ダークネス・タクト
黒嶺紅嵐
ダークネス・タクト
運命は、生まれながらに決まったレール。人生は、そのレールの上を行く電車。
俺、柚村拓斗はそう思って生きてきた、人生の17年生だ。
手に握った数学のテスト。
「65点」のデカデカとした文字に、俺は立ちくらみを起こした。
「大丈夫か!?」という教師やクラスメイトの声が遠く聞こえたと思ったら意識が遠のき、やっと復活してまともに意識が戻ったら保健室のベッドの上。ちなみに手の中にはまだ例のテスト。「65点」の現実に、俺は泣きたくなってきた。
あんなに勉強したのに、あんなに勉強したのに、遊ぶ時間も返上してまでやったのに―
その結果が、平均点よりたったの3点上ですか。ふざけんな。
痛感したね。「人生って、努力しても変わらんやん」って。
もう決まりきったレールの上に乗って、あとは天国でも地獄でも知らんわって思ったら、なんかなー。
うん、身が軽くなった。羽生えた気分。
これが俺の人生14年生だったときの、まだまだいい子ちゃんとか優等生とか委員長キャラに憧れてた純粋な時代が、あっけなく終わった瞬間。
この瞬間、1人の俺がお亡くなりになった。
これまでを「ブライトネス・タクト」とすると、それから今現在までの俺は、
「ダークネス・タクト」。
「ブライトネス」が心の中で死んでしまった。で、いつの間にか「Hey!」って感じで潜りこんできた「ダークネス」様が俺を支配しやがった。
結果、悲劇のスタート。
人生14年生がよくかかる謎の病気に感染。
通称、「厨二病」。
感染してから潜伏期間なんてものもなく、そいつは猛威を振るい始めた。
なんせね、「み、右腕が・・・」とか、「やべぇ俺の左目に・・・」なんてのはよく聞く厨二病の典型的症例だけど、そんななまっちょろいレベルじゃない。とんでもなく
タチの悪いヤツに襲われたんだ!
「新世界から預言者的ななにかが降臨して、俺を新世界の神として崇め奉り始めた!」
「クラスメイトが全員ただの愚民にしか見えない!」
「教師なんて、教師なんて・・・全人類の、敵だ」
これはまだまだ俺にとっては序の口。
俺史上最もヤバかった症例は、
「うおおおおおおおおおおおおおお俺の右手が実はレールガンだったぁああああああああああああああああ!(10円玉が空を舞う)」
・・・。
思考回路、どっか壊された。マジで危ない人になってた。
そのせいで皆さん俺の周りからお逃げになられまくって・・・俺、THE・ぼっち!のまま中学生活終了する結果を招いた。
この症状がほぼ2年も続きました、はい。
通常だと1年もすれば完治するはずなのに、なぜ俺だけ?っていうのはともかく。
とりあえずその頃、「ダークネス・タクト」第一期が終焉を迎えられた。
同時に俺は、高校に入学。なんとか第2志望に合格したってだけの、しがない一般高校生になった。
まあね・・・周りより何倍も達観主義者だってことは触れないで。
結局人生の17年生になっても俺はまだ、達観主義を貫いていた。中学時代っていうか「ダークネス・タクト」第一期と違うのは、制服が漆黒の詰襟学ランから紺色のブレザーと青ネクタイに変わって、それなりに友達がいて、やっと厨二病から抜け出せたところだけ。
今に至るまで、考えは変わってない。
運命は、生まれながらに決まったレール。人生は、そのレールの上を行く電車。
俺、柚村拓斗はそう思って生きてきた、人生の17年生だ。
※
「はぁ・・・」
今日もまた、いつも通りの通学路を歩いていた。
夕方、午後3時半。結局どこの部活にも所属せずに、だけどそれなりの成績を取って過ごしてる俺にとって、放課後なんてフリータイムだ。もちろん家に直行なんて考えはとっくに捨てちまった、残念だけど。まあいつまでもいい子でいろってのが無理な話だ。校則ではなんか「寄り道禁止」とかほざいてるけど、俺にはぜんっぜん関係ない。バレて指導されたとしても、それはそれで運命ってレールに定められたルートなんだろう。って言っても今まで1度たりともバレたことはない。
最近、人生ってものが退屈になってきた。
レールが決まってるって思うと、どこか潔く諦めもつく。だけど同時に、それじゃつまらんよなって思う。自分ではわかんないけど、神様には行き先もルートも終点も全部知られてんだろうな。で、俺以外の人間が俺の人生の全容を知ってるっていうのが腹立つんだよ。
なんか、つまんねーな、毎日。
同じことの繰り返し、無限ループ。
いい加減、このレールの取っ払ってぶっ壊したい。
そろそろ終止符が欲しくなってきた。
だけど・・・やっぱ思い返すんだわ。
運命は、生まれながらに決まったレール。人生は、そのレールの上を行く電車。
ムリゲーだ、変えらんねぇ。
なんか非日常的な刺激でもなきゃやってらんねぇ・・・
・・・って、え?およ?
俺の目に、いいタイミングでちょーっと非日常的なものが飛び込んできた。
あれは―
「こ・す・ぷ・れ?」
見上げたビルの屋上。
笑顔でビルの屋上の縁に腰かける少女は、俺と同年代にも見える。その子はなぜか背中に翼が生えていて、純白って感じのワンピースを着てる。
で、俺を見下ろす。
「ねぇ、人生どぉ?」
・・・なんだこいつ?
※
息を切らせて階段を駆け上がり、ようやく屋上にたどり着いた。俺の視界には今、さっきと1ミリたりとも表情の変わらない少女(天使?)が立っていた。
「やっほー、たーくとっ」
さも待ち合わせでもしてたかのように俺に挨拶する。知らんぞ、俺知らんぞこんな子!誰!?
「なんで、お、俺の名前を知ってるんだ」
「そーんなに慌てなくていいじゃーん!」
って言うと、目の前の少女は突然、
ばさっ!
ワンピをぬ、ぬ、ぬ、脱ぎ、始めやがった・・・
「だぁああああああああああああおま、おい、ちょ、お前何しだすんだ急に!」
しかし、彼女は笑顔のまま答えない。するするっとワンピを脱ぎ捨てると、羽が地面に落ちた。やっぱただのコスプレだったようだ。
だが俺はもーっと驚いた。なんてったって彼女、
俺の学校の女子用ブレザー、着てたから。
しかも、スカートも中のブラウスも、とどめにソックスまで!
「・・・マジ、誰やねん」
と、その顔を見上げて、きっかり10秒硬直する羽目に。
その顔には、見覚えがあった。いやれっきとした俺の知り合いだった。
「い、岩永!?」
俺の左隣の席の岩永瑠乃だったんだよっ!
「わーいわーい気付いてもらえたー!」
「いやな、岩永よ。顔見て気付かないわけがねーだろ」
「え・・・そ、それはまさか―」
「フツーの意味でだよ!クラスメイトってか隣の席のやつの顔覚えてねーっていう現象がどーやったら起きるんだよ!」
「んー、っとね」
「考えんでいい!」
疲れる。
疲れた頭で、ふと「!」って感じに閃いた。
「お前、いつもと様子違うな。てかなんで学校休んでた」
そう、彼女このバカ、今日は「身内の都合で」欠席してたはずだ。なのになんで、どうしてここにいるんだ!
しかもいつものおとなしい、真面目、本読んでるイメージから約540度ほど回転させたかのようなこの様子!絶対にこれは夢だ!
―と思ったが、夢じゃなかった。だって、だって。
「顔近ぇええええええええええええええええええええええんだよ!息かかってんだよばかやろぉーーーーーーーーぃ!」
「え、悪かった?」
澄ましたような顔で答える彼女に、俺はさっぱりついていけなくなった。
「な、んで、こんなことに・・・」
「それはー、それはー、」
「あーうん答えんでいい答えないでくれ答えんなてかお願いです答えないで下さいよ!」
俺、さっそく涙目。
「それはー、」
「だからやめろって言ってんだよ、おい!」
「―最近、バカユズが元気なかったから」
「・・・はい?」
いつもの岩永に戻ったデフォルト口調で、彼女は俯きながら言う。
なんかぶっ飛んだことを言われたら精神崩壊も辞さない状況だったのに、そんなことを言われた俺は、
「・・・」
なんとなく、拍子抜けした。
なんで岩永は俺に気を遣う?
つーかその恰好はなんだ?
なんで学校休んでた?
疑問がありとあらゆる方面から沸いて出る。頭の中がシェイクされたような気分だ。
数分考えた結果。
「うん、やっぱ整理するべきだなこの状況!」
結局そういう結論に至っちゃったわけで。
―まあ、そうだよな。いきなりこんな非日常のぶっ飛んだことが起きれば。
※
「で、なんでこんなことになったんだ」
やっぱ頭抱えることには変わりなかった。もはや岩永の話を聞いてはいけない気さえしてきた。ヤバい。
「俺は別に、お前が学校休むくらいまでの心配はさせてねぇだろ」
「わかってないなー、ユズ」
「あのなぁ、俺だってよ、」
「何よ、いいじゃん」
そっぽ向かれた。南無。
「まあ機嫌直せって。パフェもう1個頼んでやるから!」
「わーい!」
途端に天使キャラに変貌なさる岩永を見て、
「はぁ・・・野口がまたなくなった・・・」
頭を抱えていた。
すぐ近くの喫茶店に入ってゆっくり話をしつつ頭の整理をするはず、だった。
それが・・・
「もう1個いただきましたーっ!」
「はぁ・・・」
岩永バカにパフェ2つ、紅茶1杯を奢る羽目に!何枚の野口が・・・いや、危うく樋口が散りかけたんだぞコラ!
「ねぇねぇなんでユズそんな顔してんの」
「たった今までにお前が作った状況をもう1回よーく考えやがれ!」
「・・・んと」
「ごめん俺が間違ってた。お前に反省を期待した俺が愚かだった申し訳ねぇな!」
絶望的な頭脳をしていらっしゃる!最悪の極みだ!
「天使が堕天使になった件?」
「しゃらーーーーーっぷ!」
全力で幻想否定に入らねば!なんかもういろいろと日常が壊れてる!
日常を返せ!俺はフツーの人間だ!
・・・ってとこで、ふと気づいた。
「日常が・・・壊れてる?」
数秒のうちに、俺の思考回路が回りだす。
運命は、生まれながらに決まったレール。人生は、そのレールの上を行く電車。
俺、柚村拓斗はそう思って生きてきた、人生の17年生だ。
だがその考えが今、全くと言っていいほど違う方向に変わろうとしていた。
「・・・バカユズ?」
岩永の声も俺の意識の中には届かない。周りの雑音が消えていく。
―こんな単純なことで、退屈してた無限ループが壊れた・・・
―いつもと違う岩永の顔。それは・・・非日常、俺の求めてたもの・・・
―なのに、なんだ今の俺のこの複雑な思いは・・・
―壊された日常を返してほしいって、強く願ってんじゃん。
「あ、あぁ・・・そういうことだったのか」
俺の双眼から涙が流れている。わかったんだ、俺の本当の生き方・・・!
※
ダークネス・タクト第二期。人生に達観し、どこか諦めてた。
運命は、生まれながらに決まったレール。人生は、そのレールの上を行く電車。
俺、柚村拓斗はそう思って生きてきた、人生の17年生だった。
だけど、違ったんだ。
今この瞬間、俺は変わるんだ・・・!
日常が捻じ曲げれるなら、運命だって変えられる。一見難しそうでも、その軌道を曲げることは、できる。
俺、柚村拓斗はそう思って生きていく、人生の17年生になる。
その瞬間、俺の心が氷解した。
くだらないと思ってた、ほんとに変わらない光景。
目の前にいる、見慣れきったクラスメイト。
俺が着てる制服が、使ってるカバンが、吸ってる空気さえもが、全てが美しくて儚いもののように思えてきた。
「わかった?」
目の前の岩永は、めっちゃ穏やかな顔をしている。
―バカかこいつ。俺なんかのために。
わかってたんだと思う。俺の人生達観主義的な考えを変えたくて、変えたくて、こいつはこうして学校休んでまでこんなことを・・・
「感謝なんかしなくていいの。だけど―」
「だけど?」
「1つだけ、お願いは聞いてくれるのが筋よね?」
「・・・何枚野口を殺す気だ!」
こんなやり取りすら、一瞬で風に流れるやり取りですら、今の俺には美しく感じられた。
だが―その美しさをはるかに凌駕する美しさに、俺は襲われることになった。
「違うの」
いつになく真剣な、岩永の直視。どこか切羽詰まったようなその顔には、どうしても何かを伝えたいという焦りすらも垣間見えた。
飲まれる。その視線に飲まれる、
そう思って目を閉じかけた、その瞬間、
「私―ユズのこと、好き」
「―嘘だろ?」
ロケットランチャーに撃たれるレベルの衝撃が、俺を揺さぶった。
嘘だ、こいつ何かがおかしくなっただけなんだ!俺よ、動転するな!
まずは、落ち着いて・・・
「今なら大丈夫だ、まだ引き返せる。だから脳外科行ってCT撮ってもらって来い」
「違うの!」
言葉を遮られた。
「別に私、おかしくなんてない!」
目には涙を溜め、俺を睨み付ける。
「バカ!バカユズ!バカバカバカユズ!鈍感!2年も前から好きだバカ!そうじゃなきゃわざわざあんたのためにこんなこともしないわバカ!」
・・・俺、俺・・・
「いっつもあんたは重いはずの荷物しょってるのに涼しい顔なんかしちゃってさ、ばっかみたい!私にはそんなのバレバレだったのに!本読んでても授業中でもあんたの横顔見ててわかってたけどいっつも黙ってたの!言っても無駄だと思ったから!だってあんたにとって私なんて、なんでもないただの同級生!それ以外のなんでもない!そんな人間に何言われたって聞こえないんでしょ!だったら、だったら―」
30秒前に、なんてことを、言ったんだろう。
からかうのは、もうやめよう。
今のこの現状から逃げんのもやめよう。
聞かなかったことには、もうできないな。するつもりもねーけど。
正面から向き合ってやれ、この「くだならい」って思ってた、全てのものに。
俺は自分にそう言い聞かせた。
「岩永―いや、瑠乃」
涙が頬を伝った顔で、彼女は俺を見上げる。
俺のこと救ってくれてありがと。
そんな風に想っててくれて、ほんとに嬉しいって、今は素直に思える。
だから―決めたんだ。
「俺、お前のこと―」
※
「いつまで待たせてくれるんでしょうかねー」
しらけきった眼で彼女は俺を見る。しかしその眼差しにはどこか、嬉しそうな色も見える。
「悪かったな待たせて。その・・・会社の、な」
「そーゆーことは言ってまーせーんー!」
「えっと、その・・・」
「私に待たせてるもの!言って!ねぇ!おい!」
7年前に比べて、彼女はほんの少しだけ凶暴化して、ものすごく優しくなった。
「えっと・・・この前借りたCD返してないとか?」
「ちがーう!」
ほんの少しだけ涙もろくなって、ものすごく笑うようになった。
「でも金は借りてないから・・・」
「殴っていいかな?」
たまに笑顔は怖いけど、その何万倍も可愛いって思える。
さて、お遊びもここまでにしよっか。
「あー、そのな」
「なーによ」
拗ねる彼女も、可愛い。可愛い!
こほん。
「俺さ」
「ん?」
「待たせてごめんな、瑠乃。だけどそれも今日までだ」
「・・・!」
息を吸う。
俺に、運命の変え方を教えてくれた。
日常なんて変えれるってことを示してくれた。それも、体張って。
「好き」って感情を教えてくれた。
何よりも、「ダークネス・タクト」を心で抹殺してくれた。
そんな愛しい人を、正面から見つめる。
7年。
7年分の、いやさらに2年分を足した9年分の彼女の思いを受け止めて。
教えてくれた分、守ってくれた分、今度は俺が返そう―
「結婚しよう、瑠乃」
3秒後、目の前の愛しい人が涙を流しながら頷くのを確認して、俺は柔らかく抱きしめた。
この日常が、壊れないように。
運命のレールを大きく進路転換してくれた、その思いを失くさないように。
日常が捻じ曲げれるなら、運命だって変えられる。一見難しそうでも、その軌道を曲げることは、いくらでもできる。
俺、柚村拓斗はそう思って生きている、人生の24年生だ。
完
ダークネス・タクト 黒嶺紅嵐 @judas_writer24
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