第16話 要塞と謳われるログハウス
一人の悲鳴はスッと全員の胸に落ちた。
「そ、そうだ! 今は止まってるけど、いつ動き出すかわからねえぞ!」
「壊せ! こいつを早く」
「殺れ! 普通の攻撃じゃきかねえ、スキルを使え!」
「あ、あっちも! あの青い女もそうじゃねえのか……?」
「そうだ、色違いなだけであいつも仲間だ!」
「首落としただけじゃ動くかもしれねえ。両手と両足を落とすんだ!」
次々に紡がれていく殺意の意思。人間でないからこそどういう行動を取るのかわからない恐怖があった。事実、三人の仲間がすでに殺されているのだ。人質のおかげで停止しているらしいが、それもふとした拍子に気が変わるかもしれない。そうなれば今度こそ全滅するのは火を見るより明らかだった。
「弐号!」
ルカが叫ぶも、隣にいた弐号が冒険者によって連れて行かれ、壱号の近くへ投げ込まれる。まるで公開処刑のような態を見せ始め、冒険者達は口々に殺意を向ける。
一人が剣を突き立てた。カキンと弾かれる。やはり普通に攻撃するだけでは駄目なのだと理解した冒険者らは、スキルを使って攻撃を始めた。
初めはスキルでさえ弾かれたが、何度か試すうちに技を出すタイプのスキルより、切れ味を増すスキルの方が攻撃の通ることがわかった。徐々に壱号と弐号に傷が増えていく。
始めに壱号の右腕が飛んだ。何度も切り刻んだ上での快挙は、冒険者をたちまち沸かせた。あれだけ暴虐を振るった相手も何とかなる。恐怖に憑りつかれて剣を振るっていた彼らは、報復のためと称して嬉々とスキルを放ち、壱号と弐号を切り分けていく。
その様をティーナもルカも見ているだけしかできなかった。ティーナの意識はすでに朦朧としており、ルカは目尻に涙を浮かべて必死に堪えている。ゴーレムとはいえ、身近な人が段々小さくなっていくのは、自分でも意外なほど衝撃を受けていた。
助けたいとは思う。今すぐにでも飛び出し、冒険者達を完膚なきまでに叩き潰したいが、非常なる現実ではルカに取れる手段は全くない。
メロスの修行方針によってルカの霊力はほぼ空の状態であり、万全なら取れるいくつかの手段もできない状態に陥っていた。
悔しすぎて我慢していた涙が一筋流れた。こんな下劣な男達にいいようにされる自分にも不甲斐なかったが、あんな修行法を取らせなければ何とかできたのにと、ここにはいないメロスにまで怒りの矛先が向いた。手を握りしめるとギリギリと筋肉の締め付けられる音がした。
メロスに怒りを向ける理不尽さは承知していたが、けれど目の前で行われる拷問に似た虐殺行為に、何かに当たらなければ我慢などできなかった。
長い長い時間。終わりなどないような気がした。
何で師匠であるメロスは帰って来ない! 今度は弐号の足が落とされた! ボク達にいつまでこんな光景を見せるつもりだ! 早く――はやく、かえってきて……。
「うっ……」
小さな嗚咽が漏れた。手の甲で涙を拭う。
がしゃんと何かの崩れる音と今まで以上の歓声に、ハッとして顔を上げた。完全にダルマと化した二人が転がっていた……。
また涙が出た。
「はあ、はあ……ハハハ、てこずらせやがって。こうなりゃざまあねえな」
冒険者らが安堵したせいか、空虚な笑いがそこここから聞こえた。
「……貴様ら、何故このような所へ来て無法を為す」
涙と怒りを抑えて問うと、ティーナを捕らえたままのライナーがこちらを見て笑う。
「いやなに、うまくナユタ大陸に潜り込めたのはいいんだけどな。そこら中にあるっていうナユタ産の高級素材が見つからなくて困ってたんだわ。あんまり長居すると魔物がでるっつうし、どうしたもんかと迷っていたところに見つけたのがこの家ってわけ」
恐怖から解放されたせいか、ライナーの口は饒舌だった。
「こんなところにある家なんだからそざかしお宝溜め込んでるんだろうなって近づいたんだがな。見つけたのは器量良しの双子二人。ナユタに住んでたって銘打ちゃ、ナユタの宝より価値がでらあなあ!」
ギャハハと下品に笑う冒険者たちだが、ルカは大きく呆れ、困惑していた。
彼らが自慢げに語って聞かせたことは、常識外れを自覚するルカからしても、到底まともな思考をしたとは思えなかった。
ナユタ大陸は今更確認するまでもない、誰もが知る人外魔境だ。この土地に挑戦するには相応の実力が求められ、冒険者の中でもトップクラスしか入れないのはそれなりに理由がある。
そこをうまくナユタに潜り込んだと口にしたことから、彼らは本来ナユタで活動できるだけの実力を持っていないのだろう。金欲しさ。ただそれだけを考え、手っ取り早そうなナユタ大陸にやってきたらしい。
無謀の極みとでもいうか、馬鹿だと切り捨てるか。行動力だけは無駄にあるが、おそろしいまでに怖れ知らずだ。
しかも事前調査さえしないまま来たらしい。それさえしていれば来ることを諦めたかもしれないと思うが、この馬鹿さ加減を考えるに甘い期待だろう。だからナユタくんだりまでやってきながら、肝心の「金になる素材」がわからなくて右往左往するハメになるのだ。そんなもの、雑草のようにそこら中に生えているし、ルカがここから軽く森を窺っただけで高価な素材がいくらか視界に入り込んでくるほどだ。
これを見つけられないと探し回るのは、ちょっとおかしい。
勘だが――彼らは知り合いにナユタ大陸は金になる素材が多い、とでも聞いただけでやって来たのだと思う。調べもせず、噂だけ聞いて。それぐらいライナー達の持っている情報は少なく、計画性のなさが随所に散見していた。
大体家があるのだから、ティーナやルカを捕まえようとせず、話を聞いて素材の見分け方でも聞けばそちらの方がお金になったはずなのに。
――考えなし。そんな単語が頭に浮かんだ。
ティーナを殴ったことに関してもそうだ。自分達がどれほどの価値を持つのかよくわからないが、器量良しと言いながら顔を殴るのがおかしいぐらい、さすがにわかる。
結局のところ、こいつらは行き当たりばったりの行動だけでティーナを捕らえることにしたのだろう。
ナユタ大陸に家を構えるという異常な人間。それはナユタの魔物をものともしていないという意味に他ならない。彼らにとって幸運にも家主は不在だったが、居た場合のことを考えなかったのか。あるいは考えても何とかなると高を括ったのか。
こんなのにいいようにされているのだと思うと、悲哀が鋭い刃となってルカの胸を抉った。
「お、今頃ビビッて泣いてんのか? ハハハ、もう遅えよ。頼りのおっかない女どももあの様だしな。っと、こいつをつけな」
ルカの足元へ放り投げられたのは銀環だった。おそらく、ティーナの首につけられたのと同じものだろう。
ルカは涙を拭うと銀環を拾う。
「……これは?」
「スキル封じの首輪。本当なら従属の首輪が欲しかったんだが、禁制品だしな。だがスキルだけ封じりゃ十分よ」
「素直につけると思っているのか」
「おっと、あんまり近づくなよ。こいつがどうなっても知らねえぞ」
ティーナの首にライナーの腕が回され、絞められる。ティーナはいつの間にか気絶して、すでに意識がなくなっていた。……ティーナを守れる者は誰もいない。
「……いいだろう」
「よーしよし。良い子だ」
ルカが銀環を首に嵌めた。ガチャリという音が響く。
「うーし。お前ら、家探しすんぞ」
「このダルマ共はどうする?」
「ほうっとけ。そうなっちまえばもう何にもできねえよ」
壱号も弐号も、四肢が切断された状態だが生きていた。ルカはそれだけ確認すると、とりあえず大丈夫だろうと安堵する。
ルカは冒険者に連れられ、玄関に来た。普段当たり前に通っているが、扉一枚開けるのにもひどく気が重い。
「さぁて。中入ってお宝頂戴するか」
「お宝なんてないよ」
「はん! こんな場所にある家だ、嘘ついてもわかんだよ。ほら、とっとと開けろ」
訳の分からない理論だ。まあ咄嗟に出たお宝がないというのは確かに嘘だけれど。普段はメロス本人か壱号弐号しか使わない倉庫には、様々な物が置いてある。中には価値ある物もあるだろう。それがこいつらの手に渡ると思うと、自然ルカは口を真一文字に結ばずにいられなかった。湧き上がる感情を押し殺して、ドアノブを回そうとした。
「……あれ?」
ガチッと音がして開かない。こんなところに建っている家なので、鍵というものを掛けたことはないのに。そもそも、騒ぎに気づいて弐号と共に出てきたルカだが、そのときも鍵は掛けなかった。……いつの間に。
「どうした?」
「鍵が掛かってて開かない」
「あんだと!?」
「多分家の防衛装置が働いてる。ボクじゃどうしようもないね」
「そんなはずあるか! おい、代わりに開けろ!」
ライナーが顎差した冒険者が、ルカに変わってドアノブに手を掛けた、その瞬間――。
「があああああ!!」
大きな悲鳴。何事かと驚くのと距離を取るのが同時だった。
冒険者はドアノブを握りしめたまま、大口と悲鳴をあげながら激しく痙攣していた。肉の焦げる臭いが辺りに漂い始める。煙。ドアノブを握ったところだけでなく、体中から。
おそらく、この集団の中で最も驚いていたのはルカだろう。普段過ごしているログハウスが要塞化しているというのは、ユウキが訊ねて来たときに詳しく聞いた覚えがある。だが実感は湧かず、そういうものなのだと何となく理解していた。日常の中で要塞らしい断片は全く見えなかったから、それっきり気にもしなくなっていた。
だが――これは。
せいぜい鍵が掛かるぐらいだと思っていた。壱号や弐号はこの家と同時期に作られたというから、彼女らが破壊されたことがスイッチにでもなったのだろうと。
確かにそれは切っ掛けだったかもしれない。しかしルカの認識と要塞だと謳われる現実に大きな齟齬があったことは認めなければならない。
ルカはただひたすら、目の前の光景が恐ろしかった。多分電流でも流れているのだろうが、メロスやユウキが敵に対して取る行動が、電気を流すだけで終わるとは思えなかった。
無償にティーナの手を握りしめたくなったが、虜囚の立場でそれは許されない。
男が白目を剥いた。そして――発火した。
冒険者の全身が火に包まれるに至り、ようやくドアノブから手が離れる。火だるまと化した男とはもがき苦しみながら、よたよたと歩く。近づかれた仲間が慌てさらに距離を取った。
ルカには男の動きがまるで亡者の歩みに見え、身体の奥から根源的な恐怖が呼び起された。すなわち――死の恐怖。ぞくりと背筋に悪寒が走り、思わず腕を抱きしめた。殴られてという理由はともかく、気絶しているティーナが羨ましい。
悲鳴はいつの間にか消え、代わりに獣のような唸り声。縋り、逃げられた冒険者に向かって手を伸ばした。一歩二歩と歩み、前のめりに倒れる。しばらくもがいていたが、すぐに動かなくなった。もう、死んでいた。
言葉がなかった。
壮絶な死に様に度を越えた恐怖に呆然とし、男にしつこく纏わりつき燻る炎が鎮火する様を眺めていたら――炎が動いた。
男を包み込み完全なる死を与えた炎は、男の身体から離れ、細長く蛇のように地面を伝わって、冒険者が最後に縋ろうとした男へ向かった。
「ひっ」
短い悲鳴。身を翻して逃げようとしたときにはすでに遅く、その足に炎の蛇が絡み付く。
「ぎゃあああ! 離れろ、離れろおおぉぉぉぉ!!」
足を振り回し、炎の蛇を必死に振り払おうとするが、しっかり絡み付いたそれは離れる様子がなかった。足が燃える。炎が徐々に体を登る。まるで火あぶりのように、じっくりと焼き殺そうとしていた。
「誰か、助けてくれええ!」
「て、てめえら! 今すぐ逃げんぞ!」
「ケビンは!?」
「諦めろ! 餓鬼だけ連れて行け!」
ライナーの指示にわずかな逡巡を見せ、しかしもうケビンは助からないと判断するのに数秒と掛からなかった。
たった一人だけいた女冒険者がルカの腰を抱え、仲間達と走って逃げる。始め八人いた冒険者達が、気づけば残り三人。
この場所は危険だと悟り――今更過ぎて呆れるが――退散することに決めた。戦果は五人を犠牲にしながら、子供がたった二人。無惨すぎる結果だった。
そしてルカは抱きかかえられたまま、自分の右手を見た。――さっき、ドアノブを握った手だ。
どういうシステムになっているのか不明だが、何かが違っていればルカが電流を流され炎に包まれていたのかもしれない。ざわりと体をなぞった何かを、手を握りしめて誤魔化す。
すでに日常の一部と化していたログハウス。しかしその実態は要塞の名に恥じないもので、想像以上に怖いところだったのだとルカは改めて実感していた。
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