【42】いざ皇都
────天空城天守閣の前。
「あれって、皇アリフさんとサウドに違いないと思うんだ」
「うん、わたしもそう思う」
バグ玉映像の、悪魔召喚の場にいた人物について話していたところだ。
「あと1人は誰だろう? 俺はあの時、ちゃんと見てなかったんだけどさ、ロコアはどう?」
「うん……」
ロコアが俯き加減で言い淀む。
「あのね、髪の長い人だった」
「髪の長い人? じゃあ、女の人かな?」
「どうなのかな……ほら、
「ああ、降ろせばみんな、髪が長いのか」
となると、今のところ、3人目については確証が得られないようだ。
「アリフさんとサウドさんが、シャムダーナにそそのかされてるだけ、って可能性もあると思うの。つまり、3人目も杜乃榎の人とは限らない、ってことね」
階段を降りきって、甲板に出たところで、ロコアが錫杖をシャリーンと鳴らして振り返る。
「おお、そっか……そう言われてみれば、そうだわ」
「いずれにしても、まずは
「やっぱ自分たちから、罠に飛び込んでいくようなもんだよな。危険じゃない?」
「虎穴に入らずんば虎児を得ず、よ」
微笑みを浮かべて見せるロコアに、晴矢も苦笑するしか無い。
さすが異世界ウォーカー。
まるで、これぐらい当たり前のこと、とでも言わんばかりだ。
RPGで言えば、魔王の待ち構える最後のダンジョンに向かう勇者たち、といったところか。
そんなロコアの場馴れしている様子は、晴矢としても心強い。
自分も、そう
晴矢が気を引き締めた時、天守閣から
「皇子アフマドならば、私たちを正しい方向に導いてくださるはずですから」
……グリサリも一緒のようだ。
雨巫女ウズハに並ぶようにして、階段を降りてくる。
その後ろに控えるインディラの顔つきが、どこか険しい。
「どうしたの?」
「お待たせいたしました、ロコア様。実は、グリサリが……皇子アフマドを探すようにと、強く申しておりまして」
雨巫女ウズハの言葉に、グリサリが深々と頭を下げる。
「皇子アフマドって……公務に励んでるとか言ってたっけ?」
「さようにございます。必ず、宮中のどこかにおられるものと思いまする」
「探すぐらいならいいんじゃないかな? 俺たちの味方になってくれるならさ。ねえ?」
「安請け合いはダメよ、晴矢くん。もしも魔人との戦闘になれば、そんな余裕は無いかもしれないから。周りは敵だらけの状況だと思うし」
「そこをなんとか、ロコア様」
「しかしグリサリ殿、なぜゆえにそこまで強く申されるのか? はっきりとした理由がお有りなら、それを是非にもお伺いしたい」
インディラの言葉に、グリサリは顎に手を添え、少し考えを巡らせているようだった。
しばらくして姿勢を正すと、そっと口を開いた。
「────皇子アフマド様は、魔人の居場所を知っておいでです」
グリサリの言葉に、一同に衝撃が走った。
「……なんと!」
「なぜそれを、軍議の場で話してくださらなかったのですか、グリサリ?」
「申し訳ございません。宰相サウドが、その……宰相サウドのあの態度を見ますに、そのことが魔人の手の者に知れたがゆえの処遇ではないかと……のちのちに思い当たり、ご心配を……」
「ああ、なるほどね」
「たしかに……その可能性はあるやもしれませぬな」
「できますれば、で構いません。アリフ……皇アリフとの謁見が穏便に運びますれば、おそらくそのような猶予もございましょう」
「わかりました、グリサリ。わたくしも皇子アフマドの身は案じております。皇子アフマドを見つけ出すことも、優先事項に致しましょう」
「はい、どうかそのように……」
雨巫女ウズハが頷くと、グリサリは恭しく頭を下げて引き下がった。
「そろそろ行きましょう、晴矢くん」
「ああ」
頷くと、雨巫女ウズハとロコアがその両脇に寄って来る。
晴矢がロコアと雨巫女ウズハとインディラの3人を抱え上げ、天空城から空を飛んで皇都へ向かおう、というのだ。
天空城を地表に降ろして台座乗降口から降りてもいいのだが、それは宰相サウドの計略ではないか、と踏んでのことだ。
右にロコア、左に雨巫女ウズハが寄り添って、晴矢の首筋に腕を回してくる。
「もうちょっと寄っても大丈夫。……あ、ちょっと苦しいかな」
「申し訳ございません」
「晴矢くん、この辺で大丈夫?」
ロコアの華奢でしなやかな身体と、雨巫女ウズハの肉付きのいい柔らかな腰。
首筋に2人の吐息が吹きかかり、ゾワゾワとした感触が頭の中を駆け巡る。
それが昨晩の、あの光景を鮮明に呼び起こす。
風呂場で見た2人の裸体……。
「(や、ヤバイな、これ!!!)」
「ねえ、晴矢くんてば……このままじゃ、恥ずかしいから……」
「大丈夫でございますか、ミクライ様? ……と、とても硬くなっていらっしゃいますが……?」
2人の声が、耳に心地よく、心の底からゾクゾクとした欲情を掻き立てる。
「いかがなされた、ミクライ殿?」
背後から掛けられたインディラの声に、ハッと我に返る。
「ああ、行こうか」
ロコアとウズハの腰を抱いたまま、バサリとサンダードラゴンウイングを羽ばたかせると、まるで重みを感じることもなく、その身がフワリと宙に浮いた。
「うっ、浮いております。わたくしの身体じゃないみたいに……フワフワと……!」
雨巫女ウズハが晴矢の首筋に回した腕に、ギュッと力を込める。
豊満で柔らかな胸が、グイグイと押し付けられる。
フワッと芳香が漂って、晴矢の鼻孔を心地よくくすぐった。
「(うおおおおおおおお!……マジで! ヤバ過ぎる!!)」
「インディラさん、早く!」
「ま、待つでござる!」
夢中になって羽ばたく晴矢の足に、インディラが慌てて飛びついた。
「おおおおっ、飛んでいる! なんと面妖な!!」
「いででででで……インディラさん、強くしがみつきすぎ!」
「も、申し訳ござらん! 加減の程が分からぬゆえ……!」
言いつつ、晴矢の足首を両腕で抱え込むような姿勢を取る。
それで、皆の体勢が落ち着いたようだ。
「お気をつけて!」
見送るグリサリの声を背に、晴矢はバサリバサリとサンダードラゴンウイングを羽ばたかせた。
天空城甲板を飛び越えると、眼下は厚い雲が広がるばかりだ。
そして見る見るうちに防護シールドが迫り来る。
「マヨリン、防護シールドを!」
「『防護シールド、一時展開停止なのです!』」
マヨリンの元気な声が響いて、フワンとばかりに防護シールドが消える。
ヒュウと冷たい風が吹きつけて、4人の身体に冷気がまとわりついた。
「寒っ!」
「空気も薄いでござるな!」
「晴矢くん、高度を落とす時は、ちょっとずつね」
「オッケイ! みんな、しっかり掴まってろよ!」
サンダードラゴンウイングをピッと大きく広げ、ググっと右方向へ身体を傾ける晴矢。
ブヒュウと風が戦慄いて、4人の身体が滑るように降下していく!
「きゃああああああ!」
雨巫女ウズハがらしくない声を上げ、晴矢を抱きしめるその腕にぎゅううっと力が篭もる。
「よぉーし、雲に突入するぜ!」
「『ルナリンが防護シールドを最強再展開……』」
防護シールドが再展開されたのを見守ることもなく、風を切り裂いて、4人は一気に雲海へ突入した。
「おおおおお……」
「く、くぅぅぅ……」
ぐんぐんと降下していく感覚に、インディラと雨巫女ウズハが声を漏らす。
ロコアだけが落ち着き払った様子で、油断なく前方に視線を向けていた。
冷たい水滴が4人の身体を薄らと濡らし、冷気が体温を奪っていく。
そして時折、低い唸り音とともに雲の中に迸る雷鳴。
1人なら、孤独を感じずにはいられないだろう。
腕の中のロコアと雨巫女ウズハの温もりが、ますます心地よく感じられた。
「そろそろ雲を抜けるぞ!」
「晴矢くん、いきなり敵の攻撃が来るかもしれないから、油断しないでね」
「ああ、了解!」
やがてヒュウとばかりに雲間を裂いて、雨雲の下へと躍り出る。
大きく旋回する眼下には、煌々と輝く皇都。
雨が四人をシトシトと濡らし、皇都から響く祭り囃子が小さく耳に届き始める。
皇都周辺に陣を構える各国の軍も、どうやら飲めや歌えのどんちゃん騒ぎを繰り広げているようだ。
点々と見える焚き火の周りから、男たちの大声が響いてくる。
晴矢は旋回しながら、翼をバサバサとはためかせ、降下速度を落としていく。
「……もう……着いてございますか……?」
そっと顔を上げる雨巫女ウズハの目が、涙に濡れていた。
「あとちょっとさ。……って、そんなに怖かった?」
涙を指で拭いながら、雨巫女ウズハが小さく頷く。
「初めてでしたので……どうすればいいか、わからなくて……」
「拙者も、少しばかり生命の危険を……生きているのが、不思議にござる……」
さしものインディラといえども、雲の中を生身でくぐり抜ける体験には恐怖を感じずにはいられなかったようだ。
やがて、皇都の正門が右手に近づいてくる。
見れば、牛車が一台、正門前に止まっているようだ。
「あれが迎えかな?」
言いながら、上体を起こしてバサリと大きく翼をはためかせる。
ヒュルゥと風を巻き、4人は正門前へと舞い降りた────。
「オッケイ、到着!」
「はっ!」
「晴矢くん、ありがとう」
インディラが舞い降りたのに続き、ロコアもトンと軽やかに舞い降りる。
「……着いたよ、ウズハ」
「……も、もう少し下まで行ってくださると……」
「ははっ、意外と甘えん坊だね」
ニヤニヤしながら雨巫女ウズハの身体をお姫様抱っこで抱き上げると、晴矢はストリと地上に降り立った。
「ふう、重い重い」
「……そ、それほどでは……」
真っ赤な顔をして、雨巫女ウズハが晴矢の腕の中から離れる。
パンパンと巫女服の崩れを直すと、「コホン」と咳をひとつついた。
そんな雨巫女ウズハに、迎えの者が
「……わかりました。では、参りましょう」
雨巫女ウズハが頷くと、牛車の前に立つ付き人が、白い鳩を飛ばした。
宮中に、雨巫女ウズハの来訪を告げているのだろう。
4人は頷き合うと、すぐに牛車へと乗り込んだ────。
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