光射す海、星降る大地

悠宇

序章

プロローグ

 中央区にある政府の執務室の一番奥、上等な椅子に座る男が眉間の皺を深める。刻まれた皺の数は男の苦難の数を物語っているかのようだ。

「ゼノの内乱はまだおさまらないのか」

 マービリオン共和国は七つの都市と中央区で構成された、周りを海に囲まれた海洋国家だ。王国として栄えたこの島国が共和国となり二十年の月日が流れた。各地に残った革命の傷跡は最近ようやく消え始めたが、地方にいくほど生々しい惨状であった。

 男は嘆息混じりに問いかけながら、両指を絡ませて手の甲に額を乗せた。そして憂いのある目を、優雅にソファに腰掛けた一人の青年へと向けた。

 短く切り揃えられた銀髪に碧色の瞳、そして甘いマスクは劇場俳優と紹介されても疑問を抱かせない。そんな見目の良い青年は厳しい視線を送られても動じる様子なく、柔和な笑みを浮かべた。

「現在海軍の派遣準備をしているところです。準備が終わるまで三日はかかるかと」

「海賊ごときに時間をかけるな、コーネリアス提督」

 国の南端にある海軍都市マレから北端にあるゼノ市まで、海軍の誇る最速船を用いても二日はかかる。準備期間を合わせれば、ゼノにたどりつくまでに最低でも五日を必要とした。

 提督という名称には不釣り合いなほどに歳若い青年は、名を呼ばれ唇を吊り上げる。

「大統領閣下、焦りは禁物ですよ。ごとき、と仰いますが相手は海賊王と呼ばれる男。一筋縄ではいかないでしょう」

 長い脚を組み替えた不遜な態度に、大統領と呼ばれた男は一瞬だけ眉を顰めた。しかし咎めることはせずに吐き捨てる。

「貴殿もゴシップ誌などを読むのか」

――海賊王がゼノ市を制圧。傲慢市長、ついに陥落!

 部下が差し出した、華々しい文字体が踊りだすゴシップ誌を破り捨てたのはつい最近の話だ。

「それくらい読みますよ。それに新聞よりも面白いですし」

 政府や海軍の手が入った状態で配布される新聞に、彼らが目新しいと感じる情報などない。けれど、嘘と真実が交じり合った内容に目を通すのは、単純に彼の趣味であった。

「今回は私が出ます」

「なに? 珍しいな」

「第三艦隊の提督ともあろう私が、最近は陸の男となりかけていましたし。なにより――久しぶりの逢瀬ですから」

 青年の瞳の奥に仄暗い炎を見つけて、男は息を呑む。

 眉間の皺をさらに増やした男を一瞥した後青年は立ち上がる。その様子を不審そうに見た男へ、歪んだ笑みを返す。

 男が思わず目を逸らすと、青年はそれ以上なにも言わずに会議室をあとにした。

「……相変わらず何を考えているか読めん若造だ」

 大統領という地位につくまでに地獄を何度も見てきた男でも、たまに青年を恐ろしく感じる時があった。

 実力主義といえる海軍のなかで、二十八歳という年若い青年が重要なポストに就くためには相応の功績が必要だ。家名だけでなく、その功績を上げたからこそ青年はいま提督という地位にいることを男も良く知っていた。

「私はどこで間違えたのだろうか」


 飢饉に瀕する民たちをみて男は立ち上がり、革命の道を走り大統領となった。それを後悔したことは無いが、時折自分の行っていることを恥じることはある。

 男の嘆息が執務室に響き渡るも、それを聞きとがめる者はいなかった。

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