第四十話 机上の戦争

 アズニアに夜襲やしゅうをかけた幸村率いるウェダリアぐんはわずか百人ひゃくにん

 ダンジオを捕らえ、アズニア軍は武装解除ぶそうかいじょ投降とうこうした。だが、留守るすを守っていたアズニア軍は千を超える。百では、とても心もとない。

「オヤカタさま、この人数にんずう大丈夫だいじょうぶでしょうか?」

 アズニア城の中庭なかにわ。投降したアズニア兵たちから離れ、才蔵さいぞう幸村ゆきむら小声こごえで聞いた。

「ふむ……危ういよな」

 まだ、よるは明けていない。ダンジオとアズニア軍の者たちも、まだ相手あいて兵力へいりょくがわずか百とはおもっていない。

「夜が明ければ、こちらの手勢てぜいがわずかであることは知られてしまいます。そうなれば、大人おとなしくしていてくれるかどうか……」

 と才蔵。

 空もわずかに白んできた。

(夜明けがせまっている……まずいな)

 幸村は空をて思う。

 そこに、南より道をかけてくる足音あしおとが聞こえる。幸村と才蔵は顔を見合わせる。

「アズニアの新手あらてでしょうか?」

「わからんが、敵ならば迎え討つしかあるまい」

 幸村はさやおさめていた千子村正せんじむらまさをスラリとく。その足音が城門じょうもんへとたっした。幸村のかたなのきらめきが目に入ったか、相手がこえをかけてきた。

「幸村さんでしょ!斬らないでくださいよ!」

 見れば、腕にウェダリアの目印である白布はくふをまいている。

「ふむ、その声はダニエルが?」

「そうです!佐助さすけさんにわれて加勢かせいにきました!」

「そうか」

 夜襲成功やしゅうせいこうに備えて、ウェダリアから五百ごひゃく増援ぞうえんが佐助によって送られていた。その増援が到着とうちゃくしたのだった。

「よし、ではあとを頼む。オレはもどらねばならん」

 幸村は言い残すとうまにまたがり、数騎すうきともをつれ南へと急いだ。ダンジオに書かせた書簡しょかんをたずさえている。

(さて……アズニア軍ニ万の大軍たいぐんがまだウェダリアにいる。戦えば負ける。はたしてうまく投降してくれるのか……)

 幸村は思いつつ、馬を飛ばした。


 その日の夕には、ウェダリアの北に到着した。幸村は軍使ぐんしの印である白旗しろはたをかかげると、アズニア軍の駐屯ちゅうとんする本陣ほんじんへと向かった。

「軍使である。私はウェダリア軍を預かる真田幸村さなだゆきむらもうす者。アズニア軍を預かる将にお会いしたい」

「ほぉ、貴公きこうが……ご案内あんないしよう」

 出てきた身なりの将校しょうこうに連れられ、本陣の中央ちゅうおうにある大きな白い天幕てんまくへと通された。中には軍議用ぐんぎようの大きな机と椅子いす、そしてウェダリアの主要しゅよう城壁じょうへきとりで場所ばしょが描かれた地図ちずがはられていた。

(地図をかくしもしないか……ウェダリアには勝てると踏んでいるな)

 幸村はその様子ようすを見て思う。

 机にはアズニア軍の幹部かんぶである数人すうにんの男たちが座っていた。眼光鋭く幸村を見る。

 その男たちの中でも首領格しゅりょうかくと思われる、丸顔まるがお坊主ぼうず大男おおおとこが言う。

「私はアズニア軍、筆頭千人将ひっとうせんにんしょうのマサドラと申す。ウェダリアの真田幸村さまですな。ご高名こうめいは聞いております。ダンジオさまの前に私どもがおはなししを聞かせてもらおう。して御用ごようは?」

 幸村は、一通いっつうの書簡をり出すとマサドラに手渡し言う。

「まずは、これをお読みいただきたい。重要じゅうような文でござる」

 マサドラは、怪訝けげんそうにその書簡の表裏ひょうりを見る。

「これは……ダンジオ様からの……」

 言うと、それを開き素早すばやく目を通した。おどろきの表情ひょうじょうを浮かべると、周囲しゅういの将たちに手紙てがみを渡した。

「アズニア城がちたとは……信じられん」

 マサドラは驚き、落胆らくたんした様子である。幸村は言う。

左様さよう、間違いござらん。アズニア軍は、戻るべき城を失っております。すでにこれ以上のいくさは無用むよう無駄むだに兵を損じるばかりでしょう。どうか我々われわれに降っていただきたい」

 それを聞くとマサドラは、目を閉じ何やら考えだした。しばらくして、その細い目を静かに開くと幸村を強い眼光がんこうで見て言う。

「さて……確かにアズニア軍は武装解除し、ウェダリアに投降するというのも一つの選択せんたくでしょうな。……ですがな」

 マサドラは、廻りの将たちを見る。

「我々アズニア軍には、無傷むきずの兵力がまだニ万もあります。いかようにでも、まだ戦いようはあるはずだ」

 マサドラはニヤリと笑う。幸村は言う。

「では、どうされるおつもりか?」

「さてさて……いくさの前にその手の内をさらす武人ぶじんがどこにいますかな?」

 マサドラは苦笑くしょうした。

「いや、待たれよ。実際じっさい戦闘せんとうとなれば、いたずらに兵が死ぬ。わたしの見立てでは、アズニア軍はすでに負けている。兵のためにも投降されよ」

「フフ……本当ほんとうにそうですかな……ウェダリアの兵力は我々の調べではたかだか五千。こちらの兵力はその四倍。明日あすには総攻撃そうこうげき開始かいしする予定よていであった。今から攻めてもウェダリア城を陥落かんらくさせられるはず」

「ふむ……そうですか。攻めてこられるなら、それもまた一興いっきょうですな」

  幸村も涼しく言うと、表情は変えずにつづける。

「ジュギフのガズマス公、ザクマ公も、そのようにお考えだったことでしょう。戦場せんじょうでどちらが正しいか証明しょうめいする。それもまた一つのやり方ですな」

「我々であの『真田丸さなだまる』について調べさせてもらった。あのような砂地すなちの上にさくを建てたところで、砦として使えるとは思えませんな。戦えば、ひと揉みに押しつぶせるはず。その後、北の城壁をやぶりウェダリアを占拠せんきょする。これが無理むりとは思えませんな」

「なるほど……『真田丸』はまさしく砂上の楼閣ろうかくであるとおっしゃるわけですな。そのようにお考えならば、それもまた良し」

 幸村は表情を変えず、マサドラの目をまっすぐに見て言う。

「戦えばわかること」


(幸村のこの自信じしん……なにか秘策ひさくがあるのか?我々の調べでは、ウェダリアに負けるはずがない……だが、あの無敗むはいを誇ったジュギフの魔物一万を倒し、今も魔法まほうのようにアズニア城を落した男……なにかあるのか……)

 マサドラの額には、汗がにじんでいる。しばらく考えて口を開いた。

「……か……仮にウェダリア城を攻めずとも、アズニア城へ戻りダンジオ様を救い出しアズニアを奪還だっかんすることも出来できるはず……」

「やめておきなされ。アズニア城はご存知ぞんじの通り、難攻不落なんこうふらくと言われた城。アズニア城に立てこもる我が軍を攻めている間に、あなたがたの背後はいごをウェダリア兵を率いて私が突く。城側からの兵と、挟み撃ちにされますぞ」

 幸村は涼やかに言った。心中しんちゅうでは

(実際やってみれば、アズニアの兵数へいすう相当そうとうおおい。こちらがうまく勝てるとは限らんだろう)

 と思っているが、それをマサドラに伝える必要ひつようい。

 マサドラは苦しげに言う。

「そ……それならば、ウェダリア城を落とすまで」

「それはご自由じゆうに。勝てるとお思いならば、そうなさるがよろしかろう」

 マサドラの額に浮かんでいた汗は、大粒おおつぶになっている。

(く……この幸村の余裕よゆうは何だ。何か……まだ調べきれてない何か奥の手がヤツにはあるのか……)

「フウウ──────!!……」

 マサドラは大きく息をき出し、額の汗をぬぐった。まわりの将たちを見回し、目配めくばせすると言う。

「わかりました。アズニア城も落ち、ダンジオ公も捕らえられたとあらば仕方しかたありますまい……。投降しましょう」

「ご英断えいだんです。あなたのおかげで無駄に兵が死なずに済みます。ありがとうございます」

 幸村は言った。

(戦闘になれば危ういところだった……うまく投降してくれて良かった)

 心中、安堵あんどする。


 この交渉こうしょうにより、アズニア軍はウェダリアに投降することとなった。

 これによりアズニアとウェダリアの戦いは、わった。


 だが、まだやらねばならない事がある。

 それはアズニアとウェダリアのこれからの関係かんけいについて、決めることだ───

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る