第1話:ギルド〝ムジカ〟:Theo
焦燥は一刻置きに高まっていった。
回廊を駆け抜ける足取りは重い。
初めは事ある毎に上がっていた軽口も、もう何時間も聞いていない。
誰も、もう無駄口は叩かない。
狭くて長い回廊に響き渡るのは、途切れることなく続く足音と、荒い息づかいだけだった。
「サラっ!」
指示を出す言葉も、短くなる。
だが、ただ名前を呼んだだけでも魔法使いの少女サラは、ぼくの意図を察して的確に動いてくれた。
伝統的な魔法使いの三角帽が視界の端に揺れる。マントを翻し、軽く屈んだかと思えば、サラの正面に拳大の火球が生まれる。
きゅうるきゅると鋭く回転し、空気を軋ませる火球。焦げた臭いが辺りに広がった。
「やっ!」
小さく短い、どちらかと言えば頼りない雰囲気を含んだ掛け声を合図に、火球は動き出す。
前に突き出したサラの掌の向ける方向へ。ギュオオンと、空気を震わせる音と共に、ものすごい勢いで。
「ティナっ!」
それを見て、ぼくは続けて声を張り上げる。
「ほいっ! 師匠! 行ってくるでっす!」
小柄な体格に似合わない巨大な幅広の剣を持った少女が、宣言するように手を挙げ、一瞬ぼくの方を見る。
ぼくが言葉を返すよりも早く――そんな場合じゃないと理解していたからだろうが――視線を外し、少女は火球を追うように通路を逆走し始めた。
ぼくら三人の短いやりとりに気づいたのだろう。パーティの四人目、レナートの足が止まり、何かを窺うようにぼくを見た。
ぼくはそれに気づき、一瞬イラッとして、すぐにその気持ちを掻き消し、叫んだ。
「レナートさんはそのまま進んでくださいっ!」
「は、はいっ!」
荒い息を整える間もなく、レナートは走り始めた。その表情には、疲労と恐怖が濃く張り付いていた。
ぼくは視界の隅でそれ確認すると、剣を構え、ティナの後を追い、突進した。
サラの横を駆け抜け、すぐにティナに追い付く。
ティナと並んで走り、ぼくは剣の柄を強く握る。
心の中で、強く念じ〝ギフト〟に働きかける。
腕に巻いた竜鱗の手っ甲がほんのりと碧の光を帯び始める。ティナと目線を交わす。ティナは小さくうなずいて、わずかに視線を上へと向けた。ティナの足下に、蒼い光の帯がまとわりついている。ぼくも小さくうなずき返す。視線を前に戻し、ぼくは姿勢を低く沈め始めた。ぼくの横でティナが床を蹴り、大きく飛び上がった。それと同時に巨大な剣が水平に振られる。
空気を切り裂き、剣圧は飛ぶ。
狭い通路を物ともせず、左右の壁に大きな斬り傷を付けて、それでもまったく勢いを殺さず進んでいく。
スタン、と。
非常に軽い音と共に、ぼくらを追っていたリトル・オーガの首が三つ、宙を飛ぶ。
ぼくは首を飛ばされたリトル・オーガの体の間を縫うように駆けて、炎に包まれて絶叫を上げ続けていたオーガの巨躯――その胸の中心に、剣を突き立てた。
トスッと、剣はほとんど手応えなくオーガの体に潜り込み、背中まで貫通した。
オーガの絶叫が止むと、ぼくはその体を蹴り飛ばし、剣を抜く。
「転身っ!」
ぼくの合図と共に、ティナとぼく、そしてわずかに遅れてサラは、オーガたちに背を向けて駆け出す。
先行するはずのレナートの背は、回廊のカーブに隠れて見えない。
背後から、複数のオーガやリトル・オーガの声と足音が追ってきた。とすとすと、どすどすと、ずんずんと、様々な音が絡み合い、回廊に地響きのような振動を与えている。そして、一際大きな、うなり声が聞こえる。
「ぐぎょわぐるじべぎにゃがはおわっ!!」
何を言っているのかわからないが、そんな風に聞こえた。
その声は、とても深い怒りに満ちているように感じられた。
ふと見ると、帽子に隠れてよくわからないが、元々白い肌をしたサラの表情が、いつも以上に白く、それを通り越して蒼白になっていることに気づいた。
そう言えば、サラはあらゆる言語を理解できるようになる〝
オーガたちの断末魔の絶叫。それは、サラの耳にどのような意味に響いたのだろう。
程なく、レナートに追い付く。
レナートの視線が、探るようにぼくを見た。
だけれども、レナートに送れる指示を、今ぼくは持っていない。
何も返さないぼくを見て、レナートがほんの少し、落胆のような表情を見せたように思えた。
ほんの少し。もしかしたら気のせいかもしれない。
レナートを役に立つように使えない、ぼくが悪いのか。役に立つ所を見せられない、レナートが悪いのか。
多分両方だと思い、すぐにその考えを打ち消す。
役に立つ立たない、悪い悪くないの問題じゃない。
これは仕方がないのだ。
レナートは今日、初めてぼくらのギルドに、パーティに加わったのだ。
彼がこのパーティにおいて自分の役割を見いだせないのも、逆にリーダーであるぼくが彼の役割を見いだせないのも、どちらも当たり前。これから知るべきことなのだ。ゆっくりと、時間を掛けて、少しずつお互いに理解していくべきことなのだ。
まだ出会って一週間も経っていないが、人柄的には問題ない。控えで目で我も強くなく、他人によく気を遣う好ましい人物だとわかっている。ギルドの他のメンバーたちの反対もなかった。だからいずれ馴染めるだろう。仲良くなれるだろう。そして、ギルドに取って無くてはならない人材になるだろう。そう思っている。
だから、そんな当たり前のことに苛つくのは、間違っているのだ。
ぼくは繰り返し、自分自身に言い聞かせ、心を落ち着かせようとする。
だが、ぼくの心を引き裂くかのように、背後からオーガたちの声が響く。
――こんな時で、なければ。
こんな時――自分たちのパーティレベルを遙かに超えるモンスターに追われていなければ。
リトル・オーガならば問題はない。
オーガでも、それほど倒すのに苦はない。
だが、ぼくらを追ってくるモンスターの中には、ジャイアント・オーガ。それとマジック・オーガがいるはずなのだ。
ジャイアント・オーガならばまだ良い。
周りに邪魔をされなければ、全力で掛かれば、何とか倒せないこともないだろう。
狭い通路が、却ってぼくたちに有利になっていると思う。
だが、マジック・オーガはダメだ。
通常、脳筋――脳みそまで筋肉の意――の生き物だと思われている鬼族。その中にいて魔法を使える変わり種の彼らは、本人自身の力は弱いのだが、他のオーガの力を何倍にも高める力を持っている。
それが、これだけの大人数でやってきているのだ。
リトル・オーガがオーガレベルに。オーガがジャイアント・オーガレベルに。そしてジャイアント・オーガがギガント・オーガレベルになると考えればいい。
とてもではないが、今のぼくたちに立ち向かえる敵じゃない。
歯を食いしばると、ギリッと、自分でも驚くほどの大きな音が出た。
さすがに周囲に聞こえたりはしないだろうけど――と思ったら、レナートの視線に気づいた。
一呼吸置いて――置かないと、レナートに対して冷静に振る舞えない自分に気づく――ぼくは彼に、指示を出した。
「あと、時間はどれくらいになる?」
言われた言葉の意味が、一瞬わからなかったのだろう。レナートは一瞬呆けたような表情をした。すぐにその表情は消えたが、その一瞬のタイムラグがまた、ぼくの苛立ちを膨らませる。
「……四半刻です」
その答えは、わかっていたことだけれども。
「急ごう……」
背後から絶えず響いてくる音を無視して、ぼくは足を速めた。
ティナ、サラ、レナートがそれに続く。
頭の隅では、疑問が固まりのようになって、存在を誇示し続けていた。
曰く、
――どうしてこうなった?
※
ぼくの名前はテオ・ジーベル。
ギルド〝ムジカ〟の、一応ギルマスをしている。
ムジカはまだ結成して間もなく、構成員のレベルもそれほど高くない。この迷宮都市ミルドアにある幾千ものギルドの中でも、最下層にあるギルドの一つだろう。日々の仕事――クエストも、受けられるものは非常に限られていて、儲けも少ない。けれども、幸いぼくには大手ギルドのコネがあって、下請けの仕事を優先的に回せて貰えたりして、それほど生活に苦労はしていなかった。
幸運なことだと思う。
ギルドメンバーも、六人と、人数は少ないけれども、皆仲が良く、これから少しずつ経験を積んで、いずれは燦然と輝く〝クラウン〟のギルドたちと肩を並べるように――などと、冗談めいた話なんかもしたりして、日々のんびりと暮らしていた。
けれどもある日、問題が定義された。
「お姉ちゃんを休ませなさい!」
ある日、いつものように〝三つ葉の木彫り亭〟で集まって飲んでいると、最年少の少女、カルタ・A・シェーストレームが机を叩きながら言い放った。
顔は耳まで赤く、目は半分閉じている。
間違いなく泥酔一歩手前だった。
綺麗な金髪のツインテールをふらふらと揺らしながら、カルタは大きく吠える。
「いつもいつもお姉ちゃんばかり遊んでずるい、ってか、毎回お姉ちゃんばっかり潜ってるので負担が大変だと思うのでっす!」
空のジョッキをどんと叩く。
なんだか色々と言葉が支離滅裂だ。
「その辺をどう考えてるのですか。答えやがれこにょ坊ちゃまめ!」
びしっとぼくに向けて指を突きつけてくるのだった。
言葉は支離滅裂だけれども、言いたいことはわかっていた。
ミドルアの地下迷宮に潜る時は、だいたい四人か五人で潜っている。ギルドメンバー六人全員で潜る事なんて、ほとんどない。
そりゃ、大人数で潜る方が安全度も上がるし、体力的にも楽だけれども、色々と大変なのだ。遺跡に潜るには。具体的に言えば、ぼくら
三人で済むのなら、三人が良い。さすがに二人では、色々な意味で危険がありすぎて、行けないけれども。
一般的な話でも、バランス的には五人か六人が最適だと言われている。
ぼくらのギルドは低レベルの仕事しかやっていないので、一般的な人員より少なくても事が足りる、ということだ。
そんな訳で、遺跡に潜る時は常に一人ないし二人の留守番が出る。
ぼくも何度か留守番をして、仲間の帰りを待ったこともある。あれは中々に心臓に痛い時間だ。最初はのんびり過ごせて良いのだが、皆の帰還予定時間が近づくにつれ、少しずつ心配が募ってくる。
皆、無事に帰ってくるだろうか?
目的を達成することは、もちろんだがそれ以上に怪我、いや、命が無事か、心配だ。
このミドルアの医療技術はとてつもなく優れていて、大抵の怪我なら治してしまう。正確に言えば、医療技術というより、個人技に近いため、色々と限定されてしまうのが問題なのだが、幸いにしてぼくにはコネがある。本当に、死ななければ、どうとにでもなるだろう。
けれども、死者を蘇らせることだけは、できない。
アンデッドやらリビングデッドやらは、そこらでもよく見かけるけれども。死者を、生前の形のまま、生前の人格を持たせたまま復活させる技術の持ち主なんて、ミドルア中、どころかリドフィリア大陸中捜したっていやしない。少なくともぼくは、聞いたことがない。
だから、死の危険に溢れる遺跡へ向かう仲間たちを、心配する気持ちは尽きない。
最年少にして後衛にして、有用な戦闘ギフトをあまり持たないカルタは、留守番回数がトップだったりもする。
毎回遺跡に潜っては中々帰らない姉を待つ――その心境は推し量れない。
姉妹にとって、互いが唯一の肉親だと聞いている。
その心境は、両親がいない――そして家族と呼べる者たちとは遠く離れているぼくが、語れることじゃないし、語っていいことでもない。
そう、彼女の姉、今、カルタの空になったジョッキに、ピッチャーから麦酒を微笑みながら注ぎ込んでいる女性、アイナ・I・Y・シェーストレームは、一度も留守番をしたことがない。
真っ赤になってジョッキを一気飲みする妹を、優しい目で見つめながらアイナはずっと微笑んでいた。
彼女はギルドで唯一の回復役だった。
彼女以外は、誰も回復魔法のギフトを習得していない。
「つまりは、回復役を増やせってことだよな?」
もっともらしく頷き、骨付き肉を囓るのはゲオ・トライフ。
細身の男で、短剣使い。だが、本来の役割的にはボウガン使いの後衛。性格的にはぶっきらぼうで、どちらかと言えば乱暴で、かなり適当な所が目立つが、意外と気配りもできて、能力的にも細やかな技術に長けた、わりと便利な人材だ。前衛も後衛もこなす、器用なオールラウンダー。
「あ、あの……、あ、あたしが覚えましょうか?」
弱々しい口調で小さく手を挙げた少女の名は、サラ・ホルスト。
伝統的な魔法使いの三角帽――ただし色は赤――を目深にかぶって、帽子の鍔に隠れるように、上目遣いで皆を見ている。
急に集まった視線に、サラはさらに萎縮したように体を竦ませた。
「いや、ダメだろう、それじゃあ。サラは攻撃的魔法使いなんだから。回復魔法は、いざって時の為に取得しておいた方が良いかもしれないけど……それをメインとして考えるのには反対だね」
言うと、どこかほっとした様子で表情を緩ませた。
提案してみたは良いが、自信は無かったのだろう。それに、サラはギルドで唯一の魔法の専門家だ。他に攻撃魔法や補助魔法を使える者がいないわけじゃないが、それに特化して〝ギフト〟を取っているのは彼女一人だった。アイナほどではないが、彼女も貴重な存在だ。ただでさえ希少な魔法使いとして負担を強いているのに、回復役まで押しつけるのは、さすがに無理だ。
噂に聞く『クラウン』の魔女アイリーンやリーゼロッテなどは、たった一人で遺跡に潜って戻ってくるらしい。つまり、攻撃魔法だけじゃなく、回復魔法も行使する魔法使いなのだ。
もちろんサラは、そんな超人、もとい化け物たちとは違う。
どこにでもいるような、一般的な普通の魔法使いなのだ。
ミドルア頂点に立つシーカーたちと、同じことを求めるのは間違っているし、求めるつもりもない。
「じゃあ、師匠! ボクが覚えるっす!」
元気よく手を振り上げ、席から立ち上がったのは、ショートカットの少女ジャスティーナ・カーライル。ティナだった。彼女はなぜか、ぼくを『師匠』と呼ぶ。
そりゃあ、ぼくの方が剣の腕は上だし、一緒に特訓などする時には、ついつい指導めいた形になってしまうけれども。正式にティナに対して何かを教えた覚えはない。わりとぼくは自分の事で日々精一杯だったりするし、人に何か教えを授けられるような立場じゃないと思っている。
慕ってくれることは嬉しいけれども、そう呼ばれる度に妙にこそばゆい感覚に陥るのだった。
ティナの宣誓に、ぼくとゲオ、それにサラは目を交わした。
そして同時にティナを見る。
「ダメだろう」「ダメだな」「…………だ、だめ、です」
それぞれぼく、ゲオ、そしてサラ。
ほぼ同時に言い放ち、ティナはショックを受けて立ちすくんだ。
「どうしてっすか! ボクもギルドの役に立ちたいっすよ!」
十分に役に立っていると思う。ぼくとティナは完全なる前衛オンリーであるため、並んで戦う事が最も多い。それに、
反対されたティナは、救いを求めるように視線を彷徨わせる。
完全に酔っぱらっているカルタには周りが見えていない。となると向かう先は一つだ。
「アイナねぇはどう思うっすか! ボクが回復魔法覚えれば助かるっすよね!」
勢いよく聞いてくるティナの声に、アイナはしばし考え込むように宙を見た。
「うーん。確かにティナちゃんが回復魔法覚えてくれると楽になるけれども……」
「楽になるけれども?」
「……ティナちゃんはダメね」
「ど、どーしてっすか!」
だんっ、とティナはテーブルを叩く。
戦士のパワーで叩かれた木製のテーブルが、ミシリ、と軋む音が響いた。
アイナは何か、許可を求めるようにぼくに視線をよこした。ぼくはそれを受けて、神妙にうなずき返した。
ぼくはうなずいただけだ。何か許可を与えたわけじゃない。だから、これから起こる出来事は、彼女が勝手にしたことなのです。と予防線。
アイナは口を開いた。
にこやかに。
ギルドのお姉さんとして、慈愛を持って。
「だって、ティナちゃん、バカなんですもの」
魔法使いになるための必須条件。
バカじゃないこと。
いや、なんだそれはと言われても、迷信めいた部分もあり、基準もひどく曖昧だけれども。
魔法使いになるには総じて一定レベル以上の知能――特に計算能力が必須とされていた。
そしてティナは、おつりの計算も苦手とするほど、数字に弱かった。
「があああああああん」
ショックを受けた様子を、わざわざ擬音を口にしてまで現すティナ。
その目にじわじわと、涙が溜まっていく。
「ううう、み、みんなボクをバカにして……こ、こんなギルド出て行ってやるぅっ!!」
叫んで、右腕で目を押さえて駆け出していくが、その方向は店の出口ではなく、トイレだ。
いつものことだし、まあ放っておけばいずれ戻ってくるだろう。
ティナが突然暴走するのはいつものことだし、ギルドをやめる云々も、もはや口癖のようなものだ。口では言いながらも、ティナは相当深くこのギルドに愛着を感じているらしく、出て行く様子は全くない。これだけ色々と騒いで置きながらも、店内は店員も客も、誰もぼくたちに注意は払わず、平和なものだ。日常風景となってしまっているのだ。
ティナと同じ理由で、ゲオもダメだ。そしてアイナの妹であるカルタは、現在取得している〝ギフト〟の特性上、魔法を覚えることができない。
ぼくはしばらく考えた。
他に適任者はいない。方法にも、心当たりがない訳ではない。
頭の中で、しばらく計算し、なんとかなりそうだと、結論づけた。
時間は掛かるかもしれないが、現状では一番適当な手段だろう。
「じゃあ、仕方がない。ぼくが回復役をやるよ」
「ダメだ」「ダメよ」「ダメね」「だ、ダメ、です」
宣言と同時に間髪入れず、四つの否定が返ってきた。
「ダメっすよぉ」
それどころか、トイレの方向からもそんな声が聞こえてきたような気がした。
まさか全員から――酔っぱらっているカルタからも、一言の下に切り捨てられるとは思わず、ぼくはぽかんと口を開けた。
「ええと、それは何で?」
自分で言うのも何だけれども、ぼくはティナとは違って、計算能力にはそれなりに自信がある。
取得ギフトにも競合はなく、問題ないと思う。少なくとも、そのように振る舞っている。回復魔法を覚えることに、問題はないはずだ。
――いや、本当は問題があるのだが、ぼくはそれを知られないようにしている。そしてぼくが考えているその方法ならば、その問題も解決できるのだ。
方法はあるのだ。だから問題はない。ないはずだ。
けれども、ギルドの全員が、間髪入れずに、一斉に否定した。
それはぼくに、ぼくが自覚していない他の問題があるからなのだろうか?
心臓が高く音を立て始めた。喉が急速に渇きを覚えて、ぼくはテーブルのジョッキを手に掴んだ。
「お前が、ギルマスだからだ」
だが、ゲオの言葉は、そんな意味のわからないものだった。
「へ?」
ごくりと、喉の奥に麦酒を流し込む。
生温い苦みが胃の奥に満ちていく。
――不味い。
ゲオの言葉の、どこが理由になるのかわからず、ぼくは目を瞬いた。
だが、ぼく以外の全員には、それは十二分な理由になるらしく、皆一様に頷きあっていた。
よくわからない。
けれども、皆がそう思うのならば、それがきっと正しいのだろう。
だが、それならば回復役は誰がすれば良いんだろう。
「もう、方法がないぞ?」
ぼくの言葉に、皆、黙り込んでしまった。
場が暗くなる。
酒の席に、これはいけないな。どうにか良い方法がないものか。
「…………あ、あのぉ」
小さくサラが手を挙げていた。
「何?」
「メンバーを、増やすしかない、と思います」
小さな声は、さざ波のようにテーブルに広がっていった。
「ま、それしかないだろうな」
ゲオの言葉に、場が緩まる。
確かに、それ以外にもう方法がない。
ギルド内の少ない人員で、限られた役割を綱渡り的にやりくりするより、外から完成されたものを持ってくる方が手っ取り早い。
けれども、ギルド結成してまだ数ヶ月。ようやく皆、互いに慣れて仲良くなったこの時。初めて迎え入れようという異分子に、警戒する気持ちは、発言したサラも含めて皆が等しく持っている――不安だった。
もう少しこのメンバーだけでがんばりたかった。
けれども、このメンバーだけならば、いずれにせよ限界が来る。
どこかで新しいメンバーを入れなければならない。
わかっていたことだけれども、今までぼくたちは、あえて見ないようにして、このぬるま湯のような安寧さに留まっていたのだ。
「と言う訳で、テオ、お前のコネでがんばって見つけて来てくれ」
軽くゲオがぼくの肩を叩く。
――てか、結局ぼくが見つけるのかよ。
いや、わかってたけど。
いいけども。
「はい、師匠! 新しいメンバーには是非年下の可愛い男の子をお願いするっす! 手取り足取り優しく教えてあげるっす!」
いつの間にか戻ってきていたティナが、図々しくも詰め寄ってくる。
「ダメよティナぁ」
それを止めたのは酔っぱらいのカルタだった。
「新しい彼は、背の高い金髪の美形に決まってるんりゃから」
そして、決められてしまった。いや、決めるのは新しい回復役のギルドメンバーであって、決してカルタの彼氏じゃないんだが――というか、新しい彼氏を探してるのか? 今日、いつも以上に飲んで酔っぱらっている様子なのは、彼と別れたやけ酒って意味もあるのか? そして、アイナの慈愛の視線はすべてを知った上でのものなのか?
そうしてアイナと目が合うと、彼女はうっとりと微笑んで、言った。
「私の希望は、筋肉たくましい巨躯の男性ですわ。いつまでもティナちゃんにディフェンダーをやらせるのは、ちょっと心臓に悪いんですもの」
確かに、ティナの問題もある。ディフェンダーの存在は今はそれほど重要ではないが、これより上のレベルに行くには、絶対に必要になってくる役割だ。ディフェンダーとしての能力も持っているとはいえ、小柄な少女であるティナがその役に就くのは、何か間違っているように感じる。
だが、アイナがいうと、何か趣味的なものに聞こえてしまうのは気のせいだろうか?
ぼくもゲオも、筋肉は一応あるのだが、どちらかと言えばやせ形の体型だ。どこかうっとりと、夢見るように筋肉を語るアイナに、どこかイヤな予感が背筋を走るのだった。
表情を引きつらせながら、同じく顔をしかめたゲオと、視線がぶつかる。
「確かにな、男女比1:2なんだ。一人ぐらい男が増えても良いだろう」
まあ、今のままだったら、肩身が狭い、ような気がする。
なんとなく。ゲオの意見は重要のことのような気がした。
そして最後、サラの方を見る。
サラは相変わらず、隠れたようにかぶった帽子の下からぼくを見上げている。
どこまでも大人しい子だ。影に隠れて、人に隠れて、ひたすら過ごす。自分の意見を言うことなど、滅多に無い。どこまでも従順な少女。出会って間もないころは本当にひどかった。こちらから話しかけなければ決して言葉を発さないし、話しかけても何も返してこない事がしばしば。思えば、遠慮がちながらも今日は何度も自分から意見を言った。驚くほどの進歩だ。サラもがんばってるんだな。なんだか嬉しくなって、自然に顔がほころぶ。
――サラはお酒が効いてきたのか、顔を耳まで真っ赤に染めて、帽子の縁を持って確りとかぶり直して俯いてしまった。
あらら、酔っぱらって恥ずかしくなってしまったのだろうか?
なんだか逆のような気もするが、酔い方なんて人それぞれだ。そういうこともあるだろう。内にこもりすぎる性格さえなければ、人のことによく気づく、可愛らしい良い子なのにな、なんて思う。特にこの都市には、押しの強い女性が多すぎなのだ。その中にあって、大人しく人の影に隠れるようなサラは、非常に貴重な人材なのだ。
帽子の下に隠れながら、サラの小さな声が聞こえてきた。
「……綺麗な女の人が来るくらいなら…………男の人の方が、マシです」
なるほど。満場一致で、男性の回復魔法使いが希望なのか。
何か、違う意見もあったような気がするけれども、強引にまとめれば、そう言うことで良いだろう。
「うーん、なんとかなるかなぁ……」
ぼんやりと、さあ、誰に頼もうかと、考えながらつぶやいた。
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