白羽の矢を立てて
矧
プロローグ
0:ドミニクの場合
生後間もなくから日本とフランスを行き来すること、十四年とちょっと。
日本マニアのビジネスマンであるフランス人の父と、通訳の仕事で父と知り合った日本人の母を持つこのアタシが、日本に興味を持つのは自然な流れだった。
とりわけ父は弓道にハマりこみ、今ではフランスで弓道を教えるほどの熱中ぶりだ。弓道の世界大会でフランスが初代優勝国になってからは、特に熱が入っている。
母曰く「バカの一つ覚えが極まった」らしい。そういうところが好きなんだとも言っていたが……まあ、これはただのノロけか。
そんな弓道バカな父に連れられて、日本にいる間は頻繁に弓道場へ通っていた。
友達と呼べる知り合いができたのは、日本に長く腰を落ち着けていた五歳から九歳の時。地元の武道教室で、日本人の、それも同世代の子供と友達になることができた。
ナオト・オオカミという男の子だ。
ナオトのお爺さまが武道教室の主任で、アタシの父にもよくしてもらった。ナオトはお爺さまが帰るまで待っていたから、同じように父を待つアタシと一緒にいることが多かった。
当時はまだカタコトしか日本語を話せなくて、ナオトのシャイな性格もあってか打ち解けるまでは結構時間がかかった。
けど打ち解けてからは、何でもアタシの遊びに付き合ってくれた。
近くの神社を探検したり、
ナオトがオニだとアタシはすぐに負けちゃってたけど、それでも手加減してくれているのはわかってたし、その気遣いが本当に優しくて、おかげで楽しかった。
ナオトの優しさは兄のようで、ナオトのシャイな性格は弟みたいだった。言うなれば「一粒で二度おいしい」を体現したかのような、大好きな友達だ。
そのナオトが弓道に興味を示したことで、アタシも弓道を始めることにした。
二人で一緒に遊んで、弓道の指導を受けて、また次の日も……。
そんなふうに過ごす内、またフランスへ引っ越すことになった。
引っ越しのことを両親から聞いた時、アタシはまたいつものことだと思っていた。
ナオトと知り合ってからも度々フランスには戻っていたし、この時もまた数ヶ月くらいですぐに戻ってこれると考えていた……けれど、両親の深刻そうな表情を見て、悟った。
今回の引っ越しは、いつまでフランスにいるかわからないのだという。
両親に大口の仕事が入ったのだ。生活がかかっているのだから仕方ない。両親に心配はかけられない。聞き分けなければ。養われている身の上でわがままはいえない。
アタシはそう自分に言い聞かせた。背伸びすることには慣れている。
……でも、やっと友達ができたのに、離れ離れになってしまう。
引っ越しが多い家庭事情のため、今まで勉強は通信教育で習っていた。だから、小学校には通っていない。家庭事情もそうだが、言語や外見の違いによるイジメを心配しての対処だった。
ナオトだけだった。友達と呼べるのは。
日本語がままならないアタシにとって、武道教室は唯一の楽園だったのに……。
そうして出発の日、アタシは見送りに来たナオトの胸を借りて、思いっきり泣いた。初めて両親の前で背伸びすることをやめた瞬間だった。
すすり泣くアタシの頭を撫でてくれたナオトの暖かさは、今でも忘れない。
「……必ズ、マタ、帰ッテクルカラ……!」
別れ際にそう約束して、五年。
フランスで初等・中等教育を受けながら、アタシは日本語の勉強にも熱中した。
両親を納得させるだけの学力と日本語力を得るのはかなり大変だったが、またナオトに会うために、アタシは全力を賭してそれを成し遂げた。
ようやく日本へ戻る許しを得たアタシは、真っ先に進路を変更。名門進学校への推薦を辞退して担任を心底困らせると、日本の高校へ進学することに決めた。
ナオトがいる地元周辺の学校を優先して選んだのは、言うまでもない。
そうして見繕ったのが、
そこは男子校から共学になったばかりで、授業料の減額や学生寮にかかる費用の免除などで女子生徒の入学を積極的に誘致していた。誘致をするくらいなら外国人でも色々とサポートはしてくれるだろう、という打算と、公立校とさほど変わらない費用というのに惹かれた。
これなら一人暮らしもできるし、両親の負担や心配も少なくて済む。
ナオトの家からは山を三つほど越えた地域になってしまったが、贅沢は言ってられない。
入試は日本固有の教養や知識が必要になる国語や社会で苦戦したものの、その他は確かな手応えがあり、おかげで合格通知を受け取ることができた。入学手続きが郵送事故と書類不備で多少手間取ってしまったが、ともかくこれで、約束を果たすことができる。
旅立ちの日。
アタシは意気揚々と、単身で日本行きの飛行機に乗り込んだ。
こうして五年ぶりに帰ってきた日本、明仁高校の体育館の壇上で――
「アタシと一緒に弓道部に入りませんカ!」
――弓道部の『広告塔』として、アタシは華々しい高校デビューを飾ることになる。
アタシが『広告塔』に甘んじたのには理由がある。
なぜなら、弓道部の『主役』にはもっと相応しい人がいたんだモノ!
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