008 - hacker.discuss(business).with(boss);

「すごいっ! マギランゲージだけで水を出すなんて!」


 ボスが大げさに驚く。僕がマギランゲージを書いて生成した水の球を、あちこちから眺めては感嘆の声をあげている。恐る恐る水球に手を入れると、思ったよりも冷たかったのだろう、「ピャッ」と変な声を出してすぐに引っ込めた。

 僕は書いたコードが一発で動いた事に安堵していた。マギランゲージの解説本には水の生成方法なんて書いていなかったが、風を吹かせるコードと水を操るコードの具体例が載っていたので、風の生成部分を水に書き換えつつ、凝縮させるコードを書いてみたのだ。


「これで、水生成のマギサービスへの登録は要らなくなりましたね」

「君ってやつは……。自分がどれだけとんでもない事をしたのか、理解しているのか?」

「え、どういう事ですか?」


 僕が書いたコードは、決して難しいものではないはずだ。本を読んでちょっと応用すればすぐに誰でも書けるレベルのものだと思う。


「いいか? 水の生成は、長い間実現できていなかったマギサービスなんだよ。今でこそ当たり前になっているけど、実現できたのは十年ぐらい前の話で最近といってもいい」

「は? じゃあ、それまではどうしてたんですか?」

「井戸というものを使ったり、河川から水を引き入れたり、その水を転送マギサービスで運んだりしていたんだ」

「え、だって、そんな難しいコードじゃありませんよ? 本を読めば誰でも簡単に思いつくと思うんですけど……」

「そんな事はないさ。そこら中から水が取り出せる事に気がついたのが、最近の話なんだ」

「あ……」


 そういえば、大気中に水分が含まれているなんて、科学知識がないと理解できないだろう。僕からすると、空気の代わりに水分を操って凝縮すれば水の塊が出来るのは自明の理なのだけれど、この世界の人達にとっては見える物が全てなんだ。

 目の前に最初から水があれば、それを操ろうと思うのは自然だろう。でも、目に見えない物を操ろうという発想はなかなか出てこない。どうしたって常識が邪魔をする。


「君がもっと早くこの国に来ていれば、この国の水事情は大幅に改善していただろうな」

「は、はは、大げさですよ」

「ふふ、私の目に狂いはなかった! 君を我が社に迎え入れられたのは、僥倖といってもいいだろう! ああ! 神よ感謝いたします!」

「お、落ち着いてください……」


 駄目だ、完全に暴走している。誰かこの暴走プロセスを kill -9強制終了 してくれ。


//----


 なんとかボスを宥めると、買ってあったパンを朝食として摂ってから、本格的に会社としてどう動くかを話し合う事になった。


 ちなみに、物議をかもした僕の水生成コードだが、親切なことにマギデバイスに保存する機能まで付いていたので入れておいた。それにしても、マギデバイスの高機能っぷりが凄い。こんな小さい物体で、コードを書いてその場で実行できるなんて、プログラマにとっては垂涎のデバイスだろう。きっと高名なマギハッカーの作品に違いない。

 水生成のコードを書いたが、それをそのままマギサービスとして提供するわけにはいかない。水生成のマギサービスは国によって運営されているし、使用料も安く抑えられている。この分野で参入するのは自殺行為だろう。


「方針としては二つ考えられると思います」


 僕は二本指を立ててボスにピースサインを向ける。


「一つは、既存のマギサービスを模倣しつつ、従来の使用料よりも安く提供する事」


 ホワイトボード代わりに開いたマギデバイスのスクリーンに、「方針1.模倣して安価提供」と書き込む。マギランゲージ以外も書き込める事を発見したのだ。他の人達もメモとして活用しているらしい。なんだこの万能デバイス。


「うむ。マギサービスの使用料を下げて、誰でも使えるようにするのが私の夢だからな。その方針なら目的に沿うだろう」

「ええ。ただ、懸念点がいくつかあります。まず、完全な模倣というのは難しい事。いくら高いマギサービスの代わりになっても、以前よりも不便になるなら乗り換えてくれる人は少ないかもしれません」

「なるほど。だが、私達が対象とするのは既存サービスの利用者ではなく、新規の利用者なのだから、それは大きな問題ではないな」

「そうですね。まあ、売り込むターゲットを明確にするのは重要な事なので」

「……ちょっといいか?」


 そう言ってボスが手を挙げる。


「なんだか、君は随分とこういった事に慣れているようだが……」

「あ、そ、そうですね……その、前職での経験と言いますか……」


 便利屋扱いされて資料作りを手伝う事もあったため、こういった営業紛いの事にも多少は詳しくなった。とはいえ、門前の小僧である事には変わりがない。本職であろうボスからすれば、迷惑だったかもしれない。


「すみません、出しゃばってしまって……」

「何を言う! むしろ君が商売の話まで出来るなんてラッキーだ! 遠慮せずにバンバン意見を出してくれ!」

「わ、わかりました」


 コクコクと頷いて、話を続けることにした。


「模倣による懸念点の二つ目は、模倣という行為自体のイメージの悪さです」

「うむ……確かに、人の真似ばかりしている奴は信用ならないな。だが、それで救われる人がいるのも間違いない。安く提供していれば、認めてくれる人達も増えていくだろう」

「また、法律的に問題がないのかどうかも気になっています。特許権や著作権というものはないのでしょうか?」

「特許権? ああ、発明保護法のことか。君の話す言葉は時々難解だな。それに関しては問題ない。公共性の高いマギサービスは発明として保護されない事になっている。そうしないと、最初に作ったもの勝ちになってしまうからな」

「言葉についてはすみません、まだ慣れていないもので……。発明保護法についてはわかりました。著作権は、創った物を排他的に利用できる権利のことです」

「うむ、それは創作保護法だな。そちらもやはり問題ないと思うがな。もちろん、既存のマギシステムのコードを盗んで丸ごと模倣するような真似をすれば問題だろうが、君なら外から見ただけで再現できるだろう?」

「……たぶん、ですが」


 僕の自信なさげな返事に、ボスは呆れた顔になる。


「おいおい、さっきの自信満々の君はどこにいったんだ」

「うう、すみません。コードを書いてる間は大丈夫なんですが……」

「君も大概変わった奴だな。ふふ、だがそこがいいじゃないか」


 ボスが僕の気の弱さを個性として認めてくれるのが本当にありがたい。前職の上司は、僕に自信があろうがなかろうが関係なく仕事を押し付けてきたが、彼女の場合は僕への信頼の裏返しのように感じる。我ながら単純なものだと思う。


「続けます。最後の懸念点なんですが、既得権益者からの反発です。特に模倣されたマギサービス提供者は、表裏問わず干渉してくるはずです」

「そうだな。それについては大いに気になる部分ではある。最悪、暴力に訴えてくる可能性も考えられる。そうでなくても、嫌がらせは度々あるだろうな」

「僕は見ての通り武術の心得もありません。ボスが街中で襲われたりしても、守る事ができないかも……」

「ふ、ふふふ……君が私を守ってくれるのか」


 最後の方が小声になっていく僕に対して、にやけて笑い出したボスを見ると頬が熱くなる。


「いや、すまない。まさか私を女性として扱ってくれるとは思わなくてな。見ての通り、昔から男に間違えられるぐらいだ。両親からは散々矯正されたのだが……いや、関係ない話だったな。ふふ、心配してくれてありがとう。ボディーガードについては心当たりがある。君も含めて守ってもらうから安心してくれ」

「そ、そうですか……ならいいんですが……」


 あまりの恥ずかしさに俯いてしまう。ボディーガードか。きっと僕とは比べ物にならない屈強な男なんだろうな。キャロルとの会話を思い出す限り、交友関係も広そうだし、僕なんかより頼りになる男性をたくさん知っていそうだ。


「ふむ……懸念点はあらかた出尽くしたか。だが、確かに模倣から始めると世間の反応は厳しくなりそうだな。ポッと出の私達には少々荷が重いかもしれない」

「は、はい。そこで、二つ目の方針です」


 ホワイトボードの方針1の下に、出てきた懸念点を書き込んでおき、さらにその下に「方針2.新規サービスで知名度を上げる」と書き込む。


「まだ創られていない新しいマギサービスを提供します。このマギサービスは出来る限り安価にして、利益は二の次にします」

「ほう」


 ボスがニヤリと不敵に笑う。図書館で初めて声をかけられた時の事を思い出すな。


「安価で便利なら、登録者は集めやすいでしょう。そうして、まずは登録者を増やして会社の知名度を上げるんです」

「ふむ、知名度を上げるとどうなるのかな?」


 ボスは先ほどから僕の考えをあえて語らせている気がする。ボスなら先回りして答えを出しているだろうが、それを話してしまうと僕のやる気が削がれてしまうのを危惧しているのか。それとも、僕の積極性を引き出そうとしているのか。どちらにせよ、僕に気を使ってくれているのは間違いない。


「知名度が上がれば、まず社会的な地位を確保できます。既得権益者達も多少は手が出しづらくなるでしょう。例えば、庶民の味方となるようなマギサービスを提供すれば、それを潰すという事は庶民を敵に回す事につながります。特に教会などは困るでしょうね」

「かといって、自分たちの既得権益が侵されなければ積極的に手を出す理由もない、か」

「ええ、そこが模倣と異なる点です。新規サービスなら、とりあえず敵対者は減らせます」


 ボスはうんうんと頷いて、同意してくれているようだ。


「さらに知名度を上げるメリットとして、僕達の次に出すマギサービスも注目されやすくなります。最初のマギサービスで高品質なサービスを提供して利用者の信頼を勝ち取れば、より効果は高まるでしょうね」

「なるほどな。一種のブランドを作り上げるという事か」


 やっぱりボスはわかっているな。安価かつ高品質なサービスでブランドイメージを作り上げるというこの戦略は、地球でも検索エンジンで有名な大企業が採用している。圧倒的な技術力を集中させて革新的なサービスを開発し、それを徹底した自動化でコスト削減し、無料で提供する。すると当然ながら利用者がそこへ集中する。そして、新しいサービスを横につなげていくのだ。

 検索から広告へ。検索から地図へ。メールやカレンダーから、法人のオフィス向けスイートへ。モバイル向けOSから各種サービスへ。そうやってサービスの環を拡げていく。

 広告や法人向けのような一部のサービスはしっかりとお金を稼ぐため、その収益を他の無料サービスの運用費に回している。インターネットというのは人を集めれば集めるほど収益につながりやすいので、この流れを止めるのはなかなか難しい。

 ある意味ダンピング不当廉売のような手法だが、もはやなくてはならないレベルで生活に密着しているので、止められると困る人や企業が大勢いる。時折、EUが独占禁止法に違反していると警告を出しているが、梨のつぶてだ。当分の間は、彼らの独壇場だろう。


「だが、その方針を採る場合、最初のマギサービスが肝心となるだろうな。私にも新規サービスの腹案の一つや二つはあるが、その様子だと君も何かアイデアがあるんじゃないか?」

「はい、一つ考えがあります」


 そして、僕はポケットからある物を取り出す。


「人々の生活に大きく役立ち、人々の生活を大きく変えるもの」


 それは手のひらに収まるほどの大きさで、無限の可能性を秘めた物。


「電話です」

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