048 - student.wantTo("escape");
「違う違う! どうしてそうやって長ったらしく書こうとしちゃうの!」
相変わらずマギマニアのパールがヒョロガリどもの書いたコードにダメ出しし続けてる。さっきからずっとこれだ。どうやら、ヒョロガリ達の書くコードはパールから見るとてんでダメダメらしい。
「でも、僕達はずっとこうやってマギを習ってきたし……」
「うー、だから! バンペイ先生だって言ってたでしょ! わざわざ長く書く必要はないんだってば!」
「でもさ……」
あーダメだこいつら。ヒョロガリの方は慣れた書き方に固執してるし、パールの方は自分のやり方を上から押し付けようとしてる。どっちもどっちだな。
あのバンペイっていう先生だって、短く書く事もできるって言ってるだけで、別に俺たちにも短く書くように強制したりはしてない。あくまでも、こういう書き方もできるって紹介しただけだ。すげーインパクトがでかい紹介だったけどさ。
まあ、まともな頭をもってるヤツなら、短く書く方を選ぶよな。だってそっちの方がすげえ楽だし。それがわかってるから、あの先生もいちいち押し付けたりはしないんだろ。
お互いの主張が平行線な二人は置いといて、俺も少しコードを書いてみるか。自分のマギデバイスからスクリーンを出したら目立つかと思ったけど、他の奴らはパール達に集中してるから大丈夫そうだしな。
マギデバイスに保存しておいたあの先生の書いてたコードを参考にしつつ、こんな感じかと見当をつけつつ書き進めてみる。宿題でマギを作った時の感覚が残ってたから、そんなに苦戦はしなかった。一つ一つが命令だって意識してみると、わざわざ命令を伝言ゲームみたいに遠回りさせなくてもダイレクトに送ってやればいいってわかる。
さて、問題はどんな命令を送るかって事なんだが……。
「全部を書きなおさなくても、ほら、こうやって……」
「それだと、こっちもこっちも、こっちも直さないといけないんだよ」
「な、なんで一か所変えただけで、他の場所をこんなに直さなくちゃいけないの!」
パールが地団駄を踏んでるが、一か所変えれば他の場所も変えるなんてそんなの当たり前だろ? あれ、でも先生の書いた短いコードだと、直すところは多くなさそうだな。なんでだ?
……そうか、同じような意味の記述がまとまってたり、変更が必要な範囲が一か所にまとまってて、一つの変更が他の場所にあんまり影響を与えないようになってるんだな。なるほどねー。
そもそも、全体が短いから修正範囲が大きくても大した事ないしな。ちっ、うまくできてやがる。
頭をこねくり回しながらひねり出したコードは、俺にしてはまあまあの出来だと思うぜ。
送る命令はわからんから、片っ端から思いついた言葉を次々と送るようにしてみた。きっと大量の命令にシールイは混乱するだろうが、悪く思うなよ。
んじゃ、まだやりあってる奴らはおいといて、実行、っと。
ピピン!
びびったぁ。いきなりでっけえ音がシールイのスクリーンから鳴り響いた。なんだあ、今の音?
「な、なんの音!?」
「見て! スクリーンに書いてある事が変わってるよ!」
「僕が読んでみるね。えーと、『【恋人になってほしい】ですか? 申し訳ございません。あなたのご要望にはお答えできません。今はあなたをご案内する仕事に集中したいのです』……ってなんだこれ」
やっべえ。思いついた言葉を片っ端から書いてたから、なんか『彼女がほしい』とか書いてた気がしてきた。なんでよりにもよってその言葉に反応すんだよ!
幸い、俺が命令を送ってる事は気づかれてないっぽいな。みんなはスクリーンに集中してるし、俺はマギデバイスを袖の中からこっそりと向けてるから、わかりづれーはずだ。
いっぺんに命令を送るとわけがわかんなくなりそうだったから、俺の書いたコードでは少しずつ時間差で送るようになっている。どうやらシールイが認識する言葉だとあの音が鳴るみたいで、さっきから「ピピン!」「ピピン!」と鳴りまくっててうるせえ。
『【ご飯】ですか? すみません。私は料理があまり得意ではないのです。電話で食事が注文できるようになるまでお待ち下さい』
『【眠い】のですか。それでは、僭越ながら私が子守唄を……音声モジュールが作成されていないため、歌を歌うことができませんでした』
『申し訳ございません。不適切なお言葉でのご命令は受け付けておりません。もうすこし、きれいな言葉をお使い頂くようお願いいたします』
「おいおい、なんかすごい勢いでスクリーンが切り替わりまくってるぞ?」
「先生のしわざかなぁ? でも、さっきから変な事ばっかり書いてある気がするけど」
「このシールイって本当にマギで作られてるの? なんか本当に人間みたい……」
あーあ。もうどうにでもなれ。途中で止められるように作ってなかったから、どうしようもねーや。
しばらく、ピピンピピンとうるせー時間が続いたあと、ようやくそれも終わる時がやってきた。どうやら、適当に書きまくった言葉の一つが正解だったらしい。
『かしこまりました。それでは【外へ出る方法】をご説明いたします。その方法はとっても簡単です。今いる壁に囲まれた場所を外側、壁に遮られて行けない場所を内側だと思えばいいのです。そうすれば、私達がいる場所は外になります。ね、簡単でしょう?』
「ぐぬぬ……馬鹿にしてんの?」
「待って、まだ続きがあるよ。えーと……」
『……冗談です。外へ出るには、私に【○○へ連れていって】と命じてください。行きたい場所にお連れいたします。なお、命令でお運びできるのは命令を送った方だけですので、ご注意ください』
「えー、なんだ、そんな命令を送るだけでいいのかぁ」
「……これって僕達みんながそれぞれ、自分で命令を送らなくちゃならないってこと、かな?」
チビがポツリとつぶやいた。まあ、そうなるわな。送れねえやつはここでリタイアってわけだ。
「だ、大丈夫さ。どうしても無理なら、他の人が書いたコードを写させてもらえばいいよ」
「でもこれって一応授業なんだよ? 他の人のを真似するだけだと何にもしてないのと一緒だよ」
そりゃそうだ。他の奴の真似ばっかりするやつは、『ミミック』って呼ばれて嫌われるしな。
「じゃあ、僕が皆に書き方を教えてあげればいいんだ! 皆、大丈夫だよ。一緒にコードを書こうよ!」
ヒョロガリが皆に呼びかけた。いかにも優等生らしい言葉だが、実際のところはリーダーシップをアピールしたいだけだろ。コードに自信のないやつらは、嬉しそうな顔してヒョロガリの元へと向かう。
ま、俺は関係ないから適当にちょろっとコード書いてさっさとここから抜け出すか。
スクリーンを開いて、さっき使ったコードを修正する。先生のコードを参考にしたおかげで、送る命令を変えるだけなら大した修正は必要ねーな。えーと、ここ、と、あとここを直してっと。
よくわかんねえけど【○○へ連れていって】って命令するって事は、【外へ連れていって】って命令すりゃ外に出してもらえんだろ。あーあ、さっさと脱出してーな。
書き終わったコードを保存して実行しようとした時、視線を感じる事に気がついた。
なんだと思って見てみりゃ、パールがあのでっけぇメガネの奥でこっちを見てやがる。げっ。やめろ、俺を見るなよ。ほっといてくれ。こっちくんな。しっしっ。
しかし、俺のそんな思いは届かず、パールは嬉しそうな犬みたいに近づいてきた。
「ねえねえ。今マギランゲージのコード書いてたでしょ?」
「あ? ……ああ、まあな」
「スクリーン開いた時から見てたんだけど、あっという間に書き終わって閉じちゃったから気になっちゃって」
「あー。さっき書いたコードを少し直しただけだからな」
「だよね! 普通、送る命令を変えるぐらいなら、そんなに修正はいらないよね! あー、なんでみんなわかってくれないのかなぁ……」
やべえ、このままだとこいつの味方に組み込まれそうだ。確かに俺は短いコードの方が好きだけどよ、他の奴らにまでわかってほしいなんて別に考えてねーんだよ。
「しらね。別に短くしなきゃいけねえ決まりもねーんだし、他のやつらの勝手だろ」
「えー! だって……」
「俺は先に出るから。じゃあな」
そう言って会話を無理矢理切り上げた。こいつに付き合ってたらいつまで経っても抜けだせねえ。やっぱこの女、マギの事になると態度が完全に変わりやがる。めんどくせぇ。普段は大人しくて良い子ちゃんしてるのになぁ。やっぱこいつはアホ変態メガネだな。
書いたコードを実行すると「ピピン!」って音がして俺は光に包まれた。これって転移マギサービスのやつだよな? 運ぶって、やっぱりそういう事なのか?
あの先生、転移マギまで再現するなんてマジで何者なんだよ。
//----
『第一関門突破、おめでとう』
目を開けるとそんな声が聞こえてきた。あの先生の声だ。姿は見えねーが、どこかから俺の姿を見て声だけ送り出してるらしい。
周りの景色は俺が嫌んなるほど慣れ親しんだ学校の景色じゃねえ。相変わらずそこは、黒い壁に囲まれた空間だった。いや、正確にはさっきの大部屋とは違って、廊下みたいに奥に続くっぽい道が続いてる。どうやら俺は廊下の端っこに転送されたらしい。
「外じゃねーじゃねーか!」
『外だよ。さっきの部屋の外だね』
ぐぬぬ。確かに外って言ったら部屋の外っていう解釈もできるけどよ。俺はこの黒い壁の外に出たかったんだよ。ひでえ引っかけだぜ。
「もしかして、【学校の教室へ連れていけ】とか命令してれば……」
『教室に転送されただろうね』
うわー、下手こいた……。力が抜けて、ガクリと膝をつく。あのシールイの野郎が『外』だの『内』だのごちゃごちゃ言うから、行くなら『外』だって思い込まされちまったんだ。
『残りの関門もがんばってね!』
「はーあ。はいはい……」
どうやら、まだまだこのおかしな授業は続くらしいな。
しばらく続きをする気力がでずに座り込んでいると、誰かがここへとやってくるようだ。空中が光り始めて、スッと急に姿を現す。
「あっ! さっきの!」
「げぇっ!」
よりにもよって、アホ変態メガネことパールが現れやがった。こちらの姿を見つけて指差してきやがる。
パールは嬉しそうに笑いながら、座り込んでる俺の元へ駆け寄ってくる。明るい茶髪のツインテールと歳の割にでけぇ胸が揺れて、ついつい目がいってしまう。悲しい男の性ってやつよ。
そのまま俺の隣に座り込んで、ぐいぐいと話しかけてくる。どうでもいいが近いぞ。
「ねぇねぇ、あなたのお名前はなんていうの? 私はパール=モンガーっていうんだ。クラスが一緒なのにお話した事なかったよね?」
「うぐ……あんま近づくなよ。お、俺はペチパだよ。ペチパ=ペアーズだ」
「そうなんだ! うーん、ペチパ君、ペアーズ君……あっ、そうだ。じゃあペペ君って呼ぶね!」
「略すなよ!」
「ペペ君はここで何してるの? 私、【外へ連れていって】って命令したはずなんだけど、ここ外じゃないよね?」
「はぁ……もういいよ。ここも『部屋の外』だから『外』なんだと。さっき、あの先生の声が聞こえてきて説明してくれたぜ?」
「えっ! バンペイさんの声が?」
こいつ、やたらとあの先生に食いついてるよな。時々さん付けで呼んでるし。やっぱ同じマギ好き同士、通じるものがあんのかね。頼むから俺をその輪に巻き込まないでくれ。
『二人とも、たぶん他にそこにやってくる人はいないから、先に進んでも大丈夫だよ』
「あっ、バンペイさんだ!」
「他にこないってどういうことだ? 他の奴らは『外』じゃなかったって事か?」
「もうっ! 敬語で話さないとダメだよ!」
俺に敬語を求めないでくれ。俺はいつでも自然体でいたいんだ。
『違う違う。みんなやっぱり【外】に行ったよ。だけどね、あのシールイには仕掛けがあってさ。皆が書いてるコードの【長さ】によって行き先を変えてるんだ。君達がいるのは、僕が想定していた中では一番短いコードを書いた人向けの上級コースだね』
「うへぇ……じゃあ、こっから先は普通よりも難しいって事じゃねーか……」
「すごいっ! コードの長さなんてどうやって調べてるんですか!? 命令だけじゃコードの長さなんてわからないですよね?」
『ああ、それはイベントフックをね……あ、いや、なんでもない。まあともかく、そこから先は二人で協力してがんばってね』
そして、プツリと音声が途切れる。この女と二人っきりだって? しかも、上級コース? 俺は早く教室に戻って昼寝したいのに、どうしてこうなっちまうんだ……。
「早く行こうよ、ペペ君!」
「あーはいはい……」
俺の腕をつかんでぐいぐいと引っ張るパール。おいやめろ、当たってんだよ。
ああ、最悪だ。
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