【73】反抗


 ────天空城甲板から飛び出した晴矢はれや


 眼下に広がるは、魔人軍に打ち掛かる連合軍とインディラたちだ。

 三方向に別れた杜乃榎とのえの三部隊は予定通り、天空城を中心に、グルリと卍を描くように進撃している。

 彼らを止められる魔人軍はいないようだ。


 軍勢の端、黒い渦が渦巻く一団に近づくと、晴矢はサッと弓を構えた。


「俺はミクライ! 我が一撃を食らうが良い! ────ライトニングショット!!!」


 高らかに名乗り上げると、ダークシャーマンが杖を振り上げ、オーガたちが雄叫びを上げる。

 その一団目掛けて、晴矢はビュンと雷矢を解き放った。


 ズガシャァァァァン!!


 雷鳴が轟いて、稲光がダークシャーマンを打ち据える。

 周囲のゴブリンやオーガたちを巻き込んで、電撃に打ち震えながらダークシャーマンたちが倒れ伏す。

 一団は一瞬にして、黒い靄となって霧散した。


「おおおお! あれがミクライ!?」

「空を飛んでいる! それに伝説に違わぬ、凄まじさ!」

「まだまだいくぜ!!」


 今や味方となった連合軍の大歓声を受けながら、晴矢は城壁から皇都の堀沿いを飛行しつつ、ダークシャーマンめがけて次々と矢を放っていく。


「ミクライ殿に遅れを取るな!」

「オレたちの見せ所だ! 晴矢に続け!!」


 士気上がる杜乃榎兵に、連合軍も呼応する。

 すでに合戦の行方は定まり、残党を切り捨てたあとは、魔人を迎え撃つばかり。


 すべてが順調に思えた……その時だった────!



 ズドゴオオオオオオオオオオオオオンンッッ!!!



 突然、大地を揺るがすほどの轟音が轟いた!


「な、なんだぁ!!?」


 驚いて、皇都おうとを仰ぎ見る晴矢。

 その目に飛び込んできたのは────巨大な灼熱の光球だ!

 真っ赤な光を放ちながら、皇都から上空へとゆっくりと打ち上がっていく。


「は、花火!? んなわけないか!!」


 太陽が如く、四方八方に噴き上げるプロミネンス。

 まるで真っ赤な竜たちが、光球の周囲を舞い踊っているかのようだ。

 まばらに広がる雨雲を真っ赤に染め上げたその光景は、地獄に迷い込んだかのようだ。


 そして、皇都の大社おおやしろの直上で渦巻く、ものすごい大きさの黒い渦!

 それが女の悲鳴にも似た金切り声を、大音響で四方にまき散らしていた。


「『あの大きさの混沌こんとんは────魔人に違いないわ!』」

「……そういうことか!」


 すべてはロコアの思惑通り────!

 魔人軍の劣勢に、ついに魔人自身が動き出したのだ。


 晴矢が納得の声を上げた、その時!

 突然、巨大な灼熱の光球が一気に収縮したかと思うと……!


 スガゴオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォン!!!


 火山の如くもの凄い爆発音が轟いて、光球から赤い光輪が放たれた!

 赤い光輪は辺り一帯を真っ赤に染め上げて、晴矢の頭上を一気に越えていく!


 そして赤い光輪のあとを追いかけるようにして、「ゴオオオオオ!」という轟音とともに砂塵さじんを巻き上げ、熱風が吹き付けてきた!


「ぶはっ!!!」


 強風に煽られて、晴矢の身体が吹き飛ばされる。

 そのまま一気に、防衛ラインの城壁に「ズダァン!」としたたかに叩きつけられた。

 なおも吹き付けてくる熱風と砂埃に、両腕で顔を覆って身を硬くするしかない。


 上空では赤い光輪が幾重にも広がって、その度に熱風が地表を襲う。

 皇都の黒い渦が鳴き叫び、まるで嵐が吹き荒れているかのようだった。


 連合軍の旗がバタバタと激しくはためき、粉々に砕け散る木の柄。

 防衛ラインの城壁に、小石や木のクズや鉄片などがバチバチとぶち当たる。


 あの天空城ですら、「ギギギギ」と軋み音を立てながら、ゆっくりと熱風に押し流されていた。


「矢とかナイフとか飛んできたら、ヤバイぞこれ!!」

「『晴矢くん、大丈夫!?』」

「ロコアこそ大丈夫か? 天空城がめっちゃ流されてるぞ!」

「『これでもバランサーは全開なの! なんて力なのかしら……!』」


 これは早く戻る必要がありそうだ。

 心の底から冷や汗が噴き出してくる。


 しばらくして、ようやくに熱風が収まると、辺りは一面、舞い上がる砂埃に覆われていた。


「くっそ、ビビったぜ……」


 砂埃が徐々に霧散していくと、にわかに強い陽射しがカッと照りつけて、肌を刺し始める。

 見上げると、雨雲は一掃され、青空が広がっていた。

 そして皇都上空で、まさにもう一つの太陽がごとく煌々と輝く、灼熱の光球。

 それが天頂の太陽と相まってか、異様なまでの熱光を放っているのだ。

 一瞬にして肌が焦げそうなほどの強い陽射しに、全身から一気に吹き出す汗。


「これって……」


 『雨巫女の修験場しゅげんじょう』から『天空城の宿営地』に向かっている時の、あの炎天下。

 この焼けつくほどの強い陽射しと言い、すぐに汗が吹き出すほどの暑さと言い、まるで同じだ。


 見上げると、強烈な陽射しを揺らめかせる太陽の側で、真っ赤に染まった夜映やはえが、地表を睨みつけるかのように不気味に佇んでいた。


「おおお……や、夜映やはえが燃えている……」

「暑い……焼けるようだ!」

「……水を……誰か、水を……」


 この暑さに、連合軍にも動揺が広がり始める。

 皆、ダルそうに汗を拭い、喉の渇きに水を求める声があちらこちらから聞こえてきた。


「『皇都防衛ライン内に混沌反応確認! 多数なのです!』」


 マヨリンの声にハッとなる。

 見ると、連合軍のあちらこちらで、掻き消えていたはずの黒い靄が、再び渦巻き始めていた。


「ブフォオオオッ!!」

「ひいいい、お、お助け!!」


 うろたえる連合軍に、魔人軍の凶刃が容赦なく襲い掛かる。

 逃げ惑う連合軍の兵士たちをオーガが大斧で薙ぎ払い、地面に横たわる十痣鬼とあざおにたちを踏みつけた。

 悲鳴と雄叫びが、焼けつくような戦場に木霊する。


「本性を現したか魔人軍! 各国の将よ、落ち着くのだ! 皆、一致団結し、眠っている十痣鬼の安全を確保を優先、魔人軍を押し返すのだ!」


 皇子アフマドの力強い言葉が拡声器によって辺り一帯に響き渡る。

 しかし、これに呼応する連合軍は、誰一人としていなかった。

 それどころか、明らかに様子がおかしい。


「おい、貴様! 戦場にそのような派手な格好! 東方とうほうの者は、私腹を肥やすばかりの腐れ外道か!?」

「なんだと、この南方なんぽう砂漠肌さばくはだが! 貴様らこそ金鉱山を独り占めにし、西方せいほうに媚を売っておるのだろう!?」

「媚を売っておるのは東方の者であろう! 散々、ワシらの水を搾取しておいて!」

「それが悔しくて、我らの海洋交易船を略奪しておるとでも申すのか!?」

「調和を乱したはそちらであろう! 西方の砂にまみれて、心の目も塞いだか!?」

「東方も西方も同じ穴のむじなでしょう! あなた方が手を組んで海洋交易ルートを封鎖し、私たち南方の連邦王国建国を邪魔立てしているのは、明々白々ですよ!」

「ははっ! 巨大な力を得ようと権力欲に取り憑かれた南方こそ、すべての賊に繋がった黒幕じゃないか? 我らに隠れて、金銀財宝を溜め込んでいると見た!」


 団結するどころか、連合軍の間で怒声が飛び交い、剣戟けんげきの音さえ響いてくる。

 皇都の直上で渦巻く黒い靄が狂喜に満ちた金切り声を上げ、身を焦がすほどの陽光が容赦なく降り注いだ。




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