黒い君
「霧から逃げなさい。暗い方へ、暗い方へ走るのよ」
姉は口癖のようにそう言っていた。
クラスメイトに剣稲荷の噂を聞こうにも、みんなしてはぐらかす。結局、詳しい内容はわからないまま放課後になってしまった。
今日は部活もないし、絵空島に話しの続きを聞くことはできない。本当は休み時間とか会いに行けば良いんだけど、私はあいつのクラスを知らない。探しても良いんだけど、十クラスもあるから探すの大変だし無理だね。また明日にでも聞くしかないみたいだ。
もう一度、あの神社に行くしかない。数少ない姉の手がかりなのだ。確かに噂は怖い。でも姉については知りたい。またあの謎の男に会ったら聞いてみるというのも手だ。
神社の近くに来る頃にはだいぶ霧が出てきてしまった。完全に暗くなる前に家に帰れれば良いんけれど……。
霧が立ちこめていて階段の上にあるはずの鳥居がぎりぎり見えない。なんて濃い霧なんだろう。
「なあ、」
低い女性の声。
「この上の神社に用でもあるのか」
黒い女性。鳥居があるだろう場所と一番下にいる私とのちょうど真ん中に彼女はいた。階段に腰をかけじっとこちらを見ている。なぜど真ん中に、こんなに存在感があるのに気がつかなかったのだろうか。彼女の鋭い眼光に食いつぶされそうだ。
「今日、上に行くのはやめておけ」
「……」
「……霧が出ていると危ない。足を滑らして落ちかねんからな。話しなら私が聞こう」
「ここの神社の関係者でしょうか?」
「そうとも言えるし、違うとも言える」
何とも曖昧な答えだ。
それにしてもこの女性、どこかで見たことがある気がする。気がするだけだろうか。
「……十年前の失踪事件について調べたいんです」
「十年前……。ああ、女子高生の」
見た目の年齢はいまいちわからない。年若くも見えるし、それなりに年を食っているようにも見える。声の若さからして二十代後半、だろうか。自信はない。宵闇のように黒く長い髪を無造作に地面へ泳がせている。見た目もさることながら雰囲気もどこか作り物めいて、人間には見えない。気がする。
「何か知っていることはありますか」
「君が知りたいことにもよる。何が知りたい」
「十年前に失踪した女子高生の、最後の目撃場所がここでした。もしかしたら、姉はこの神社に行ったかもしれないと思って」
「ふむ。確かに十年前、ちょうどこのぐらいの時期、霧が濃い日に女子高生が鳥居を潜っているのは知っている。だが、それが
「それっていつの日か覚えてませんか」
「何せ十年も前だ。詳しい日付は知らん。」
黒い女性は表情を変えずに淡々と答える。まるで機械みたいに質問内容を消化しているみたいだ。
「では『狐の嫁入り』について、知っていることはありますか」
この質問に対して、黒い女性は初めて表情を変えた。眉をひそめ怪訝そうな顔。威圧感が上昇した。
「なるほど。君は『女子高生失踪事件』と『狐の嫁入り』は何かしら関係があるとみているんだな」
「まだそう決めたわけではないです。ただ、そういう噂を聞いたので気になったんです」
「そうか。だが、それについては答えられない。私は答える術を持っていないからな」
「『知らない』ではなく『答えられない』、ですか」
何とも不思議な言い方だ。知っているのに答えられないということだろうか。
「そうだ『答えられない』だ。『狐の嫁入り』についてはよく知っている。だが『狐の嫁入り』の話しはここ数十年聞いたことはない。私が知っている限りの話しだがな」
聞けば聞くほど変な言い方をする女性だ。いまいち理解できないのは私がバカだからだろうか。
それに、この女性は何を知っているの? どこまで知っているの?
「さあ、もうすぐ
「あっ! まだ話しは――」
「私はコウ。また会ったときにでも続きを聞いてやるさ」
ああ、思い出した。今朝会った謎の男とそっくりなんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます