第三十六話 使者

「アズニアより、ナウロラさまの使いとして罷り越した。キリー・ガクレル三世さんせいでござる。ダンジオ公にお目通りを」

 霧隠才蔵きりがくれさいぞううまを飛ばして、その日の深夜しんやにはウェダリアの北へと到着とうちゃくすると、アズニア軍本陣ぐんほんじんを訪ねた。

 南をれば、篝火かがりび煌々こうこうかれたウェダリア城が見える。その篝火の光が、くれない金色きんしょくの鷲の描かれたウェダリアの旗を照らしていた。


 新参者しんざんものではあるが才蔵さいぞうのはっきりとした顔立ちは、アズニアぐんの者たちにもく覚られえていた。すぐに中へと通された。通されたのは軍議ぐんぎを行うための、広い天幕てんまくであった。

「む、キリーか。どうした?こんな夜中よなかに」

 深夜にもかかわらず、ダンジオと千人将せんにんしょうたちは机に地図ちずを広げ、ウェダリア攻略こうりゃく作戦さくせん検討けんとうしていた。予想外よそうがい防御施設ぼうぎょしせつ真田丸さなだまる出現しゅつげんしたことにより、それを考慮こうりょした作戦を練り直していたのだ。

 才蔵は、アズニアに奇妙きみょううわさが拡がっていることを伝えた。ダークエルフの偵察部隊ていさつぶたいが来ている。もうすぐジュギフの大軍団だいぐんだんが攻め寄せてくると。

 ダンジオは鼻で笑った。

「そんなこと、ありえんだろう。地理的ちりてきに考えても、西のナギアを攻めているジュギフが、アズニアを攻めようとおもったら、ここウェダリアを通らねばならん。まったく、バカバカしいはなしよ」

左様さよう、ダンジオさまもうされること、ごもっともです。なれど民たちには、それがわかりませぬ。アズニアから出たこともない者たちが、ほとんど。地理ちり理解りかいしている者たちは、ごくわずかです。たまたまダークエルフの落人おちゅうどがアズニアに紛れ込んだために拡まった噂でしょう。ですが運悪うんわるくダンジオ様とアズニア軍の留守るすと重なった。それにより、民たちの不安ふあんが増しております」

「ふむ、そうか」

 ダンジオは、椅子いすの肘かけについた左手ひだりてを、あごっていく。

「ナウロラ様がおっしゃるには、ダンジオ様に一日いちにちだけでもおもどりいただきたいと。お戻りいただき、国王こくおうとアズニア軍の姿を見れば、民たちはジュギフの大軍たいぐんが押し寄せたとて心配しんぱいないと分かるはず」

「……」

 ダンジオは、朗々ろうろうと語る才蔵を無言むごんで見ている。才蔵はう。

「今はウェダリア攻めの大事だいじな時なのは重々承知じゅうじゅうしょうちしておりますが、一日だけで結構けっこう。お戻りいただければ、アズニアの民はみな安心あんしんいたしまする」

「バカバカしい!そんなことで戻れるか!ナウロラもそのような事で使いを出すとは、無駄むだなことをしおって!何を考えているのだ!」

 ダンジオは苛立いらだち言った。

 そこに千人将の一人ひとり丸顔まるがお坊主ぼうずアタマの大男おおおとこマサドラが言う。

「ダンジオ様、ちょうど真田丸のについて数日時間すうじつじかんって情報じょうほうを集めねばならんと、話していたところではないですか。その間にアズニアに戻られてはいかが?なるべくはやくウェダリアを制圧せいあつしたいところですが、時間じかんがかかってしまった時アズニアの動揺どうようが響くやもしれませぬ」

「うむ、気は進まんが……だがマサドラの言うことも一理いちりあるかも知れんな……」

 ダンジオは不機嫌ふきげんそうに黙った。マサドラとばれた丸顔の男は言う。

我々われわれで真田丸の調査ちょうさつづけます。その間、ダンジオ様には一度いちどアズニアへ戻られて事態じたい収集しゅうしゅうしていただき、その後にウェダリアへの総攻撃そうこうげき開始かいしする。この手はずでいかがですかな?」

「そうするか。ならば今すぐ戻る。オレが居なくなったことをウェダリアの連中れんちゅうに知られたくない。ともはいらん」

 言うなりダンジオは、大剣たいけんびると馬へと向かった。

「お一人では危のうございます!何人なんぴとかはお連れください!これ!ダンジオ様のお供をせよ!」

 マサドラが言うと、数人すうにん騎士きしたちが慌てて支度したくを始めた。

「では、私もお供いたします」

  才蔵は言うと、ダンジオに続いた。

「ダンジオ様、道はどちらを?」

旧街道きゅうかいどう古臭ふるくさくて好かん。新街道しんかいどうだ」

 ダンジオは、馬にまたがりつつ言った。


 佐助さすけの元に、一通いっつう書簡しょかんが届いた。佐助は、その書簡を手にとって見る。宛名あてない。ただ一文字ひともじ黒黒くろぐろとしたまんじが書かれている。

(卍か……才蔵の忍びじるしか……)

 佐助は書簡を開く。神代文字じんだいもじによって、その内容ないようが書かれていた。忍びの者たちが使う暗号あんごうである。

(コチラに来てから、この字を見るのは初だな)

 佐助はクスリと笑った。内容を確認かんにんすると幸村ゆきむらの元へと向かう。


 幸村はウェダリアの北の城壁じょうへきの塔から、アズニア軍の本陣ほんじんの灯りを眺めていた。

御館おやかたさま、才蔵から連絡れんらくが入りました。ダンジオ公は今から新街道でアズニアへ戻り、一日滞在いちにちたいざい。その後ウェダリアに戻り、総攻撃の指揮しきをとる予定よていとのことです」

 幸村は、ニヤリと笑って言う。

「ククク……サスガは才蔵よ。なんとか手の打ちようが出てきたわい。佐助、留守を頼む」

「御館さまは、どちらに?」

「きまっておろう。アズニアよ」

 幸村は、選りすぐりの騎兵百騎きへいひゃっきを連れ、夜陰やいんに乗じてひそかにウェダリア城を出た。

 旧街道を一路北いちろきたへ。

 アズニア目指めざして、馬を飛ばした───

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