

「だから余計なお世話だ。

 今思ったが原因なら今日の採取にあるんじゃないか?」

「どういう意味ですか?シンヤさん」

「どうもこうも普段と違うことなんてそれくらいだろう?俺よりもここの住人の方が分かると思うが」


 普段と違う点なら俺の存在も挙げられるが、そうではないことを祈ろう。


「ふむ。いつもとは違う点さね。

 何か思いつくかい、あんたたち」


 考え込む集落の住人。だが心当たりはないようだ。


 原因究明が行き詰っていると部屋の扉が開かれた。


「長、知らせは無事に伝わったようですね」


 部屋に入ってきたのはがたいのいい男。この男が竜の接近を伝えたのだろう。男が長に近づく。僅かに煙の臭いがした。発煙筒を使った影響だと思われる。


「よく知らせてくれたさね」

「いえ、見回り役の役目をまっとうしただけです」


 婆さんが男に現状を伝える。


「違う点ですか。

 関係するか分かりませんが、先ほど集落の入り口で先に戻った遠方組から預かりものをしましてね。なんでも今日初めて見る花を採取したから長に伝えてほしい、と渡された物です」

「それはなにさね?」

「自分もまだ確認していませんが、こちらになります」

 

 がたいのいい男が上着から取り出したのは布に包まれた何か。男がその包みを解くと中から一輪の花が出てきた。ただし、明らかに普通の花ではない。その花は花弁、茎、葉に至るまですべてが赤かった。それだけではない。花弁が三枚しかなく、花の中央には黒い模様が描かれている。心なしかその模様は叫び声をあげる人の顔に見えた。


 部屋にいる全員がその花に注目する。様子を見るに誰一人知らない花のようだ。いや、婆さんは何か知っているように見える。


「その花をどこで見つけたか分かるさね?」

「北の方の森で見つけと言っていました」

「どうやらその花が原因のようさね」


 竜が来たのが北。見るからに怪しげな花も北で見つかった。そう思うのも無理はないが根拠としては弱い気がする。


「婆さん、それが何か知っているんだろう?なんなんだその花は」

「その花は竜誘花りゅうゆうか、名前の通り竜をおびき寄せる花さね。北の森で見つかったその花の後をたどってきたと言うことさね」

「ですが師匠。竜誘花にしては色も形もまったく異なりますが」

「その花は突然変異種さね。それも誘因効果がとんでもなく高いね」


 絶句する一同。俺には竜誘花とやらの凄さが今一つ理解できないが相当なものらしい。


「そんな、本来は近づいてきた竜を集落から引き離すために使う竜誘花が原因で、竜をおびき寄せてしまうなんて」


 セキナの言葉で現状を何となく理解する。随分と皮肉的な状況になっているようだ。


「だが原因は分かったさね。これで現状を打破できるさね」

「問題は誰がやるかですね?師匠」

「そやつにやらせればいいだろう」


 指名されたのは俺。最初の礼以来、口を開かなかった5人のうちの一人がとんでもないことを言い出した。

 なぜ急にと思ったがそいつの目を見て理解する。先ほどまではなかった強い疑念が、俺を見つめる瞳に宿っていたのだ。


 直感的に悟る。こいつは花よりも俺に原因があると考えていると。


「長の言葉を疑うわけでは無いがそいつの存在も大きな普段と違う点であろう?」

「シンヤさんは関係ありません!たとえあったとしても、ゼノさんをあんなに必死で助けてくれた方ですよ。そんな役目任せられる訳ないでしょう!」


 初めて聞くセキナの大声。初めて聞くと言っても今日あったばかりだが。それでもセキナの印象とは程遠いその態度を嬉しく思った。


「ゲイト、わしの言葉が信じられないさね?」

「長と巫女がなんと言おうと考えは変わらん。そやつが原因でないと証明できない限りな」


 俺を疑う人物の名はゲイトというらしい。

 こいつが疑うのも無理はない。俺だってちっらとだが思ったことだ。しかし厄介なときに指摘しやがって。話がまとまりかけていたというのに。


 ゲイトの発言で他の4人も疑わしそうな視線を俺に向ける。俺をかばってくれるのはセキナと婆さんだけだ。

 集落の中心人物として間違った行動ではないと分かるが、俺としてはただただ厄介なだけだ。

 助けを求めたいが、長とその弟子と言ってもこの5人の意見をすべて無視するわけにはいくまい。


 どこの世界でも数の力は無視できないだろう。


 竜をおびき寄せるなんて危険なことしたくはないが、ここでの安定した生活を失うのは非常にまずい。サバイバルはもうごめんだ。


 心底嫌だが安全な食事と宿を失う可能性はわずかでも見過ごせない。嫌々だがやるしかないだろう。こうゆうときは少しでもポジティブに考えるんだ。俺は竜人。体は頑丈になった。上位竜に襲われも大丈夫だった。傷の治りも早い。よし、だいぶ心の準備ができてきた。


 俺が心の準備を進めているとセキナがおもむろに立ち上がった。


「そんなにシンヤさんを疑うならわたしが竜誘花を持って行きます!」


 待ってくれセキナ。


 どうしてそうなる。

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