発光ダイオード



部屋の照明をついと消してから

カーテンを閉めて旭光きょっこうを遮った

蘇り息づこうとする炎熱の全てを遮れるわけではない

僕の小さな箱庭

何処いずこからともなく部屋に光は漏れた

僕は隙間に段ボールを立てかけ

せめてもの抵抗をしてみるものの

完全性に欠けた僕の箱庭では

まったくそれは徒労に過ぎない

ディスプレイは詩情の人工光で僕を誘い

しがない虫螻むしけらの僕は反射でそれに吸い寄せられる

キーボードは青の発光ダイオードで内側から照らされ

せめて散らばる星の群れを気取っている

ここに満ちるのが夏の湿気ではなく

絶え間ない夜空の悲鳴であったなら

夜天光やてんこうでしかなかったのなら

どんなにか

救いになったことだろう

僕は青い可視光かしこうが導くままにキーボードを叩き

くだらない生の中で

夏が呼吸を苦しくしても

秋にふと佇んでも

冬を堪え忍んでも

春を迎えても

再び夏をることになっても

救いにもならないことを確認する

どうせ次の夏もキーボードを叩いているさ

少し息をひそめてみても

余計苦しくなるだけ

どうせ何処からともなく光は漏れる

キーボードは星の群れを気取る

僕の些末さまつな箱庭は夏の湿気に翻弄されて

ちっとも顰めなくたって

ここのところ少しばかり息がしにくいよ

金魚の水面で喘いでいたら

そのうちに冬が訪れているだろう

降らない雪の結晶をちりばめるほどに乾いていくおり

もう少しばかりの夢を見るだろう

去年の夢を看取るだろう

まるで救いはないけれど

酸素が消えることもない

そして旭光は付いて回る


僕の箱庭に住むダドリーが

ルシールに優しく問いかけるよ

「どうして泣くことがあるんだい?」

ルシールは顔を上げることなく

「どうして泣かないでいられるの?」

それだけをぽつりと言う

命の逢い引きなんてつまらないものに左右されたくはない

だからダドリーは泣くことができず

ルシールは雫を止めることができないのだろう

僕の箱庭に最愛のきみが訪れるのならば

どうしたって歓迎だけれど

そいつを業だと言ったとしても

すっかり大罪人にもなれずに

ダドリーとルシールの行方を視線で追うだけ

その小狡こずるさを処世術と言うのなら

どんなにか心地よく生きられることだろう

なぜ僕たちは善良であらねばならない?

どうして夜天光はここに届かない?


部屋の照明をついと消してから

カーテンを閉めて旭光を遮った

蘇り息づこうとする炎熱の全てを遮れるわけではない

僕の小さな箱庭

何処からともなく部屋に光は漏れた

影にさえ染まりきれない部屋で光る

発光ダイオードに少しでもやり返してみたくて

心のかす銀縁ぎんぶちのレコードに針を落とし

何ともしれないコンチェルトを垂れ流す

泣くことにさえ脅え

申し訳程度の詩を紡いでから

鍵盤の音色に少しだけ身を委ねる

もしそれを救いだと言うのなら

それでもいいけれど


親愛なるダドリー

親愛なるルシール

今ここで

金魚が水面に喘いでいるよ

きみたちの戸惑いと

だいたいは同じように



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