姉の影



「夜は危ないの。だから夜に外へ行ってはいけないよ」



 姉は毎晩そう言っていた。





 一朝一夕で見つかるわけがないってわかってた。

 十年前、警察も近所の人もさんざん捜索したのだ。それなのに昨日今日で見つかるはずがない。そうわかっているはずなのに、こうも手がかりが掴めないというのは悔しい。


 あの神社にいた『コウ』って人、いったい何者なんだろうか。……これは予感でしかないけれど、あの人は姉のことを知っている気がする。いや、姉のことを知らなくても何かしら姉にたどり着くための情報をもっている気がするのだ。確実な証拠とかはない。ただの勘でしかないけれど。

 それに、今朝会った男とすごく似ていたのが気になる。性別も髪の色も髪の長さも違うけれど、兄弟か親戚なんじゃあないかと思うぐらいそっくりだった。『コウ』って人が話さないなら『剣』って人に聞いてみるのも有りかもしれない。



 夜は更け、夜中と言って差し支えのない時間帯になってしまった。提出課題をやりながら今日の出来事をまとめていたらこんな時間になってしまったようだ。絵空島が言っていた噂、夕方の神社にいた『コウ』という謎の女性、『コウ』によく似た『剣』という男。


 謎を解き明かしたいのに調べれば調べるほど謎が深まるばかりだ。


 そして考え事をすればするほどお腹が空いてしまう。夜食でも作れば良いのかもしれないけれど、私が食べたいのはご飯ではなく甘いものだ。

 夏のように暑くはないけれど無性にアイスが食べたい。だが、そういう時に限って冷凍庫にアイスが入っていないものだ。


『夜に外へ行ってはいけないよ』


 姉のその言葉が頭をよぎる。私だってもう十七だ。もうそこまで子どもじゃあない。あのときの姉と同い年なんだ。


『夜は危ないの』


 私は頭にひびく声に聞こえないふりをした。





 やはり夜中だからなのか、人っ子一人歩いていない。

 それに今夜は霧が濃いようだ。


 この街はそこまで栄えていない。住宅街が立ち並んでいるとは言っても空き地は多いし、ちょっとした田舎っぽいのがこの街なのだ。

 だからかもしれないが、街頭が少ない。近くのコンビニまでは、歩いて四、五分程度。さいわいスマホのライトで照らせる程度だし、自販機の明かりもあるから問題は無いけれど。でもちょっと怖く感じるのは私だけでは無いはずだ。

 それにしても今日は一段と暗く感じる。今日は新月なのだろうか。さっさとアイス買って帰りたい。



「らっしゃっせー」


 思っていた以上に店の中は混んでいた。こんな時間帯なのに六人も客が来てるなんてびっくりだ。店員ぐらいしかいないと思ってたのに。

 ……なんだろう。なんだかよくわからないけれど、ものすごい寒気がする。アイスはやめてプリンか何かにしようかな。


「のう、知っておるか」


 一人の客が言った。ざわめく店内なのになぜかそこだけ拡張されたようにはっきりと聞き取れたのだ。若い人しかいないはずの店内にしゃがれた老人のような声が響く。

 おかしい。何かがおかしい。


「前にお狐公きつねこうが人間を娶ったじゃろう」

「おうおう、そりゃわしも聞いたことあるぞ」


 店中の客が自分も自分もと声を上げていく。みんなしてしゃがれた声だったりボイスチェンジャーで変えたような変な声ばかりだ。何。どういうことなの。


「あの娘子は偽物じゃった」

「逃げおおせたというのかえ」

「大変じゃ! 一大事じゃ!」


 逃げたい。今すぐにも逃げたいのに怖くて動けない。

 怖い。怖い怖い怖い。ここはコンビニのはずだよね。気持ちが悪い。得体の知れない『ナニカ』がここにいる。

 なんなのここ。いったい何がおきているの。お願いだから夢なら醒めて……!


黒獅子くろししさまとそっくりじゃったろう!」

「あれが偽物じゃったとしたら本物はいずこにおるのじゃ」

「本物の『――』さまはどこにおるのじゃ!」


 姉の言っていた『夜は危ない』ってそういうことなの?

 店の客も店員もよく見たら人間じゃあ無い。なんで気がつかなかったの!

 店の中にいる私以外の『人』はみんな『人』じゃあない。頭が犬だったり蛙だったり、はたまた名状しがたい生き物だ。よく見たら商品も日本語じゃあない。まったく見たことが無い文字だ。


「やれ、そこにいるのは『ニンゲン』かえ」


 しまった! 店中の視線は出入り口にいる私に余すこと無く注がれている。これは逃げなきゃ。


「ニンゲン! ニンゲンか!」

「久しぶりの生き肝か!」

「やれ、逃げるな小娘」

「それ捕まえやれ。捕まえやれ」


 私は店を飛び出す。来たときより霧が濃いうえに街頭の光が見えない。どういうことなの。後ろから声が聞こえるけど振り返らない。振り返ったらきっと捕まる気がする。

 明るい方へ行こうとすればそっちには変な生き物しかいない。自然と暗い方へ逃げるしか無い。


「こっちよ! さあ早く!」


 走っている最中、どこからともなく姉の声が聞こえた気がした。回りよりいっそう濃い闇の奥、私と同じぐらいの女性がが立っている。

 藁にもすがる思いだった。迷うこと無く女性の手を掴んだ。

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