【48】罠
「それじゃあ、アフマドさんは……アフマドさんは、どういう役目なのさ? そんな事まで知っていて……」
「……父上が失敗なされた場合の、魔人討伐と
「皇子アフマドの政治力、
嗚咽を堪えながら、グリサリが言葉を紡ぎ出す。
インディラと雨巫女ウズハは俯いて、ゆっくりと首を振った。
「さりとて、これほどの劇薬、重すぎまする! ご自身、杜乃榎の民のみならず、各国要人までも
「魔人の魔力に心惑わされる輩なぞ、未来の杜乃榎に必要なし。父上は自身が敗れる時、心の隙ある者ごとまとめて葬り去るおつもりなのだ」
「なんと……!」
「インディラの心を試したのも、そのような思いからである」
皇子アフマドの鋭い眼光を受け、インディラがハッとした表情になる。
「父上は常々申されていた。インディラは実直すぎる、とな。太く硬い鉄の棒はなかなかに折れ曲がらぬものだが、万が一にも折れ曲がった時には、それを直すも至難の業と……。故に、多少のことは受け流し、それはそれと認める柔軟さ……清濁併せ呑む心の広さが、インディラには必要であろう、と。だが……」
インディラを見据える皇子アフマドが、すうっと目を細めた。
「────それゆえに、万が一の場合に魔人を討てるは……インディラ、そなたしかおらぬであろう、ともな」
皇子アフマドの言葉に、インディラは沈鬱な様子で眉を潜め、目を閉じた。
そして両の拳をドッカリと地面につき、頭を垂れる。
「……己の未熟を嘆くほかござらん……」
しんとした地下牢で、皇子アフマドがそっと言葉を発した。
「見かけ上、ここ数年の
周辺諸国との関係は大いに改善し、献上品が滞り無く届けられた。
しかし、その肝心要のサウドの外交策には、すでに
仕組みは簡単だ。
杜乃榎への献上品を管理する周辺国の役人が、一部を自らの懐へと着服し、サウドはそれを黙認していたのだ。
それをいいことに、欲深き王侯貴族は競って杜乃榎への献上品よと税を取り立てて、
だが、民は増える一方の税に苦しんだ。兵に限らず、
このまま行けば、杜乃榎の立場そのものが危うくなる一方……その思いが、父上を次の一手に突き動かしたきっかけである」
皇子アフマドは凛としてそう言い切った。
「数年の安泰と引き換えに、杜乃榎を中心とした魔人防衛システムに、人為的破綻をもたらしてしまったのね。文字通り杜乃榎をスケープゴートにして、王侯貴族の私腹を肥やさんがために……」
「それもサウドの野望がためにな。周辺各国すべてを手中にし、一大帝国を築かんとする野望よ」
「アリフの願いは、そうではありませぬ。アリフの願いは、各国が独自の方策で魔人に太刀打ちする時代の到来。そのためには、雨巫女と天空城以外の方法が必須と……」
涙声に濡れながら、グリサリが言葉を紡ぎ出す。
弱々しいその声の中にも、皇アリフとの確かな絆と信念が込められているようだった。
「父上はサウドの野望を知ったうえで、あえてその毒を煽ったのだ。一縷の望みに、すべてを託して」
「理屈はわかるわ。でも、悪魔の力は……魔人の力は、この法則世界の維持そのものに破綻をもたらすの」
「そのことが分かっておれば、他の方策を思案していたやもしれぬな。だが此度の件は、例え悪しき事例となろうともその事がはっきりとすれば、同じ世迷い言を申す輩が現れることもあるまいと、父上自らがその役を買って出たのだ。悪しき前例となり汚名を被ることになろうとも、正しき未来への礎となれば、と……」
ロコアは小さく首を横に振ると、クッと表情を引き締めた。
「魔人は討伐しなければならないわ。例え、多くの犠牲を出すとしても。でなければ、この世界が終わるもの」
「この世界が終わると、どうなるのさ?」
「悪魔の勝利は、並行して連なる異世界への脅威を増大させるの。奪い去った霊魂から法則世界の情報を引き出し、その根幹を揺るがす知恵と術を身につけてしまうから。……脅すつもりは無いけれど、
「そ、そうなのか……そういうことなのか……」
「だから、わたしたちはどんな状況でも負けるわけにはいかないの」
それが胃世界ウォーカーの使命である────。
凛とした表情のロコアの全身から、強い決意のオーラが見て取れる。
「ああ、勝つさ! なんなら、
元気よく、晴矢がビッと親指を立てる。
俯いていた一同が一斉に顔を上げ、晴矢を仰ぎ見た。
「そのようなことが、可能にござりまするか?」
「父上ならず、各国要人が助かるとなれば、話は大きく違ってくる」
「私の娘に合う機会もあると……?」
まるですがりつくように、晴矢に言葉を投げかけてくる。
「えええっ? あ、ちょ、ちょっと待って! ミュリエルさんならその方法知ってるかも、ってぐらいでさ……。ねえ、ロコア?」
「……晴矢くん、安請け合いはダメよ」
ロコアはおでこに手を当て、俯いて首を横に振っていた。
「あ、あれれ……?」
ごまかし笑いを浮かべながら、晴矢が頭を掻く。
確かに、自分でもなぜそんなことを口走ったのかわからない。
希望の光でも見たかのような一同は、がっくりと項垂れた。
「でも……」
ロコアが顎に手を添えて、ふと、呟いた。
「────確か、『
その時!
「ええい、何をしておるのかグリサリ!! 黙って見ておればウジウジしおって!! 早うせぬか、
牢の入り口から、足音を踏み鳴らしながら宰相サウドが現れた。
その後ろから、市中で見かけた十痣鬼たちが手に手に槍を構えて宰相サウドの周りを固めている。
インディラと雨巫女ウズハがさっと腰を上げ、身構えた。
「皇を
顔を歪め、口角に泡を飛ばしながら、甲高い声でグリサリに罵詈雑言を浴びせる。
インディラの背後で、グリサリはすっくと立ち上がると、嫌悪の炎を灯して宰相サウドを
「天空城もろとも私を亡き者にしようとしたお前に、誰が尻尾を振って協力すると思うか! 恥を知れ!」
宰相サウドは眉間と鼻筋に深い皺を寄せると、グルーリと首を回しながらグリサリを睨み返した。
「クウーッ……貞操の緩い尻軽売女が、高貴にして世界の王たる我に牙を剥くとは……」
「皇子アフマドよ、貴方様は魔人の居場所をご存知なはずです。ならば、この場はインディラとともにお立去りください。ここは私がこの身に変えても……」
「魔人の居場所? いいや、知らぬぞ」
皇子アフマドの言葉に、一同が凍りつく。
グリサリも、驚いたように皇子アフマドに視線を走らせた。
「誰からの情報か? むしろグリサリ、そなたの方が知っているのだろうと、私は考えていたぞ」
「……いいえ、わ、私はその……あっ!」
視線を彷徨わせて言い淀むグリサリが、急に何かを思い出したかのように両手を口に当てた。
宰相サウドに顔を向けると、ゆっくりと後ずさり始める。
「そんな……私は、サウドが、サウドが……そう申して、そうとばかり……」
目は恐怖に見開かれ、首をゆっくりと横に振る。
宰相サウドはニタリと厭らしく口角を上げて、「ヒッヒッヒッ」と笑った。
「売女グリサリよ……国賊インディラをこの場に呼び寄せた罪は、計り知れぬほど重いものぞ……。土僕の檻に閉じ込め、きゃつらの思うがままに肉便器と成りて、未来永劫、その身を汚され続けるがよいでしょう……」
「堕ちるところまで堕ちたか、サウド!」
怒りに震えてインディラが静かに刀を抜き放つ。
「おや~? 国賊インディラは皇子アフマドを殺害し、国の転覆を企んだわけですか~? ホッホッホッ、いけませんねぇ……」
「世迷い言を……」
「ウズハ殿も同罪です。ですが……その美貌に免じて、我が
勝ち誇ったように宰相サウドがペロリペロリと舌なめずりをする。
そして雨巫女ウズハを見つめる視線を、蛇のようにその肢体に絡み付けた。
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