【25】天空城包囲網


 グスタフを肩に乗せ、猛スピードで滑空していく凪早なぎはや晴矢はれや────。


 雲はほとんどなく、地表の様子が遠くの方まではっきりと見て取れる。


 山肌から山裾まで、いっぱいに広がる緑の森。

 盆地の中ほどは、土肌の覗く乾いた平原が広がり、そこかしこに人里が点在している。

 緑の屋根をしたやしろらしきものを取り囲むようにして、ちんまりと広がる家々や田畑。


 そんな点在する集落のさらに北。

 大きな湖の横に、城壁で四角く囲まれた街並みが、微かに見て取れる。

 近くに行けば、大きな都市に違いない。


「(あれが皇都、かな……?)」

「そろそろだ。高度を上げて速度を落とせ」

「オッケイ」


 上手くこき使われてるようにも思えるが、それ以上にグスタフがいてくれる事が、晴矢には有り難かった。

 上体を起こして緩やかに上昇すると、少しずつ速度が落ちていく。


「よし、右旋回しながらゆっくり高度を落とせ。それと、スマホの映像だ」


 言われるがままに、ポケットからスマホを取り出して起動する。


 見ると、右斜め前方の森の中にポツンと、木々が引き倒されて土が剥き出しになった場所があった。

 そしてそのひらけた場所に、斜めに傾いた天守閣が頭を覗かせているのが目に映る。


「……あれかな?」

「そのようだ」


 グイーンと大きく旋回しながら、そこに向かって高度を落としていく。


「ロコア~。現地映像を送るよ?」

「『うん、お願い』」


 ヘッドセットの向こうから、ロコアの声が聞こえてくる。

 それを確かめたあと、晴矢はスマホのカメラを地表に向けた。


 その時だった────。


 地表で「ボン、ボン」と、炎が弾けるとともに立ち昇る黒煙。


「……て、敵だ! 攻撃を受けてるぞ!」


 予期していたとはいえ、もしかするとすでに最悪の事態かもしれない。


「『晴矢くん、映像を拡大して』」


 慌てて、スマホ画面を2本指でピンチアウトする。


 斜めに傾いた天空城。

 バグ玉映像で見た、あの天空の城に間違いない。

 台座を引きずった傷跡が生々しく、抉り取った地面の中に、台座のほとんどが埋もれている。


 その横には、白いテントが整然と並んでいた。

 兵たちの、宿営テントだろう。


 それらを取り囲むようにして、半透明で球体状の何かが、キラリキラリと陽光を反射している。

 天空城の防護シールドに違いない。


 さらにその防護シールドの周辺では……!


「あれってゾウか……? でも三つ目だ! 背中にゴブリンを乗せて、防護シールドに突進してる!」

「ありゃ、ギリメカラだな。それと、オーガまでいやがるぜ」


 ギリメカラの「パオーン、パオーン」という嘶きや、棘のついた大きな棍棒を振るうオーガたちの「ガヒィン、ガヒィン」という打撃音があちらこちらから響いてくる。


「『魔人軍に相違ござらん! おのれ……!!』」

「『待て、インディラ! 早まるでない!』」

「『だがムサビ殿!!』」

「『天空城防護シールドは、まだ持ちこたえておりまする、インディラ! グリサリに、マヨリンとルナリンを信じましょう。それにわたくしたちの行く手にも、魔人の兵がまだまだ伏せているやも知れませぬ』」


 ヘッドセットの向こうから、インディラの慌ただしい声。

 それを雨巫女あめみこウズハが凛として抑えているようだ。


 インディラのはやる気持ちも分からないではない。

 晴矢はゴクリと生唾を飲み込むと、ゆっくりとスマホを動かしていく。


 どうやら魔人軍は、天空城を取り囲むように、半円弧状に隊列を成しているようだ。

 ほとんどはラウンドシールドに、石斧や槍を携えたゴブリンたち。

 その最前列にオーガたちやギリメカラが立ち並び、防護シールドに特攻を繰り返している。


 最前列の合間には、投石機がポツリポツリと配備されている。

 先ほどの黒煙は、この投石機から放たれた爆弾によるものだろう。


 中央後方には、本隊らしき一団も見える。

 2頭のギリメカラが繋がれた、黒塗りの大きな牛車。

 高さは2階建ての建物ほどあろうか?

 その壇上に、悠然として腕を組み、戦況を見つめる仮面の男の姿があった。

 紫色の忍者服のようなモノをまとい、真っ赤な長髪を風になびかせている。

 顔には、口元だけが開いた黒い仮面。

 左右にはそれぞれ4人ずつ、ダークシャーマンを従えているようだ。


「『魔人軍は総勢……1000ぐらいかしら?』」

「『でしょうな』」


 それに対し、一列10人ほどで縦長の隊列を組んでいる杜乃榎とのえ軍は……総勢200か300といったところだろう。

 雨巫女の修験場に詰めていた兵よりは多いが、魔人軍に比べれば5分の1ほどだ。

 とても、数では対抗できないだろう。


「『見てください、ゴラクモが!』」

「『あのような場所に、1人で……!!』」


 雨巫女ウズハとインディラの声に、晴矢もふと気がついた。

 杜乃榎軍の最前列から少し離れた先頭に、男が一人、長銃のようなものを肩に担いで仁王立ちしているのだ。

 男の目の前では、ギリメカラとオーガたちが防護シールドに向かって突進を繰り返しているというのに。


「あんなとこに一人で……すっげえ度胸だな。……しっかし暑いぜ……」


 上空は涼しい風が吹いているのに、スマホを構える晴矢の額から汗が吹き出てくる。

 見れば、杜乃榎軍の兵たちも、この暑さにやられているようだ。

 皆、表情が暗く、汗だくのように見える。


 槍や弓や長銃を油断なく構えてはいるものの、防護シールドを破られれば、あっという間に魔人軍に雪崩れ込まれそうなほど危うい状況に見えた。


「『こうなれば、急いで天空城を浮上させるしかなさそうね。晴矢くん、魔人軍に気付かれないように、天空城へ入城できる?』」

「ああ、やってみるよ。……あ!」


 晴矢が頷いた時、赤髪の仮面男が右腕を高々と突き上げた。

 その瞬間、男の頭上に黒い渦が現れて、「キヒヒヒイイイイイ」と甲高い悲鳴が巻き起こる。

 それに同調するようにして、ダークシャーマンたちも不気味な声で詠唱し始めた。


「な、なんだ!?」


 本隊の頭上に、赤紫の光球が現れる!

 それはみるみるうちに膨らんで、バチバチと放電を放ち始めた。


「高エネルギー反応だ、ロコア。やべえな、あれは」


 グスタフが漏らした瞬間、奇怪な音が轟いた。


 キシィアァァァァァァァァァァァァァァンン!!!


 甲高い金属音を掻き鳴らしながら、赤紫の光球が回転ノコギリのような形状に変化したのだ!

 そして防護シールドへと突進し、その表面を縦に真一文字に駆け抜けた!


 シュビィンッ! キキキキキキキキキ、キィィィィン!!


 耳をつんざく金属音とともに、防護シールドに亀裂が走る!

 それと同時!


 ボンッ! ボンッ!


 投石機が一斉に、その亀裂めがけて黒い爆弾を放っていく!


 ズーン! ドガシャァァン! バキバキメリッ! ガシャキィィィン!


 亀裂周辺の防護シールドが、ガラスの如く砕け散る。

 さらに、怒声とともに亀裂に向かって殺到していくギリメカラやオーガたち!


 ガシャァァァン!


「……突破された!」


 防護シールドを打ち壊し、みるみるうちに杜乃榎軍に差し迫る!

 隊列がわずかに乱れ、杜乃榎兵たちに動揺が走るのが、晴矢の目にも明らかだった。


 一気に飲み込まれる、と思われた瞬間!!


 タァーーーンッ!!


 乾いた銃声と青い閃光が、1頭のギリメカラを貫いた!

 電撃がその巨体に迸る。

 ギリメカラはもんどり打って倒れ込み、背のゴブリンたちは電撃に痙攣しながら投げ出される。

 突然、進路を塞がれた魔人軍突撃隊は蹴躓けつまずき、将棋倒しとなってもみくちゃだ。


「撃て!!」


 男の声が響き、喚き散らすばかりのオーガやゴブリンたちに向かって、幾筋もの青い閃光が煌めいた!


 タァン! タタタタタァーーン!!


 青い閃光とともに、次々と迸る電撃。

 オーガもギリメカラも次々に黒靄くろもやと化していき、魔人軍突撃隊は壊滅状態だ。


「『さすがゴラクモじゃ!』」

「『グリサリも負けておりませぬ! 防護シールドは修復されつつあります!』」


 雨巫女ウズハの言う通りだ。

 切り裂かれたはずの防護シールドが、青い光とともに徐々に修復されていく。

 入り口さえ塞いでしまえば、これ以上の突入も食い止められるだろう!


 圧倒的不利な戦況でも、それぞれの役割を全うする杜乃榎兵たちの奮闘に、晴矢も心が震えるしか無い。


 だが────!


 再び、本隊の頭上に浮かぶ赤紫の光球!

 さらに投石機にも、次なる爆弾が仕込まれている!



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