第三十九話 大剣

「これはこれは、お久しぶりですな、ダンジオ公。数日前は、牢屋ろうや馳走ちそうしていただいた。感謝かんしゃしておりますよ……フフ」

 幸村ゆきむら右手みぎてに下げた千子村正せんじむらまさ月明つきあかりを受けて、鈍く光っている。

「幸村か……!夜襲やしゅうというわけだな……」

 ダンジオの長身ちょうしんで引き締まった浅黒あさぐろい体を、月明かりが静かに照らしている。

覚悟かくごしていただこう」

 幸村は、かたな正眼せいがんに構える。切先きっさきをまっすぐにダンジオへと向けた。

 ダンジオは三尺さんじゃくを超えるであろう大剣たいけんさやからいくと、八相はっそうに構えた。その大剣の刀身とうしん蒼色そうしょくれる光をはなっている。

魔剣まけんか……)

 幸村は間合まあいを一歩詰める。

 ダンジオの半身はんみを月明かりが静かに照らし、もう半身はやみに覆われている。幸村とダンジオ、視線しせんは外さない。

 兵たちの放つ剣戟けんげきの音が響いている。


「覚悟ね……幸村、先手せんてを打ったくらいでおもい上がるな!」

 ダンジオは鋭く踏み込んだ。大剣を振りかぶると、幸村に向けてまっすぐに振り下ろす。幸村は、刀で受け流すと左に体をかわし斬り返す。ダンジオの左面めがけて刀を振り下ろすと、ダンジオは大剣をかかげ受ける。

斬撃ざんげきが軽い!!」

 ダンジオは上段じょうだんから二撃、三撃と振り下ろす。

「ぐっ!」

 幸村が刀で受けると赤い火の粉が散り、腕がしびれる。ダンジオのけんは重く速い。ダンジオは大剣の長い間合いを利用りようして、次々つぎつぎに斬り下ろしてくる。

「おぉ!!」

 幸村はさけび、その間合いを詰めようと刀を立てて前に踏み込んだ。二人ふたりはぶつかり合い、鎬を削る力比べとなる。

 幸村の刀は二尺三寸と、ダンジオの三寸さんずんを超える大剣にくらべ短い。普通ふつう屋内おくない戦闘せんとうでは短い武器ぶき天井てんじょうに当たらず有利ゆうりだが、アズニア城は充分じゅうぶんに天井が高く、大剣もらくらく振れる。

 つまりは、離れたれば不利ふりだ。

 

 鍔迫り合いの力比べとなると、上背うわぜいにまさるダンジオに利がある。幸村は、押されだした。

「グッ!……クッ!……」

 幸村は、押し返そうとするがダンジオの力は強い。

「どうした、幸村?フフ」

ダンジオ、ニヤリと笑った。

 幸村よりダンジオのほうが、腕も剣も長い。離れれば不利なため、鍔迫り合いをつづけざるおえない。ダンジオの刀身の蒼色の光が、目に入る。

(しまったな……これは、いかん……俺としたことが不利な戦いを始めてしまったか)

 幸村は思うが、どうにも打開策がい。ダンジオは、さらに押す。一気いっきに幸村の体勢たいせいを崩して、斬りつけるつもりだ。

 しかたなく、幸村は体をかわして下がる。ダンジオは、魔剣を横薙よこなぎに振る。幸村が、その大剣の斬撃を刀で受けると、金属きんぞくのぶつかり合う硬い音が響き渡る。さらに下がって間合いを切る。

「フフ……幸村、怖気おぞけづいたか?」

「……」

 幸村は無言むごんで、刀を正眼に構えなおす。ダンジオも同じく正眼に構える。一歩踏み込めば、剣先けんさきがふれる距離きょりだ。

(死ぬわけにはいかぬが、まずいな。思った以上の使い手だ)

 幸村は思う。一瞬いっしゅんのちにはどちらかが死ぬ間合いへと踏み込む呼吸こきゅうをはかる。


 そこに階段かいだんをこちらに駆け上がってくる足音あしおとがした。

(くそ!ウェダリア兵だと、やっかいだ!)

 その音を合図あいずにダンジオは踏み込んだ。風を切って大剣を振り下ろす。

「クッ!」

 幸村が受けると、一歩下がる。壁に背がついた。

「もらった!」

 ダンジオは幸村の胸めがけて突きを入れる。幸村は転げてかわす。大剣が硬い石壁せきへきにぶつかり、ダンジオも体勢を崩すが倒れた幸村に腕力わんりょくだけで大剣を叩きつける。幸村はそれを刀で受けると、はいつくばって距離をとった。


 幸村が振り返ると、階段を駆け上がってきたのはアズニアのよろいを身につけ、長剣ちょうけんをかまえる一人ひとり騎士きしであった。

(これはもうダメか……)

 ダンジオほどの剣士けんし相手あいてに、さらに敵が現れれば勝ち目はない。

「幸村よ、どうやらオレの勝ちだな」

 ダンジオは、ゆっくりと大剣をかつぎ立ち上がる。アズニアの騎士にう。

助太刀すけだちせよ」

 幸村も、その騎士に目をやる。

「……」

 騎士は答えない。ダンジオは苛立いらだこえを荒げた。

「おい!どうした!」

 騎士は無言のまま、前に崩れちた。石の床と鎧がぶつかる重い音が響く。

 その騎士の後ろには、血の滴るナイフを右手に握った黒ずくめの男が立っていた。顔も黒い布に覆われている。


「おまえは……何者なにものだ?」

「……」

 黒い男は何も言わない。

「ダンジオ公、投降とうこうしてください」

 幸村は立ち上がり言った。

「何だと?」

「あの忍びは、我が家中かちゅうの者で霧隠才蔵きりがくれさいぞう。その腕、日ノ本一と言われた術者じゅつしゃです。あの者とこの幸村を同時どうじに相手にするのは無理むりでしょう」

「ほぅ……やってみねばわかるまいよ!」

 ダンジオは幸村に大剣を振り下ろす。幸村は刀で大剣をすりあげると一歩右へと出て体をかわす。

「ぐぅっ!!」

 ダンジオの右肩に鋭い痛みが走った。次いで右腿、右ふくらはぎに痛みが走る。姿勢しせいを崩し、大剣をった右手が下がる。

 その瞬間しゅんかん、幸村はダンジオが剣を持つ右手を、蹴り飛ばした。

「ウッ!」

 ダンジオは呻くと、大剣をり落とす。蒼く光る大剣が廊下ろうかに転がる。幸村は大剣を蹴り飛ばすと、ダンジオの首筋くびすじに、千子村正を突きつけた。

 ダンジオは幸村の顔を見上げた。

 月明かりを背負せおった幸村は言う。

「あなたは強い。一人では負けていた……」

 ダンジオの右肩、右脚みぎあしには投げナイフがささっていた。才蔵さいぞうが放った投げナイフが、ダンジオを捕えたのだった。

 

「才蔵、縄を。縛りあげてくれ」

 幸村は言った。才蔵はダンジオに近づくと、手際てぎわよく後ろ手に縛りあげた。才蔵は一言いちごんも発しない。ダンジオは、その男が「キリー」であることに気が付かなかったであろう。 


「ダンジオ公を捕えたぞ!アズニア兵は武器を捨て投降せよ!」

 幸村とウェダリア兵は、大声たいせいびかけた。城の中庭なかにわに、捕らえられたダンジオがいるのをると、アズニア兵は戦意せんいを失い続々ぞくぞくと投降してきた。


 アズニア城は、落ちた。

 

 だが、まだウェダリアの北には、アズニアぐんニ万が駐留ちゅうりゅうしていた───

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