第二話 一難去ってないのにまた一難

 外で姿勢良く立っていた衛兵は、扉をあけたグランの顔を見て、ほっとした様子で笑みを見せた。その後ろには、グランよりひとまわり以上は年上と思われる、体格のいい男が立っている。男はグランを見ると、つかみ所のない笑顔で片手を挙げた。

 とっさにアルディラだけは寝室に引っ込ませたが、公女の存在に勘づいて訪ねてきた様子ではない。炊事場に並んだエレムとリオンも、内心ほっとした様子でこちらを眺めている。

「突然失礼いたした。実は、ルスティナ様がグランバッシュ殿にお目にかかりたいとの仰せで、差し支えなければ城までお越し願いたいと……」

「ルスティナが?」

 あの騒ぎの後で広場に現れた、美人の総司令だ。そういえば改めて礼をどうのと、言っていた記憶がある。

 しかしそれくらい、適当な額の謝礼でも持ってきてくれればそれで済むことだ。流れ者の傭兵を、わざわざ城まで呼びつけることもない。

 意図が判断できずグランが眉をひそめていたら、後ろに立っていた大男が、グランを上から下まで眺めてから感心した様子で頷いた。

「ルスティナが男の容姿を褒めるなど何事かと思ったのだが、なるほど、話以上の美男であるな。一〇年前の自分を見るかのようだ」

「……なに言ってんだ? てか、あんた誰?」

「あ、この方は……」

「態度の方も話通りであるか。ますます面白いな」

 衛兵は慌てた様子でとりなそうとしたが、男はたいして気にした様子もない。

「おれは黒弦騎兵隊副司令……じゃなかった、今は白弦騎兵隊総司令補佐のエスツファだ。ルスティナに、グランバッシュ殿に謝礼の話をしたいから、城まで案内するように頼まれ……いや、言いつかって……まぁ、そういうことだ」

「総司令補佐?」

「いきなりおれだけが来ても驚くだろうと思って、昨日広場で話を聞いたという兵を案内に立てたのだよ」

 グランは改めて、エスツファと名乗った男を見返した。

 確かに身につけているのはルスティナのものと変わらない、ルキルア軍将官の服に紋章入りの剣だ。ただ、ルスティナは銀色のマントだったのが、この男のそれは金で縁取った黒である。

 軍内の構成は国によって若干違うし、貴族が絡んでくると同じような階級でも微妙に立場が変わる。補佐というなら、この男はルスティナよりも下の立場なのだろうが、妙に態度が大きい。

「それとは別に、ルスティナが言う『美男』とはどれほどの水準レベルなのかを見てみたかったのだ。男など興味がないかと思っていたら、あいつ実はかなりの面喰いだったのであるな」

 まぁ、俺の容姿はそれほどでもあるけどさ。思わずグランが頷いたら、炊事場から様子を伺っていたエレムが声を殺して吹き出した。



 あの騒ぎから丸一日以上経っている。街はだいぶ落ち着きを取り戻したようだ。

 ただ、脱走したうちの何人かがまだ捕まっていないせいで、街道に続く北門の出入りが普段以上に厳しくなっているらしい。王城へ続く大通りや広場のあちこちでは、検問の列に並ぶのをあきらめた旅人たちが時間を潰している姿が目立つ。

「そういえば、今朝になって匿名の通報があったのだよ」

 馬の手綱を引いてグランと並んで歩きながら、エスツファが思い出したように話しだした。案内役の衛兵は、とっくに持ち場に帰されている。

 最初はグランを後ろに乗せて城まで戻るつもりだったようだが、こんなおっさんと二人乗りなど嬉しくもないし、それは向こうも同じだろう。

「牢から逃げた奴らが数人、西の廃村に潜んでいるという話で、朝から兵を向かわせているのだ。そいつらを上手く取り押さえられれば、逃げ出した奴はあらかた捕らえたことになるから、北門の通行の制限も解かれるはずだ」

「へ、へぇ……」

 もちろん、通報したのはエレムである。面倒だから縛り上げたまま放っておこうとグランは言ったのだが、

『このまま誰にも見つけられなかったら、この人達干からびちゃうじゃないですか!』

 とエレムに怒られた。

 あいつらの口から自分の名前が出てきても厄介だと思ったのだが、子どもを監禁していたなどと、すすんでべらべら喋ることもないだろう。グランはそれ以上はもう悩まないことにした。別にエレムの説教に怯んだのではない。

「連れの方々とのんびりしていたところを、連れ出す形になったのは悪かったな」

「いや、……別に用事もなかったから、いいんだが」

 グランは曖昧に答えた。

 改まった謝礼など面倒なだけだったのだが、あのままアルディラの話に付き合っていたら、更に面倒なことになるのは目に見えていた。渡りに船とばかりに、グランは二つ返事で同行を承知したのだ。

 できればあの二人は、自分がいない間にうまく町を抜け出して、完全に縁が切れたところで適当に発見されて欲しい。

 そんなに広くない都市とはいえ、街の西端に位置する王城に歩いて向かうのはやはり時間がかかる。その間、勝手にエスツファが喋っていたので退屈はしなかった。

 エスツファいわく、ルスティナの言っていた白弦騎兵隊とは、やはり国王直属の部隊の呼称のひとつなのだという。対になる黒弦騎兵隊もそうで、その総司令は有事ともなれば、国王と共に全軍を指揮するいわば将軍的立場だというのだ。

 全軍といっても、ルキルアは周辺諸国と大差ない小国だから、常駐する兵の数もたかが知れている。大国エルディエルから見たら、ルキルアの国土など、ちょっと大きな地方領主の領地程度の規模だろう。

「でも、騎兵隊なのに、白弦黒弦って名前がついてるのはなんでだ?」

「我が国の紋章は、太陽と月が主題(モチーフ)なのだよ」

 グランの問いに、エスツファは通りの所々に掲げられた国旗を指さした。簡略化された太陽と、その両脇に、弓を構えた半人半馬が描かれている。

「女神レマイナが降臨するよりもさらに古い時代、太陽神と、それに付き従う月神の加護のもとにルキルアは王国として建てられたという、この地方の伝説が由来なのだ。月神は双子の狩猟の神で、姿は半人半馬、それぞれが闇の弓と光の弓を持っていたと」

「ああ、半月の輝いている部分と、残りの暗い部分を弓の弦になぞらえたのか」

「そういうことだ。それにルスティナは見た目はあの通りだし、確かに有能であるからな。割に人気も高くて、城の侍女達などは『半月将軍』とか『皓月将軍』なんて呼んでいるよ」

 確かに将官の服に銀色のマントを羽織ったルスティナは、そう呼ばれるのに遜色はない美しさだった。

「あんたさっきから、その皓月将軍をずっと呼び捨てたけど、あんたも軍の中ではえらい人なのか?」

「え? ああ、ついいつもの癖で」

 エスツファは、決まり悪そうに答えた。

「おれはつい最近まで、黒弦騎兵隊の副司令のひとりだったのであるよ。白弦黒弦は、一人の総司令の下に五人から一〇人の副司令を置いて、そこから更に全体を統括する仕組みなのだよ」

「へぇ?」

「ルスティナは、白弦の総司令に抜擢される前は、おれと一緒に黒弦の副司令をやっていたのだ。歳もおれのほうがずっと上だから、上官と言われてもぴんとこなくてなぁ。向こうも同じらしくて、咎められたことがない」

「へぇ。じゃあルスティナが白弦の総司令になったから、あんたも一緒に白弦に移ったとか?」

「いや? おれはもう副司令ではないのだよ」

「だってさっき、総司令補佐って名乗ってたろ」

「いや、それは、ルスティナにそう名乗れと言われてきただけで、今のおれは、公にはなんの肩書きもないただの騎兵なのだ」

「はぁ?」

「最近になって、黒弦の総司令が替わったんだが、そいつとちょっとやらかしてしまってな。お役御免になりかけたところを、ルスティナが拾ってくれたのだ」

 エスツファは恥ずかしそうに頭をかいた。

「黒弦総司令の体面もあるから、そのまま白弦の副司令に異動というわけにもいかなくてな。ほとぼりが冷めるまでは、総司令閣下の護衛というか、雑用とか、そんな感じであるな」

「へぇ……」

「ま、そのへんのつっこんだ話は、ルスティナから聞いてくれ」

 意味ありげな笑顔を見せられて、グランはなんだか嫌な予感を覚えた。

 自分がこの国と何の関係もない流れ者だから、エスツファも口が軽くなっていたのかと思っていたら、そうでもないらしい。ひょっとして、脱走者を捕まえる手助けをした件以外にも、なにか用があるのだろうか。

 アルディラから離れたい一心でついてきてしまったが、どうもまずかったかも知れない。しかし喋っている間に、王城はもう目の前まで近づいていた。戻る言い訳を考える時間的余裕もないまま、グランは城の通用門を通されてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る