075 - hacker.play(tag);

 金髪の髪を垂らして、ぼんやりと立っているように見える青年。しかし彼のマギランゲージにおける実力は折り紙つきである事がわかっている。けっして油断できる相手ではない。

 彼の口にした『おいかけっこ』、そのルールが地球のものと同じかどうかはわからないが、脳内翻訳を信用するなら相手を捕まえれば勝ちである事は変わりないだろう。僕が捕まえようとする側、彼が逃げようとする側だ。


 いくら治療マギサービスを停止させた犯人とはいえ、捕まえるのに負傷させるわけにはいかないだろう。そういう意味で僕はハンデを抱える事になる。

 そもそもこのマギゲームに閉じ込めたのだって、一種の監禁行為ともいえるのだ。逮捕権を持っていない僕が、犯人だからといって相手を監禁したり拘束したりする事は、本来なら法律上は許されない。

 ただし、相手が犯行を起こした現場にいあわせ、なおかつ逃走の可能性があるなら、その場にいあわせた人物が現行犯逮捕する事も可能とされている。今回のケースは結構グレーゾーンに近い。どちらにせよ、これ以上は犯人に危害を加えるべきではないだろう。


 こちらが先手を取るつもりだったが、使うマギの選択に迷った結果、彼の方が一寸マギの行使が早かった。彼がボソリと呪文を唱えると、すぐに効果が現れる。彼のマギデバイスの先端からぶわっと勢いよくが吹き出したのだ。


「……け、煙!?」

「もくもく。これなら、みえない、つかまらない」


 煙によって視界がさえぎられ、青年の姿を早速見失う。それどころか、周囲の状況すらわからない。幸い煙によって呼吸が阻害されたりする事はないようだったが、非常にまずい展開だ。

 僕の知っている限り、このような煙を発生させるマギサービスは存在しない。つまりこれは、彼のオリジナルのマギという事だ。マギの選択といい、その効果といい、彼の頭の回転は非常に速いようだ。


「とりあえず、煙を何とかしないと……【コール・ウィンドストーム】」


 慌ててマギを発動させる。風を作り出すマギだ。ただし、ボスがオフィスの掃除で使った突風を生み出すマギサービスのようにマギデバイスを起点とした一方向ではなく、術者を中心とした広範囲に『風の渦』を作り出す。水で渦を作り出す洗浄マギサービスを再現した時に、ついでに作っておいたものだ。

 煙は風に吹き飛ばされ、あっという間に消え去っていった。


「おー。すごい、すごい。しらない、マギ」


 パチパチと拍手の音がする方をみると、そこには先ほどと変わらない様子の青年が立っていた。どうやら煙に隠れて何かをしていたというわけではないようだ。それにしても厄介な相手である。


 放っておくと何をしでかすかわからないので、今度はこちらから動く事にした。

 まずは小手調べとして、まずは電圧を気絶する程度に抑えた「スタンガンのマギ」を行使する。小手調べといっても、モーションによる発動で以前あった遅延も少なくなっているし、マギの効果自体もいわば雷を落としているようなものなので、人が反応できる速度ではない。


 僕のマギデバイスの先端が光り、放たれた電撃が青年へと直撃する。


「わっ……びっくり、した」


 しかし、青年は驚いているものの、気絶したり痛がる様子はない。理由はわからないが、どうやらスタンガンのマギが通じなかったようだ。


「すごい、ね。マギデバイス、ふるだけで、マギ」


 青年は僕と同じようにマギデバイスを振って首をかしげている。あらかじめモーション登録していなければ意味がないのだが、その事を教えてやる義理もない。まあ、モーション機能はそのうち公表するつもりなのだが。

 それにしても、どうやって僕のマギを防いだのだろう。青年の得体のしれなさがますます際立つ。


「こんどは、こっちの、ばん」


 そう言って青年は呪文を唱える。さきほどはボソボソ声で聞こえなかったが、今度はハッキリと聞き取る事ができた。その口は普段のぎこちない喋りとは比べ物にならない『早口』だった。


「【コール・どろどろ】」


 青年がマギデバイスを向けたのは僕ではなく『地面』だった。

 青年のマギデバイスの先端が光り、ついで僕と青年が立っている地面一帯がピカリと光る。次の瞬間、僕は『泥でぬかるんだ地面』へと足を引きずり込まれる。どうやら、マギで地面を泥に変えたようだ。

 青年も同様にぬかるみにハマったかと思ったが、なんと彼の足は泥に沈む事もなく、地面の上に立っている。いや、よく見れば彼の立っている周辺だけは泥と化していないようだ。うまく自分の周囲だけ除外するようにマギランゲージを組み立てているに違いない。


「これなら、はやく、はしれない」

「……それはどうかな? 【コール・エアステップ】」


 僕は何も存在しない前方の空間にマギデバイスを向けてマギを発動させる。


「?」


 青年は僕の行動に首をかしげていたが、次の瞬間「あ」と驚いた声を出す。

 それもそうだろう。僕はぬかるみから抜け出し、のだから。


「ぺぺ君には感謝しなくちゃね」


 この『空中に足場を作り出すマギ』は、僕の教え子の一人であるぺぺ君ことペチパ=ペアーズ君が考案して作り上げたものだ。便利そうだと思い、彼には了承を得て僕も再現してみたのだ。


「すごい、すごい。おそらに、たってる」


 僕のマギを見て無邪気に喜ぶ彼の姿を見ていると、段々と毒気が抜かれてきた。


「ねぇ。僕は別にマギの見せ合いっこをしたいんじゃないんだよ。一緒に来てくれるだけでいいんだけど、ダメかな?」

「ダメ。もっと、マギ、みせて……【コール・さらさら】」


 青年がマギデバイスを空に向けて呪文を唱えると、僕の頭上から少量の砂が降ってきた。つぶされて動けなくなるほどではないが、まともに受ければ砂だらけになってしまうだろう。


 だが僕がマギデバイスを振るまでもなく、砂は空中で離散し地面へと落ちていく。これはシィに作ってあげた『自動防御のマギ』の応用である。マギランゲージの機能である『イベントフック機能』を使って自動でバリアのような『透明の壁』を展開するのだ。

 シィに最初に作ってあげたものは『登録されていない人間が近づいた時』に反応するものだったが、それだけだと何か物が飛んできた時や遠くからマギを使われた時に対応できない。そこで、改善バージョンとして『一定以上の速さで何かが近づいてくる時』というのも条件に加えたのだ。

 電撃を流すだけでは飛んでくる物を防ぐ事はできないので、壁のように物理的な障壁を展開するようにしている。透明な壁はシィの父親が作ったマギを参考にしたいところだが原理が不明だったので、エアステップの応用で固めた空気の層を使っている。耐久テストしたが、かなりの速さで飛来する物体も防ぐ事ができ、熱も通さない事がわかったので十分だ。


「すごい、こんどは、マギデバイス、つかわずに、マギつかった」


 さっきからモーション機能やイベントフック機能など、僕ばかりが特別な機能を使っているのでズルいと思われても仕方ない。しかし青年はむしろますます喜んでいるようだ。

 しかし防戦一方でいるつもりはない。青年が『おいかけっこ』をやめるつもりが無いというのであれば、僕の方から仕掛けるしかない。


「仕方ない。今度はこっちの番だ。【コール・バインド・10ミニッツ】」


 無防備な青年の足元に向けてマギを放つ。すると、足元の地面がメリメリと持ち上がり、ムチのようにしなって青年の足を縛り付けようとする。本人が『おいかけっこ』のつもりなら、彼にタッチすれば降参する可能性は高い。そのためには足を縛り付けて動けないようにするのが手っ取り早いだろう。


 青年の足は、地面でできたムチによって縛り付けられた。


 はずだったが。

 なぜかムチは彼の身体をしてしまったのだ。


「なっ……!?」

「また、しらない、マギ。すごい、マギ、たくさん」


 青年は無邪気に喜んでいる。しかし、こちらは困惑しきりだ。砂でできたムチが通りすぎてしまうなんて、どういう仕組みなのだろうか。僕がマギランゲージを駆使したとしても、再現できる気がしない。

 先ほどの電撃といい、彼に触れられないのだとしたら完全にお手上げである。


「もっと、もっと……」


 青年はまるで飢えた子供のように、僕のマギを見たがっている。先ほどマギゲームの続きをやりたがったのといい、どうやら彼は好奇心が非常に旺盛のようだ。


 その後もしばらくマギの応酬が続いたが、僕の行使するマギは一向に相手に届く事はなかった。


//----


「……もう、おわり?」


 僕がマギの行使をやめて考え込んでしまうと、彼はきょとんと首をかしげる。まだマギのストックはあるが、やはりマギが通じない根本原因を探らなければ意味がなさそうだ。


 これまでに様々なマギを試したが、どれも青年の身体を素通りしてしまい効果が発揮されないようだった。青年の身体はその場から一歩も動いていない。

 どうも何かを見落としている気がしてならない。あの青年が何かしているのは間違いないのだろうが、マギランゲージで身体を透過させるなどできるとは思えないからだ。


 ん……?


 透過、透過か……。


 もしかしたら僕は大きな勘違いをしていたのかもしれない。いや、勘違いをと言うべきだ。あの無邪気な青年に見事に一杯食わされていたのだ。


「……なんとなく、わかったよ。君が何をやっているのか」


 おもむろにマギデバイスを構えて、【オープン・エディター】と唱える。すぐに目の前にマギランゲージを入力するための白いスクリーンが現れた。あいにく手持ちのマギでは思いついた対応策が実現できそうになかったのだ。


「あ、スクリーン……つぎは、あたらしい、マギ、かいてくれる、の?」


 敵の目の前でコードを書くなど悠長の極みなのだが、幸いな事に彼は僕がスクリーンを開いた事に強く興味を惹かれているようだ。ワクワクしているとも言える。

 僕はコードを書くために手を動かしながら、彼と会話を続ける事にした。実は並行作業マルチタスクは結構得意な方だ。こうやって色々な事を思考しているのも、並行作業によるものだったりする。普段はコードを書く事に集中したいからやらないが、今回は会話で時間を引き伸ばさなければならない。


「君のコードを読んだよ。すごく良く書けてたと思う」

「…………? コード、よめた、の?」

「うん。読めたよ?」


 僕がそう答えると、青年はなぜか「ムフ、ムフフ」と言っている。チラリと見ると、ピョンピョンとその場で跳ねていた。相変わらず目元は髪で隠れていてよく見えないが、口元はニヤけているようだ。


「すごい。コード、よめる。わかる。みんな、わからないって、いってた」

「ああ……。そうかも知れないね。君の書くコードは少し『短さ』に重点を置きすぎてる。確かにコードを短くするのは大事なことだけど、『読みやすさ』だって大事だと僕は思うな」

「…………よみ、やすさ……?」

「うん。僕が教えている子の中にも君みたいなコードを書いていた子がいたんだ。彼女もやっぱり、コードを短くしようとして、トリッキーな書き方やあえて難しい書き方をしていた。でも、そうやって書かれたコードは、他の人が読んだり直したりするのがとっても難しい」

「…………みんな、どうせ、コード、よんだり、かいたり、しない」

「そんな事ないよ。たぶん僕の生徒達なら君の書いたコードは時間をかければ理解できると思う。ただ、直すのはちょっと難しいかもね。最初から『どうせわからない』と思って書いていたら、いつまで経ってもわかってもらえないままだ。少しは君の方から歩み寄らないと」

「…………」


 僕の話を聞いて理解しようとしているのか、青年は黙りこんでしまった。


 あとは、ここで呼び出しを入れれば……よし、できた。

 青年は考えているのか、コードの完成には気がついていないようだ。


 青年に聞こえないように、こっそり【ラン】と呪文を唱える。


「……やっぱり、ね」


 僕の予想は正しかったようだ。この場で書き上げたマギが効果を発揮し、その結果を僕へと伝えてくる。その結果はまさしく考えていた通りのものだったのだ。


 あとは。

 マギデバイスを振ってモーションでマギを発動する。マギデバイスを向ける先は、部屋の中の一角だった。だが、何もないからこそ。


「……あっ」


 地面が持ち上がり、再びムチが現れた。ムチはうなりをあげてを締め上げる。すると、考え込んでいたはずの青年から驚きの声があがった。


「つかまえた。これで『おいかけっこ』はおしまいだ」

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