第四十七話 巨大な扉

「しかしよ、コバキ。この地下迷宮ダンジョン、ヤバくないか?人が来た様子ようすがないぜ……『未踏迷宮みとうめいきゅう』じゃないか、ここ?『攻略組こうりゃくぐみ』の連中れんちゅうが来るようなところだぜ……」

 盗賊風とうぞくふうの男が、無造作むぞうさに伸びた髪をバサバサとらし周囲しゅういを見廻す。

 幸村ゆきむらたちより先に行ったコバキたちは、地下迷宮のさらに奥にいた。

「あぁ……かもな……」

 コバキは迷宮めいきゅう石壁せきへきに触れてをった。石の表面ひょうめんが艶やかにコバキたちを映している。その美しさには、侵入者を拒むような不気味ぶきみ意思いしを感じる。


 シナジノア島にある地下迷宮は、一攫千金いっかくせんきん夢見ゆめみ冒険者ぼうけんしゃたちが探索たんさくを繰り返している。都市部としぶに近い有名ゆうめいな迷宮は、すでにおおくの冒険者が探索を行っているのでおどろくような宝が発見はっけんされる確率かくりつは低い。だがその分、すでに危険きけん魔物まものわな排除はいじょされ、安全あんぜんかつ確実かくじつに少ない稼ぎを出せる場所ばしょとなっていった。

 それに満足まんぞくできない大きい利益りえきを狙う冒険者たち───腕に覚えのある実力者じつりょくしゃ、または身の程知らずの未熟者───は、なるべく知られていない、まだ探索が行われた回数かいすうが少ない危険な地下迷宮を好んだ。そのような者たちは「攻略組」とばれ、冒険者仲間の間でも一目置いちもくおかれる存在そんざいであった。


 その攻略組でも躊躇ちゅうちょする地下迷宮、それが「未踏迷宮」だ。ごくたまに、いまだだれの目にも触れていない古代遺跡こだいいせきが発見されることがあった。そこは命を失う確率がもっとも高く、それと同時どうじに大きな利益が出せる確率ももっとも高い場所であった。


「コバキよ……ここはマジでヤバイぜ。もっと仲間なかまを集めにもどったほうがいいんじゃないか?」

「だがな、もうアイツらがこの迷宮にはいるんだゼェ?」

 コバキは、幸村たちのことを言った。

「未踏迷宮に出会であえるなんて、一生いっしょう一度いちどあるかないかだゼェ?どエラいお宝があるかもしれねぇ。そいつを手に入れれば、一生遊いっしょうあそんで暮らせる金が手に入るはずだ。だが今戻ればよぉ……」

 コバキは仲間たち、ひとりひとりの顔をると、

「アイツらにってかれるかもしれねぇよなぁ?ここが命の賭け時だ。覚悟かくごしろよ」

 言って、ニヤリと笑った。

「一生遊んで暮らせる金……か……悪くないな……ウヘヘ……ヘヘ」

 盗賊風の男も相槌を打つ。薄汚うすよごれた僧衣そうえをまとった僧侶そうりょの男が言う。

「しかしよぉ、コバキ。俺たちだってガキじゃねぇんだ。欲にかられて命を落した冒険者なんて山ほど見てきただろ?」

「あぁ、そうだな……。だがよ、『未踏迷宮』だぜ!?シナジノアの冒険者の歴史れきしに名を刻んだ英雄えいゆうたちは『未踏迷宮』で名を上げた奴らばかりだゼェ?そいつらは、みんな金持ちでいい暮らししてるよなぁ?俺たちもよぉ、この迷宮でそこに並ぶチャンスだゼェ?なんて呼ばれんのかなぁ、俺たちは?さしずめ『ウェダリア迷宮の七英雄』ってとこかぁ?」

「ウェダリア迷宮の七英雄……」

 コバキの仲間六人はゴクリと喉を鳴らし、顔を見合わせた。

「そう、英雄の仲間入りだゼェ。金、名声めいせい。この二つがそろえば女もなぁ、選びたい放題ほうだいだよなぁ。地下迷宮でネチャネチャとした魔物の体液たいえきにまみれてよぉ、日銭ひぜにを稼ぐ生活せいかつからはおさらばだゼェ?賭けるしかいよなぁ?このチャンスに」

「オレは、コバキについて行く」

 盗賊風が言う。

「オレたちも行くぜ」

「同じく、わたしも」

 プレートアーマーの戦士せんしたちと魔道士まどうしが言うと

「そこまで言うならな……。その賭けに乗るわい……」

 僧侶が言った。

(たしかにココは危険な匂いがプンプンするがなぁ。オレが大儲けするためには、まずはコイツらに覚悟をきめさせねえとなぁ。うまく行ったゼェ)

 コバキは心中思うと、言う。

「すまねぇなぁ、お前たち。オレのわがままに付きあわせちまって。だがこの賭けに乗って、本当ほんとうかったと一生思う結果けっかになるはずだゼェ。さぁ、先に進もうゼェ」

 コバキたちは、さらに迷宮の奥へと進んだ。


 どれほど、奥に来たろうか。コバキたちは、何箇所かの階段かいだんを降り、数階層下へと到着とうちゃくした。そこをさらに奥へ奥へと進む。金色きんしょくの鈍い光をはな廊下ろうかへと入ると、不意ふいに明かりが灯った。その廊下の突き当たりに、恐ろしく巨大きょだいな大扉が見える。

 コバキは言う。

「あれはきっと『主の間』だな。ミノタウロスは、あの中か……」

「コバキよ、やっぱりヤバイってよ!『主の間』の主が生きてる迷宮なんてよ!ミノタウロスって言ったら、相当そうとうなバケモノだ!俺たちだけじゃ、危なくないか?主の討伐とうばつなんて数十人でやるもんだろ?」

 薄汚れた僧衣の僧侶が言った。

「……そうだな。とはいえ、きっと凄いお宝を持ってるはずだ。倒さねぇ手は無いゼェ」

「しかしよ、命あっての物種ものだねだ。殺されちまったら、どうにもならんぞ」

「ちょっと待て。考える……」

 コバキは黙って、手を口に当てた。

(……そうだな、アイツらを使うか……)

 自分じぶんおもい付きに、ニヤリと笑うと言う。

「よし、さっきの三人さんにんを待とう」

「そうか、アイツらと協力きょうりょくするのか。さっきはさんざん馬鹿にしてやったがな!素人しろとくさいとこもあったが、なかなかの腕だった。悪くない考えだ。しかし、分け前が減るな?」

「アハハハハ!」

 仲間たちが笑った。

「フフフ……そうだな。だが心配しんぱいするな。俺に考えがあるゼェ」

 コバキは、不気味な笑みを浮かべた。


 幸村たちも、迷宮の奥へと進む。コバキたち一行いっこう松明たいまつの灯りが段々と大きく見えるようになってきた。距離きょりが詰まってきている。

「な……なんで?あの感じ悪い人たち、先に行かないの?」

 ミラナは不愉快ふゆかいそうに言った。

「さぁ。わかりませんな」

 と幸村。距離は次第しだいにつまり、ついにはコバキたちが休息きゅうそくしている目の前まできた。


「よぉ!待ってたゼェ!」

 コバキは片手かたてを上げて笑いかけた。

(なにか影のある笑いだ。油断ゆだんできん男だ……)

 幸村は思いつつ言う。

「ここで何をしておられる?」

「いま言っただろぉ?待ってたんだよ、あんたらを。協力しようと思ってよ。あの突き当りに大きなとびらがあるだろ。あれはどうやら『主の間』だ」

「主の間?」

「あぁ、地下迷宮の主の部屋へやだ。冒険者ならふつう知ってるゼェ?おれも主が生きてるとこは初めてだがなぁ。ミノタウロスは危険なバケモノだ。協力したほうがお互いのためだゼェ。勝ったら、お宝は平等びょうどうに分けようゼェ」

「ギサック翁の孫も、あの中か?」

「まだ見てないからわからんが、おそらくそうだゼェ」

 幸村はそれを聞くと、ミラナと才蔵さいぞうを見た。才蔵は問題もんだいないが、ミラナは少し疲れが見える。魔法まほう体力たいりょく消耗しょうもうしたためだろう。

(油断ならんヤツラだが、ミノタウロスとかいう魔物もあなどれん。協力するしかなかろう)

 幸村は心中思うと言う。

「わかった、協力しよう」

「よし、そうと決まれば行こうゼェ!」

 コバキは、歩き出した。カツカツと廊下を歩く八人はちにん足音あしおとが響く。

 

 その巨大な扉の前に立った。高さは、大人だいにんの男の三倍はある。

 コバキは、その扉に手をかけ

「オレが開けるゼェ。武器ぶき準備じゅんびをしてくれ。いいかぁ?」

 言うと、廻りの者たちを見まわした。みな自分の得物えものに手をかける。幸村が言う。

「よかろう。開けてくれ」

「よし!……クゥ!……オラァ!!」

 コバキは渾身こんしんの力で観音開かんのんびらきの巨大な扉を押した。扉は鈍い音をたてて、ゆっくりと開いた。

 幸村とコバキたちに緊張きんちょうが走る。武器を構えた。

 だが、何者なにものの動きもなく中はガランとした広い空間くうかんだった。広い円形えんけいの部屋だ。

 みな慎重しんちょうに部屋の中へと足を踏み入れる。

 不気味な静けさだ。 

 広間ひろまの一番奥に、無造作に金銀きんぎんの宝が山と積まれている。

「すげぇ!すげぇ!あれが主の……ミノタウロスのお宝だゼェ!!」

 コバキは興奮気味にこえを上げた。その声が部屋に反響はんきょうする。ミラナが言う。

「誰もいないわね……」

 皆が周囲を警戒けいかいして、一歩いっぽづつ前進ぜんしんする。コバキが言う。

「おまえら、油断するんじゃないゼェ……」

 進むうちに広間の奥、入り口付近からは暗がりで見えなかったところに鉄格子てつごうしの牢があることに気付きづいた。その牢屋ろうやの中に三人の人間にんげんがいるのが見えた。若い男女だんじょと、小さい男の子だ。

「いた!あれがギサックさんのお孫さん!?」

 ミラナが言った。

 その廊に閉じ込められている男女が、幸村たちに気が付いた。男が言う。

「助けに来てくれたのか!はやく出してくれ!」

「おい、ミノタウロスは何処どこだ!?今はいないのか!?」

 コバキが聞いた。

「わからない!ちょっと前にどこかに行った!」

「チッ!どこにいやがる!」


 幸村は、周囲を見まわしすと小声こごえで言う。

「おかしい……静か過ぎる……」

 右手みぎて千子村正せんじむらまさの柄を握っている。


 幸村とコバキたち八人は広間を進む。その中央ちゅうおうに差し掛かった。

「ァ……アァ!」

 最後尾さいこうびにいる灰色はいいろのローブを着た魔導士が、後ろを見て声を上げた。

「あぁ!?どうした!?」

 コバキは振り返ると言う。

「あ!……ぁ…出やがったゼェ!」

 その声に皆が、後ろを振り返った。


 いつのまに現れたのか、広間の入り口の巨大な扉の内側うちがわに、人間の倍はあろうかという背丈せたけの巨大な魔物が立っていた。牛の頭に、筋肉質きんにくしつな人型の体。右手には、大人の男ほどもある巨大な斬馬刀ざんばとうを持っている。斬馬刀が、橙色だいだいいろの魔光を放っている。


「あれがミノタウロスか……」

 幸村、千子村正をく。


 ミノタウロスは、後ろ手に入り口の巨大な扉を押した。扉は鈍い音をたてて動くと、バンと大きな音を立てて閉まった。その音が広間に木霊する。


 ミノタウロスが、不気味に笑ったように見えた。

 その次の瞬間しゅんかん、首が飛んだ───

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