064 - hacker.pass(torch);

『これにて、第一回マギフェスティバルを閉幕いたします。皆様、本日は足をお運び頂き、ありがとうございました。混雑しておりますので、足元にお気をつけてお帰りください』


 第一回マギフェスティバルは盛況のうちに全行程を無事に終了し、皆に鮮烈な印象を残した。


 生徒達が繰り広げたマギによる競争は観客たちの度肝を抜き、マギサービスとは違うマギの世界があることをいやでも理解させる内容となった。

 最初は次から次に飛び出す見たことのないマギに驚いていたばかりだった観衆だったが、次第に慣れてくると競技の中身に熱中するようになる。マギトラックのような生徒間の競争はどれも見応えがあり、各々が工夫をこらしたマギは見るもの全てを楽しませた。


『なお、本日のマギフェスティバルは、電話マギサービスでおなじみの【マギシード・コーポレーション】の提供でお届けしました』


 我が社のをボスが声高に喧伝している。『マギシード』、つまり『マギの種』という社名は、僕とボス二人で決めたものだ。ボスは会社を創ると決めていたものの、社名は特に決めていなかった。それを聞いて大いにズッコケたのを覚えている。

 この名前にもまた『一粒の種』が込められているというわけだ。社名を決めた時点では「小さい種から徐々に成長してゆくゆくは大企業に」という程度しか考えていなかったのだが、今となっては別の意味が感じられて感慨深い。僕とボスにしてはなかなかのネーミングだったと思う。


 マギフェスティバルの終わりがけの宣伝だけでは効果が薄そうに思えるが、もちろん行なった宣伝はこれだけではない。無駄になってしまった一回目を含め、二回分の開催費を出しているのだ、宣伝で取り返さなくてはいけない。

 休憩時間や、競技の合間合間にこまめに社名や電話マギサービスの紹介を入れたので、恐らく今日会場に来た観客は【マギシード・コーポレーション】という社名を覚えて帰っていっただろう。中には電話マギサービスに登録してくれる人もいるはずだ。

 さらに、スポンサー枠で僕も演目を行なわせてもらった。生徒達と競ってもあまり意味がないので、個人演技のエキシビションとしてだ。見た目の派手さとインパクトを狙ったところ、なかなかの反響だったので我が社の技術力アピールは十分できたと思う。ボスも満足気だった。


 本当はスポンサー企業同士での競争で参加したかったのだが、目論見が外れて他の企業はスポンサーに手を出さずに様子見しているようだ。やはり保守的な傾向が強いという事だろう。

 しかし、この第一回マギフェスティバルの結果を見れば彼らも知らん顔はしていられない。観客たちは「マギエンジニアの卵である生徒達がここまでスゴイのであれば、その成鳥というべき企業のマギエンジニア達はもっとスゴイのではないか」と思うようになっている。企業である以上、顧客からの期待に応えないわけにはいかないはずだ。

 今回の観客となった人達は一斉に口コミでマギフェスティバルの内容を来なかった人達にも伝えるだろう。話に聞くだけでは信じられない内容ばかりで、実際に見てみたいと思うはずだ。恐らく、次回のマギフェスティバルは更に規模を拡大する事になるのは間違いない。ますます影響力も大きくなってくる。


 ちょっとした僕の思いつきが、王様までもが注視する国の一大イベントに発展してしまったわけだ。

 狙ってやったとはいえ、発起人やエキシビションで僕の名もますます売れてしまい、もはやどうにでもなれという気持ちになったのは言うまでもない。


//----


「スクイーちゃぁん! 大丈夫ぅ!? 怪我は、怪我はしてないわねぇ!?」

「大丈夫だよ、母さん。ほら、どこも怪我なんかしてないよ」


 感動の親子の対面のはずなのだが、母親が強烈すぎて全て持っていかれている。どうやらスクイー君の競技をハラハラしながら見ていたらしい母親だったが、それでもマシになったのだろう。以前なら、競技中に乱入してきてもおかしくなかった。


「みんな、おつかれさま。素晴らしい大会だったよ」


 二人を横目に集まっている生徒達を労う。特別授業の生徒達だ。生徒達は教師から言葉を掛けてから解散する事になっているが、彼らは僕が担当する事になっている。


「どうだったかな? 初めての試みだったけど、楽しんでもらえたかな?」

「はいはーい! たのしかったでーす!」


 ムードメーカーの女子生徒が手を挙げてピョンピョン跳ねる。彼女はマギによるで観客の注目を集めた。見事に水を操り、マギによる華美な演出という新たな可能性を見せたのだ。後日聞いた話によれば、この演目をきっかけとして『マギによる演出』を行なう劇団が誕生したらしい。


「次こそは勝ちます……!」


 悔しそうに決意を新たに固めているのは、マギトラックでぺぺ君とスクイー君に敗れて惜しくも三位となったヴィル君だ。どうやら今回の大会は彼の素の部分である負けず嫌いな面を十分に引き出す機会となったらしい。


「それにしてもパールは良いとして、ペチパ君にはビックリしたよねー」

「だよなぁ。いっつもやる気ないみたいだったのに、急にどうしたんだアイツ?」


 生徒達からペチパ=ペアーズことぺぺ君に注目が集まっている。それもそのはずだろう。今まで中の下程度の成績に甘んじていた彼がこのマギフェスティバルでは大活躍だったからだ。マギトラックで一位をとった事に始まり、様々な競技で一位か二位を連取して周囲を驚かせた。

 今回は初回ということもあり、まだ生徒達も教師達も慣れていないため表彰式のような事はしなかったが、もし全体で順位を付けるなら間違いなく上位に食い込んでいただろう。最優秀賞でもおかしくはない。


「あー……まあな……」

「ふふ、ぺぺ君がんばったよね! えらいえらい!」


 すっかりぺぺ君のお目付け役になってしまったパールがぺぺ君を褒めている。ぺぺ君はうっとうしそうにしているが、内心少し嬉しそうにしているのは丸わかりだ。

 そのパールだってもちろん活躍していた。パールが使うマギはどれも奇抜なものが多く人気が高い。水が張られたプールを進む速さを競う『マギスウィミング』という競技では、水の中を進まずに水面上を進むという荒業を見せて物議を醸しだした。


「だけど一番驚いたのはさ……」

「うんうん。すごかったよね」


 そう口にして生徒達の視線を集めるのは、母親にベタベタと触られて恥ずかしそうにしているスクイー君だ。本人は周囲の注目を集めている事に全く気がついていない。気がついていたら顔を真っ赤にしていたに違いない。


「あいつ、この前までクラスでビリっけつじゃなかったっけ?」

「それどころか、学校の中でも下から数えた方が早かったような……」


 彼らが言うように以前のスクイー君は決してデキる生徒ではなかった。しかしこの大会で彼はメキメキと頭角を現したのだ。マギトラックではぺぺ君に敗れたものの、出場した多くの競技で好成績を連発。今までの彼のイメージを覆して余りある大活躍に、周囲は驚きを隠せない。


「どうせ先生がなんかやったんでしょー」

「はは、でも今日の活躍は間違いなくスクイー君自身が努力したおかげだよ」


 それに他の生徒達だって全体的に良い成績を残している。もともとテストの成績が良かったというのもあるだろうが、マギゲームなどで鍛えられ常識にとらわれない柔軟な発想でマギを使う姿が散見された。「マギハッカーの影響を受けた」などと噂されているのがこそばゆい。


「うむ、素晴らしい闘いだったのであーる!!」

「え、ジャ、ジャイルさん?」


 突如として背後からぬっと現れたのは見上げるような長身の偉丈夫、ジャイルさんだ。彼もまた、今回のマギフェスティバルを楽しみにしていた一人だった。


「見事なマギの扱いだったのである! 我輩、まっこと感動したであーる!」

「は、はあ、ありがとうございます」

「陛下も非常にお喜びのご様子であったぞ!」


 ざわりと生徒達の間にざわめきが走る。やはり王様の動向となると生徒達も気になるらしい。


「次の開催も期待している、とのお言葉であった。いや、我輩も実に楽しみである! ガハハハ!」

「え、まだ次は未定なんですけど……。それに、費用も掛かりますし……」


 いくら王様が期待しているからといっても、そうホイホイと開催できるものではない。今回だってスポンサーとして全面的にお金を出しているのだ。いくら電話マギサービスの売上が増えているからといって、そんな簡単に資金を出す事はできない。


「費用の事なら心配ないのである。今回の成功で支援を検討しているマギサービス企業が多いと聞いているのである。何より、お主の会社の宣伝が非常に効果的であったから、真似をしようと思う企業が多いようであーる。うまくやったであるな!」


 やはり軍の上層部ともなると、他のマギサービス企業とのつながりもあるのだろうか。まだ大会が終わったばかりだというのに耳が早い。他の企業もスポンサーになってくれるならありがたい事だ。どうやら、マギフェスティバルは継続して定期開催ができそうである。


「うむうむ。未来のマギエンジニアはしっかりと育っておるようだな。軍の未来も明るいのである」

「軍の、ですか?」


 気になる単語が出てきて思わず聞き返してしまった。マギエンジニアと軍が何か関係あるのだろうか?


「おお? 知らんのであるか? ……おお、そうか、バンペイは移民であったであるな。マギエンジニアはな、軍の強化に協力するが課されておるのだ。何しろマギは軍にとっても重要な要素であるからな。マギエンジニアの強化は軍の強化にもつながるというわけであーる」

「軍の強化への協力義務……? そ、そんな話は聞いていませんよ?」

「うむ。そうであろうな。本来であれば、この学校のようなマギエンジニアになる過程で説明があるのだが……マギエンジニアの移民というのは、お主が初めてのケースのようである! 他の国でマギエンジニアとなっていたのなら、知らぬでも仕方ない! ガハハハ!」


 ジャイルさんは笑っているが、こちらとしては笑って済ませらられる話であはない。軍への協力義務とは一体どのようなものなのだろう。もしかしたら徴兵制のように、一定期間は軍に所属するのかもしれない。

 それに義務を知らないまま今まで過ごしていた事に対して、何か罰則はないのだろうか?


「うむ。そう心配する事はない。協力といっても、こちらが求めた時にマギの開発や研究に協力してもらう、というだけのものである。もちろん業務に影響がですぎないよう考慮されるのであーる」

「そ、そうなんですか」


 どうやら問題はなさそうだ。ホッとしていると、ジャイルさんは手をポンと打って何やら思いついたようだ。


「バンペイは教師もうまくこなしたようであるし、軍のマギ担当になってもらうのも面白そうであーる!」

「もう教師役は勘弁してくださいよ……」

「ガハハハ!」



 今回、特別教師として様々な経験をした。どれもこれもが貴重な経験であり、非常に身のためになった。他人に物を教えるという事が、こんなにも難しく、こんなにも面白い事だとは思わなかった。ボスに促されるまま気軽に引き受けてしまった教師役だったが、今なら引き受けて正解だったと思える。結構大変だったので、さすがに二回目は勘弁してほしいが。


 人に物事を教えるという事は、自分もしっかりとそれを理解していなくてはならないという事だった。マギランゲージを使い始めて間もない僕は、まだまだ本当の意味でマギランゲージを理解しているとは言えない。人に何かを教えるたびに、僕にとっても新しい発見があった。


 そして教師というのは物事を教えるだけが仕事ではない。スクイー君がそうであったように、それぞれにそれぞれの事情を抱えており、一人一人に合った教え方を考えなくてはならない。そういう意味で『正しい教え方』など一つとして存在していないという事なのだろう。

 だがそれは、一人一人が個性をもった人間であるという証だ。それぞれに良いところがあり、生徒の良いところを見つけるたび、嬉しくなったのを覚えている。同じように悪いところを見つけるたびに、自分に何かできる事はないか、と考えてしまうようになったのは、少しは教師役が板についてきたという事だろうか。


 きっと僕を導いてくれた先生や両親は苦労しただろう。僕が先生だったら、僕みたいな問題だらけの生徒を教えて導くのは大変そうだと躊躇してしまうかもしれない。

 それでも、そんな僕がこのように人に物を教えられるようになるまで成長できたのは、僕がコンピュータを使う事を許してくれた両親や、数学の面白さを教えてくれた先生のおかげだと思う。


 地球を離れてしまった僕には、もうその人達に恩返しをする事はできない。

 だから、次の世代へと知識をつなげる事こそ、僕の知識や経験を社会に還元する事こそが、僕にできる唯一の恩返しの方法だと確信している。


 今回、様々な『種』を目にしてきた。どれもこれもまだ小さな種だが、きっと彼ら彼女らもまた立派に成長して、次の世代に新たな種をまいていくのだろう。


「先生、何ぼーっとしてるんですか? 早く次のマギフェスティバルの予定をですね……」

「師匠! 今日の私のマギはどうでした!? もっと改善したいんですけど――」

「あー、早く帰って寝たいんだから、解散してくれよー」

「もう、お母さん! 離してよ! 先生の話を聞かないと!」


 ちょっと変わった種だらけだが。まあ、僕らしい、かな?


//----

// Chapter 03 End.

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