【59】ミクライ帰還


 ────凪早なぎはや晴矢はれやが白い渦をくぐり抜けた瞬間!


 直ぐそばで、火の玉が「ボフッ」と音を立てて、弾け散る!

 熱風が晴矢とロコアに押し寄せて、髪の毛と服の端をはためかせた。


「わっ、ビックリしたぜ」

「ミクライ様!!」

「おお、ミクライ!」


 どうやら、飛んできた火の玉を皇子アフマドが叩き斬った瞬間だったらしい。


「良かった……! 本当に……本当にお戻りになられたのですね……」


 目の前には、膝を付き、神楽鈴かぐらすずを両手に握りしめた雨巫女あめみこウズハ。

 驚きと喜びが綯い交ぜになった表情を浮かべて立ち上がると、晴矢の胸の中に飛び込んできた。

 天井から降り注ぐシトシト雨に頬を濡らし、小刻みに震えている。

 このまま支えていなければ、崩れ落ちてしまいそうなほどだ。


「心配掛けちゃって、ごめんな」


 抱きしめる腕にグッと力を込めて、その耳元で優しく囁く。

 雨巫女ウズハはフルフルと、小さく首を横に振ってみせた。


「よくぞ戻られたな、ミクライ! どのような術をろうしたかは分からぬが……」


 彌吼雷鉾ミクライスピアを構える皇子アフマドが、背中越しにチラリと視線を向ける。

 あれから、数度、火の玉を切り結んだようだ。

 上下に揺れる肩と額に浮き出た汗が、戦いの厳しさを物語っている。


「せいっ! せやァ!!」


 「ザン、ザクッ」と鈍い音が響いて、インディラが2匹の大蛇を斬り伏せる。

 電撃にのたうち回る2匹を飛び越えて、インディラに襲い掛かかる3匹の大蛇!

 その向こうでは、サウドを取り巻く男たちがまたしても火の玉を膨れ上がらせていた!


「感動の再会は後回しよ、晴矢くん! ────グラヴィティボム!」


 ロコアが錫杖をシャリーンと掻き鳴らすと同時、黒い泡が男たちに向かって放たれた。


 シュゥンッ!


「……フンッ!」


 シュピィンッッ!


 瞬時にクナイを投げつけ、黒い泡を打ち消す緑髪の仮面男!

 それを合図に、5つの火の玉が放たれた!


「うおおおおっ! ちぇえええいっっ!!!!」


 インディラが、グルンと身を捻りざまに彌吼雷刀を振り下ろし、さらに斜め上に斬り返す!


 ザシュシュッ! ズババババッ!


 襲い来る3匹の大蛇の首を跳ね飛ばし、放たれた火の玉を一閃する!

 弾ける爆炎、迸る電撃!


「はああっ!!」

「────スパイラルショット!!」


 その脇を抜けた2つの火の玉を、皇子アフマドが彌吼雷鉾で撫で斬り、晴矢の放った光の矢が打ち消した!

 白い煙がモウモウと立ち昇り、ピクピクと身じろぎする大蛇が黒い靄と化していく。

 その向こうから、苦々しげなサウドの声が響いてくる。


「おのれ糞ガキどもめ……! 杜乃榎とのえの宝刀無くば、一縷いちるの価値も無き脳筋糞虫風情が……!」

「ならば奪ってみよ! 我が剣技に迷い無し!」


 インディラが隙無く、二刀を上段と下段に構える。

 白い煙の向こうを睨みつける眼光はギンとして鋭く、その声は凪のように落ち着き払い、一分の乱れも感じられなかった。


 やがて目を赤く光らせる男たちが姿を現すと同時、「シャフォオオオ!」と吠えた。

 またあの火の玉だ!


「くっそ、これじゃキリがない! どうする、ロコア!?」

「魔人に魂を売った者とはいえ、これ以上、杜乃榎とのえの兵を犠牲にするのも忍びない」

「一旦、あの”穴”から脱出しましょ。天空城へ戻って、作戦を立て直した方がいいと思う」


 彌吼雷鉾ミクライスピアを油断なく構えたまま、皇子アフマドが深く頷く。

 晴矢にしがみつくようにして抱きついていた雨巫女ウズハが、指先で涙を拭いながら、そっと身体を離した。


「参りましょう、ミクライ様。わたくしたちの天空城へ」

「ああ、そうだな! ……ところで、あの天井の大穴は?」


 晴矢が見上げる先、地下牢の天井に直径5mはあろうかというほどの大穴が空いていた。

 さっき、ロコアが言った”穴”のことらしい。

 穴の下には、地下牢の一室を埋め尽くす大量の土砂と瓦礫の山。

 そしてその穴の端からは、夜映やはえが青白い顔を覗かせていた。


「晴矢くんのフルバレットブーストが撃ち抜いたの。もうスキルは発動されていたから、咄嗟に別の方向へ撃つしか無くて」

「ああ、そのせいか! なるほどね」

「ウズハさん、浄化祓魔じょうかふつま水珠みずたまから八波厄除激水砕はっぱやくじょげきすいさいをお願い!」

「はい!」


 雨巫女ウズハは力強く頷くと、神楽鈴をシャンシャンと掻き鳴らし始める。

 バサリとサンダードラゴンウイングを羽ばたかせる晴矢の首筋に、ロコアがすぐにしがみつく。

 その様子に、皇子アフマドが怪訝そうに片眉をピクリと上げた。


「……どうするのだ?」

「空を飛んで、あの穴から脱出するのさ! アフマドさんも、足に掴まってくれるかな? インディラさん、行くよ!」


 呼びかけに、インディラがジリジリと後退を始める。


「拙者はいつでも問題ござらん!」

「クウウウッ! 何をしておる! 撃て撃て撃て撃て撃てえええええいっ!!!!」


 怒りの形相を浮かべる宰相サウドが、足を踏み鳴らして扇子を振り回す。

 それに応えて、男たちが「プオオオ!!」と吠えると、一斉に火の玉が放たれた。


「除! 厄! 清! 災!────浄化祓魔じょうかふつま水珠みずたまよ!」


 シャーンと神楽鈴を打ち鳴らし、大きな水球が火の玉の行く手を阻む!

 バシャンバシャンと水球を揺らして火の玉が白い煙と化していく!


「なななな、なんとぉぉぉぉっ!!?」


 烏帽子を振り乱し、驚きの声を上げて腰を抜かすサウド。

 それを見たインディラは、すぐさま踵を返して晴矢の右足にしがみついた。


「皇子アフマドは左の足に!」

「……あ、ああ!」


 戸惑いながらも、皇子アフマドが晴矢の左足にすがりつく。


「除、厄、清、災────八波厄除激水砕はっぱやくじょげきすいさい!」


 ドバシャァァァァァァン!!!


 水球が怒涛となってサウドたちに押し寄せる。


「来い、ウズハ!」

「はい!」


 晴矢の首筋飛びついてくる雨巫女ウズハの身体を抱き止めると、晴矢は天井の穴に向かってグンと加速した!


「お、おう……か、身体が勝手に浮いている……!?」


 怒号を上げて地下牢を埋め尽くす大波。

 それを嘲笑うかのようにして、晴矢は天井の穴から外へと飛び出した。


 遮るものなど何もない!

 夜映やはえのかかる空に向かって、そのままグングンと加速していく。


「うっひょおおおおおう! 久々の飛翔! 気持ちいいぜ!!!」

「ミクライ殿! 下から敵が!!!」

「へっ?」


 インディラの声に晴矢がスイーッと左に旋回する。

 その瞬間、グイーンと緑色の大きな手が伸びてきた────!



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