【52】一時帰還
「過去に戻ってからまた異世界に??」
「うん」
────ミュリエルの魔法研究室。
バグ玉解析をしたあの部屋に、一同が顔を揃えている。
ロコアと
「学校の図書室に、ベースポイントの魔法陣を描いておいたでしょ? あそこに飛べば、出発してから23分後ぐらいの過去に戻れるの」
異世界同士は、基本的に時間軸を共有している。
だから本当であれば、図書室を出発してからすでに2日間が過ぎているのだ。
しかし異世界ウォーカーには、ベースポイントを利用する場合のみ、過去への移動が許可されているという。
「過去に戻れるようにしておかないと、留守にしていた間は失踪してたことになっちゃうでしょう?」
「ああ、元の世界で騒ぎにならないようにするために、ってことか」
「うん」
ちなみに、異世界に飛んだだけでベースポイントに帰還する時間は3分ズレるという。
そこから24時間過ごすごとに、10分ずつズレるのだとか。
なぜなら、過去と未来の自分が、同時に同じ世界で存在することはできないからだ。
もしもすでにいる異世界に移動してしまった場合、存在自体が消滅してしまうという。
こうして時間がズレるようにしておけば、そのトラブルも避けられる、というわけだ。
「一旦図書館に戻って、それから2日間を過ごせば、あの地下牢で戦っている時間になる、ってこと」
「なるほどね」
「ついでと言ってはなんですが、その猶予期間の間に、悪魔攻略の準備も致しますのよ」
異世界ウォーカーにとっては、ベースポイントで過去に戻れる特典を有効活用するのが当たり前らしい。
今回のようにピンチを脱するのに利用したり、悪魔対策の武器防具や魔法を準備し直したり。
ただし、設置できるベースポイントは一箇所だけ。
もし仮に、他の異世界から時間的に平行移動で元の世界に戻ってきてしまうと、ベースポイントは破棄されてしまうらしい。
「でもさ、過去に戻れるなら、ここでもっとゆっくりしても良いんじゃ? 2日間だと短すぎない?」
「そうは行きませんの。前にも申し上げました通り、ここはいつ何時、モンスターが襲来してくるか予測のつかない危険地帯」
「無防備な時に攻めこまれたら、困るでしょ? それと、図書室のベースポイントの魔法陣を誰かに見つかると困るし、そろそろ下校時刻で校門が閉まっちゃう頃だから……」
人気の少なくなった下校時刻前とはいえ、絶対に人が来ないとも限らない。
それに校門が閉まると、学生証をカードリーダーにくぐらせる必要があるし、遅くなった理由を事後報告する義務もある。
要は、これ以上遅れるといろいろ面倒で今がちょうどいいタイミング、というわけだ。
「なるほどね、了解」
「お留守は、我々にお任せください」
「ほんの数分とはいえ、油断の無いようにお願いいたしますわよ」
「はっ!」
サンリッドとスクワイアーが揃って胸を張る。
「……えっ……ってことは、ミュリエルさんも来るわけ?」
「当然でしょう~? 時間は無駄に出来ませんもの。それにそれに♪」
嬉しそうな表情でピトッとばかりにロコアの胸元に肩を寄せる。
「ロコアちゃんの居住世界、一度は見ておきたいですもの~♪♪」
「過去に戻るのをいいことに、好き勝手してーだけだろが」
ロコアのマントの中からグスタフがツッコミを入れる。
「うっさい、コウモリ!」
目を三角にするミュリエルに、ロコアも苦笑せざるを得ないようだ。
「ミュリエルにはね、お願いしたこともあるから。一緒に来てもらった方がいいかな、って」
「お任せくださりませ~、ロコアちゃぁ~~ん♪」
なるほど、それで先程からルンルン気分なのだ。
そんなミュリエルに頷くと、ロコアは錫杖をシャリーンと構えた。
そして詠唱とともに現れるあの白い光球。
ロコアが光球にスマホをかざすと、たちまち白い渦へと変化した。
「じゃあ、サンリッドさん、スクワイアーさん。ミュリエルをお借りしますね」
「いってらっしゃいませ」
「おっ先に一番のりぃ~♪」
頭を下げるサンリッドとスクワイアーに構わず、ミュリエルが白い渦に飛び込んでいく。
ロコアもそれに続き、最後に晴矢が行こうとしたその時だった。
「晴矢さん、これを」
サンリッドが何やら差し出してくる。
直径3cmほどの丸い石がついたネックレスだ。
小さな魔法陣らしきものが刻み込まれている。
「え? なにこれ?」
「ミュリエル様からの贈り物なのだ。ロコア様には、ナイショですぞ!」
「……なんで?」
「さ、早く。お守りとお考えください。肌身離さず、お持ち歩きくださるだけで結構です」
ここで白い渦に消えられては元も子もない。
時間が無いことを利用しての事だろう。
晴矢は頷くと、ポケットにネックレスを仕舞い込み、白い渦の中へと飛び込んだ────。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「おせえ」
白い光の渦をくぐった先、グスタフのしゃがれ声に出迎えられる。
────そこは確かに、薄暗い図書室だった。
「おお、ひっさびさの学校だ!」
2日ほど離れていただけなのに、なぜだか懐かしく感じてしまう。
出発した時と、何も変わり無いようだ。
カウンターに置かれたカレンダー表記も、あの日のまま。
違うことといえば、床に描かれていた魔法陣が消えたことだけだろうか。
「実際、体験してみるとわかりやすいでしょ?」
「だね! 過去に戻って来たってことは、今、俺たちは最初に行ったミュリエルさんの世界にもいる、ってことか」
「うん。今、ミュリエルのところに戻っちゃうと、わたしたち、消滅することになるわ」
「それはヤバイな! 行かないように気をつけないと」
その時、学校中にチャイムの音が鳴り響いた。
キーンコーンカーンコーン……。
『蛍の光』が侘びしげに鳴り始め、生徒の声でアナウンスが聴こえてくる。
「『最終下校時刻となりました。まもなく、校門が閉まります。校内の生徒は、ただちに下校してください。校門が閉められると、セキュリティシステムにより、身分証明が必要になります。繰り返します……』」
「グダグダ言ってねーで、さっさと出ようぜ、ロコア」
「そうね」
グスタフに促され、ロコアが慌てた様子で魔術師セットを解除する。
それに習って、晴矢も『天使のサポートシステム』をスリープモードに移行した。
「晴矢くん、荷物は?」
「いっけね! 教室に置いてきたままだ!」
「急いで取ってきた方がいいよ。ミュリエルは、わたしについてきて」
「ええ、もちろん。よろしくてよ」
「晴矢くん、
「ああ、オッケイ! 大丈夫さ!」
「じゃ、あとで。この後の事を相談しておきたいから」
ビッと親指を立てると、晴矢は急いで図書室をあとにした。
ガランとした廊下を走り、教室へ向かう。
教室の明かりが次々と消え、廊下の明かりが非常灯だけになっていく。
わずかに校内に残った生徒たちの声に、侘びしさを感じずにはいられない。
でも、久々に戻ってきた自分の世界だ。
そんな光景に、どこかで心が落ち着く感じもしていた。
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