第七話 捜し物、拾い物<後>

 泣いている女と子どもを無理に泣きやませようとすることほど、男にとって無駄なことはない。エレムとグランとで、鶏冠頭とその他三名の手足を縛り上げ、壁際に転がして寄せる頃には、それでもアルディラは多少落ち着いたらしかった。縛られた跡が痛むのか、座ったまま手首を撫でているアルディラの背中を、リオンがさすってやっている。

「成り行きで助けちまったけど、どうするかなぁ」

「そうですねぇ……」

 あそこでグランがリオンを捨てていっても、後ろから様子を見ているエレムが助けないわけはなかったのだ。仕方なく姫君を助ける方向で動いては見たが、後のことを何も考えていなかった。

 こんな危ない目にあったのだ。懲りておとなしく戻ってくれるなら、それに越したことはないのだが。

 体も痛いし疲れてきたし、自分はさっさと帰りたい。グランの思いに気付いたわけではないだろうが、アルディラがはっとしたようすでふたりに顔を向けた。

「リオン、その人達は……?」

 言いながらグランを見たとたん、アルディラは驚いたような、なにかを確認するような真剣なまなざしになった。

 こんな子供でも女は女、いい男というのは判るのだろうか。自分もよくよく罪なものだ。グランが呑気なことを考えていたら、

「ここに来る途中で協力をお願いした方々です。レマイナ神官のエレムさんと……そういえば、傭兵さんにはまだお名前を聞いてなかったですね」

 そういえば二人は、エレムとランジュに間違われて襲われたのだった。自分が『グラン』だとばれたら話がややこしくなる。

 とっさに偽名を使おうかと思ったのだが、それが口から出てくる前に、

「あなた、『グラン』でしょう?!」

 跳ねるように立ち上がると、なにかの真犯人でも追及するような目つきで、アルディラはびしっとグランを指さした。

「長い黒髪に黒い瞳の、一見貴族のような顔立ちの美男だけど、無慈悲で凶悪で情け容赦ない悪魔のような男だって、連中が言ってた!」

「ほめるかけなすかどっちかにしろよ」

「あなたのせいで私たちはこんな目にあったのよ! 知らん顔してリオンにうまく取り入って、私にも恩を売るつもりだったんでしょうけど、おあいにくだったわね!」

 次々たたみかけるアルディラの後ろで、混乱しているリオンがあたふた両手を泳がせた。エレムもさすがにこういう責められ方をするとは思わなかったらしく、目を白黒させている。急激な脱力感を覚えて、グランはため息をついた。

 もういろいろと面倒くさい。

「……俺達は帰る」

「ええっ」

「こっちの用は済んだ。早めにここから出て先のことを相談しとけ。連中にほかに仲間がいないとも限らないしな」

「そ、そんなぁ」

 情けない声を上げたのはリオンだった。姫君を助けるついでに、今後のこともふたりに相談しようとでも思っていたに違いない。迷惑な話である。

 そもそも悪いのは、彼らをグランの連れだと勘違いした賊のほうなのだ。それが判った時点で帰ってもいいところを、必死にリオンが頼むからわざわざ手を貸してやったこちらに非はない。断じてない。指をさされて糾弾されるなど、割に合わなすぎる。

 かといって、縁談から逃走中の姫君と関わったところでいいことはなさそうだ。ここは素直に退散するのが一番だろう。

 グランの考えをエレムも読み取ったらしく、なにか言いたげながらも口を挟む素振りはない。

 だが、

「そ、そうはいかないわよ!」

 うろたえたリオンを遮って、アルディラは更に声を張り上げた。

「私を助けたことで、私たちをこんな目にあわせたことを埋め合わせたつもりなんでしょうけど、そんな単純に済む話だとでも思ってるの?」

「さっきと言ってることが違うぞ」

「うるさいわね、あなたに償いの機会を与えようと言ってるんだから、黙ってお聞きなさい!」

 こういう命令口調は、さすがお家柄だ。子供のくせにとても凛々しくて様になっている。変なところで感心していたら、

「グラン、私たちが無事にこの国を出るまで、私たちの宿の世話と警護をあなたにさせてあげます。つつがなく勤められたらお咎めはなしにしてあげます。とりあえず今夜はあなたが町に取ってる宿でいいわ。案内なさい」

「はぁ?」

「私は満足に寝具もないところで非礼な扱いを受けたのよ? リオンなんて暴力まで受けた上に屋外で一夜を明かすなど、いかに世話係でも大公家に関わる者にあってはならない扱いだわ」

「知らねぇよそんなの。そもそも一行から抜け出してきたのは、あんたの意思なんだろ? どんなめにあっても自己責任じゃねぇか」

「嫌だとでも言うの? こんな有り難い話を」

「当たり前だ」

「ふーん……」

 喋っているうちに幾分余裕が出てきたのか、アルディラは芝居がかった動きで腕組みをすると、グランを見返す目を細めた。

「じゃあ私が万一連れ戻されるようなことがあった場合、こう言うことになるのだけど、いいのかしら?」

「なんだよ」

「『旅の途中で、長い黒髪の、見た目だけは美しい男に無理矢理連れ出されました。男は自分の名をグランと名乗りました』」

 さすがに顎が外れそうになった。

 アルディラの後ろで、リオンがこわばった顔つきのままかくかくと折り曲げた両腕を振り回している。うろたえすぎて自分でも収拾がつかなくなっているのだろう。

「で? どうするの?」

 唖然としたままのふたりに、アルディラが勝ち誇った笑みを見せた。



 とりあえず一晩ぐらいは面倒を見てやってもいいかという結論に達したものの、子どもふたりをそのままの姿で街に連れて行くのはさすがにまずい。アルディラの服は明らかに庶民のものと質が違うし、リオンなどルアルグの法衣姿なのだ。

 仕方ないので、縛り上げた賊の中でも比較的小柄な者の服をはがしてリオンに着せ、法衣はたたんで小さな荷物風に仕立てて担がせた。

 アルディラには、途中の集落で、女物の粗末な袖無しの上着とスカーフを買って羽織らせたら、なんとか近隣の村娘と少年風に仕上がった。

 行方不明の公女が街道側の北門からではなく、反対側の南門から入ってくるとは衛兵側も考えていなかったのだろう。夜になる前に門を抜けてしまおうとする人々でごった返す中、四人は難無く南門を通り抜けてしまった。念のために宿までの道は、誰かにつけられていないか気を配って来たが、そんな気配はなかった。

「気の強いお姫様なんだろうなとは、思ってましたけどね」

 消毒用の酒を絞った布でリオンの傷だらけの顔を拭きながら、エレムが苦笑いしている。

「まさか脅迫されるとは思いませんでした」

「お前の国は、継承権持ってる姫君にどういうしつけをしてるんだよ、世話係」

「ぼくは身の回りのお世話をさせていただいてるだけで、教育係をしてるわけではありませんよぅ……」

 上衣を脱いで半裸で長椅子に座り、エレムの手当を受けているリオンは、涙目で情けない声を上げた。

 泥と涙と血で薄汚れていた顔も、こうして汚れが落ちるとなかなか細面の秀才顔だった。胸や背中にできた青あざはしばらく残るだろうが、動くのがつらいほど痛むわけでもないという。

 満身創痍のグランは、テーブルにつっぷしたままぐったりとしている。薬が切れて痛みがぶり返しているのもあるが、体と同じくらい気分が疲れてしまい、動く気にならない。

「アルディラさんも、いろいろ大変な目にあって気が立ってらっしゃるんでしょう。少し落ちつけば、頭も冷えるかも知れませんよ」

「おもいっきり冷静に脅してた気がするぞ……」

 グランは目だけを、寝台のある部屋に向けた。当のアルディラは、夕飯を済ませた後はあの部屋を占拠してしまい、出て来る気配がない。

「でも、この部屋や食べ物のことにはなにも不満をおっしゃいませんでしたね」

「言われてたまるか」

 ひどい傷に軟膏を塗られながら、リオンは居心地悪そうな顔で二人の話を聞いている。昼間のあの饒舌さは、非常事態で興奮していたのもあったのだろう。ある程度落ち着いてみれば、リオンはあの気の強いお姫様が扱いやすそうな、押しの弱そうな雰囲気である。

 それにしても、体に鞭打つ思いで出かけてみれば、馬鹿の勘違いに振り回されたあげくお荷物を二匹背負い込んできただけで、ランジュの行き先も、昨日の奴らに関しても、全くなにも判らないまま。

 徒労という言葉がこれほどぴったりな日も、そう無いような気がする。

「あのー……」

 ひととおり手当が終わって後片付けをするエレムと、ぐったりしているグランとをぼんやり見比べて、リオンはおずおずと部屋を見回した。

「賊の話だと、グランさんには『神官』のほかに『子供』の連れがいるんですよね? アルディラ様に似た女の子? その子は、どうしてるんですか?」

 視線の先には、ランジュが遊んでいた絵札や人形が置かれたままだ。エレムは困った様子でグランに目を向けた。グランは深く息をつき、背中の痛みに首を縮めた。喋るのも面倒くさかった。

「えっと……ちょっとした事情で、今、別の所に預けてるんです。あ、リオンくん、今日はこの部屋着を使ってください。宿の備え付けのものです」

「え? はぁ……」

 預けているというか、顔も知らない奴に強制的に預かられたのだが、それをどう他人に説明すればいいのか、グランにも思いつかなかった。

 リオンは怪訝そうに目をしばたたかせたが、なにか察するものがあったのか、受け取った部屋着を黙って羽織っていた。その目が今度は、テーブルにべったりとうつぶせて座っているグランを見る。

「エレムさんも法術師なんですよね? 僕はともかく、どうしてグランさんを治療してあげないんですか?」

「え?」

 手当に使った布をまとめてかごに放り込んでいたエレムは、驚いた様子でリオンを見返した。

 そういえば『法術師は、法術の素質のある者を見分けることができる』と、ラムウェジは言っていた。使う法術の系統が違っても、やはり判るものなのだろう。

「それも……ちょっと事情があるんです。すぐには話せないことが多くて、すみません」

 エレムは穏やかに微笑んだ。穏やかだが、グランが今まであまり見たことがない種類の笑顔だった。

 ラムウェジからあんな話を聞いた後だから余計に気になるのだろうが、エレムはエレムで、法術を使えないことをずっと気に病んでいるのかも知れない。

「朝になったら、もう少しましな古着を市場で揃えてきましょう。アルディラさんもあのままじゃ目立つでしょうし」

 リオンはさすがに気まずそうな顔で頷いた。グランは結局何も言わず、窓の外の月に視線を移して大きく息を吐き出した。

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