047 - student.standBy();

「じゃ、がんばってね。ちゃんと見てるから心配いらないけど、本当にどうしても無理だったら呼んでね」


 そう言い残して、巷でマギハッカーと呼ばれてるらしい先生はどこかへと消えていった。たぶん転移マギサービスを使ったんだと思うけど、あの非常識極まりない先生の事だから実際はわからないけどな。


 そもそもあのバンペイとかっていう先生は、最初っからおかしいことだらけだった。マギハッカーの再来だとか王様から名指しで褒められたとかありえねぇ噂ばっかりで、どうせたまたまラッキーかなんかで実力もねーのに祭り上げられたんだろ、と思ってた。

 でも、そんな事を思えたのは最初だけだったんだ。最初の授業でいきなりマギデバイスのスクリーンを使って教科書を見せてきたり、マギランゲージが簡単だって言い張ったり、無茶苦茶だった。俺は自分の常識を何度も疑わずにはいられなかった。なんだよ、マギを作ったって。そんな簡単に作れるなら俺にも教えてくれよ。あ、今教えてるわけか。


 四方を黒い壁に囲まれた空間に、俺達生徒だけが取り残されている。どいつもこいつもしけた顔して、不安そうにウロウロしたり近くのヤツと話したり、まとまりってもんがねえ。かくいう俺だって、正直不安で一杯なんだけどよ。

 ここから出ろって言われたって、そもそも出口なんかどこにもねーじゃねーか。一体どうしろっていうんだよ。なんだよ、マギサービス禁止って。マギサービスがなきゃ何にもできねーじゃねーか。


「みんな、ちょっといいかな?」


 そう言って俺達に呼びかけたのはクラスで一番アタマの出来が良いヒョロガリだ。あいつはいっつもテストでトップを取ってるし、将来は良いマギサービス企業に高いカネで雇われるんだろうな。あの先生ともマギの話題で張り合おうとしてたけど、あっちの方が一枚も二枚も上手で内心ざまーみろって感じだったぜ。


「こうしていても埒があかない。あの先生の事だから、きっとまともな方法じゃ出られないんだよ。みんなで協力して知恵を出し合わないか?」


 おーおー、まとめ役を買ってでるってか。先生受けが良い役を演じたがるのも、あいつの嫌いなところだ。どうせ自分が大した事を思いつかないから、他人の力を借りようって事なんだろ。


「そうだね! わたしも全然わかんなーい!」


 そう言って賛同したのはまあまあ美人と言えるぐらいの、頭の軽そうな女だ。ていうか、尻も軽い。男をとっかえひっかえしてて、あいつに引っかかって泣いてるヤツを何人も知ってる。授業中、あの先生に何度もアピールしてたけど全く相手にされてなくて、すげえ笑った。あの先生、本命がいるってのは本当らしいな。

 尻軽女が手を挙げると、おーおー集まってくる集まってくる。わらわらと他の奴らもヒョロガリの周りに集まりはじめた。そりゃあ、頭の良さそうなヤツに頼った方が楽そうだしな。

 俺はというと、そんな様子を少し離れたところで見てるだけだ。はーあ、こんなの俺にはわかんねえに決まってるし、マギサービスも使えないんじゃお手上げだしな。かといって、あいつらと一緒に考えるのも癪にさわるし、大人しくサボってよってわけだ。


「確かに、壁のどこかに隠し扉があるのかもしれない!」


 他のヤツが言った事をさぞ自分が言ったかのようにアピールするヒョロガリ。まとめ役ってのは得だよな。何やってても目立つから、評価も高くなるだろうし。ま、あの先生には通じなさそうだけど。


 どうやら隠し扉があるんじゃねーの、という結論に至ったらしく、集まってた奴らはバラバラに壁を調べ始めた。あーあ、効率が悪いよな。せめて調べる範囲を割り振って決めりゃあいいのによ。


「ねえ、みんな! ちょっとこっちに来て!」


 壁を調べてたヤツの一人が皆を呼んでる。どうやら何か見つけたらしいな。仕方ねえから、俺も重い腰を上げて動く事にした。さすがに一人だけポツンとしてるのも居心地悪いしな。


「これ……スクリーンかな?」

「でも真っ黒だぜ?」


 黒い壁に埋もれてて遠目だと気づかないけど、よく見るとスクリーンの大きさと同じぐらいの黒い長方形が壁に描かれてる。周りの壁よりも一際黒いから、近づけば一目瞭然だ。

 近くにいたやつが恐る恐る黒い四角に手を触れてみる。しかし、うんともすんとも言いやがらねえ。ペタペタと大胆に触ってるが何の反応もねえ。ダメだなこりゃ。


「ねえ、もしスクリーンだとしたら、マギデバイスじゃないとダメなんじゃないかな?」


 そう声を出したのは、メガネをかけたパールとかいう女だ。こいつだけはちょっと他の奴らと毛色が違う。こいつはマギランゲージが大好きだっていうなんだ。見た目も悪くねーし、胸はでっけぇから隠れファンも多いんだけど、こいつと話すとマギの話題ばっかりで本当に疲れる。

 どうやら最近、誰かに弟子入りしたって話だけどよ、こんな変態の師匠になれるやつは、さらに輪をかけた変態に違いない。変態のトップエリートだろ。間違いない。

 でもなぜかテストだと点が取れないんだよな、こいつ。マギランゲージはアホみたいに得意なんだけど、他がからっきしなんだよ。有名なマギサービスを作ったのは誰か、みたいな歴史のテストとか、今あるマギサービスの利用料は、みたいな社会のテストとか、ちっちゃいヤツでも知ってるような簡単な問題に全然答えられないらしい。アホだな。アホ変態メガネだ。


「そうか! マギデバイスを使ってみよう!」


 相変わらずヒョロガリは他人の手柄を自分のものにするような事を言って、自分のマギデバイスをさっさと黒い四角に向ける。目立つところやおいしいところは自分でやる気かこいつは。しかし、アホ変態メガネは特に抗議もせずにワクワクした感じでヒョロガリを見守っている。どいつもこいつもお人好しばっかで嫌んなるぜ。


「光った!」


 どうやらマギデバイスを使うのは正解だったらしい。真っ黒だった四角は明るく真っ白な四角になる。やっぱりスクリーンってことか。明るくなったスクリーンには何か書いてあるっぽいが、離れているのでここからだと良くみえねーな。みんなスクリーンの周りに集まってて混雑してやがる。


「何か書いてあるから読んでみるよ。えーと、『こんにちは、私はシールイ。あなた達を助けるアシスタントです。どうぞ、なんでも私に言ってください』だって。助けるっていうなら、ここから出してほしいんだけど……」

「なんでも私に言ってくれっていわれても、どうすればいいのかな?」

「話しかければいいんじゃないの?」


 ワイワイガヤガヤとどいつもこいつも好き勝手しゃべってる。シールイねえ。助けてくれるんなら、ここから出るよりも、マギが簡単に使えるようになりたいぜ。それにしても、これもあの先生がマギで作ったんかね。よくまあ、色々と作ってみせるもんだ。あんだけマギを使えりゃ人生楽しそうだな。

 試しにスクリーンに向かって「シールイ、ここから出して」とか必死になって話しかける笑える光景が繰り広げられてる。でも、スクリーンには何の変化もねえ。独り言いってるみたいで言ったやつは顔が赤くなってるぜ。

 スクリーンをマギデバイスでツンツンとつついたり、なでたりしてる奴もいるけど、こっちもやっぱり反応がねえな。どうも、マギデバイスに反応するのは最初の時だけみてーだ。


「うーん、ダメだ。なんにも起こらないね……」

「きっと何か方法があるんだよ。シールイに言葉を伝える方法が」


 色々試してみたがやっぱり何にも起きねえ。俺もスクリーンを殴ってみたり、ひっくり返してみたり、色々やってみたが、全く意味がなかったわ。

 万策尽きてどいつも暗い顔してる中で、ひとり、チビの男が何か思いついた顔になる。あいつは確か、いっつもテストでビリをとってるやつだ。いわゆる落ちこぼれ。やる気がないわけじゃないのに、やる気のない俺より点が悪いなんて同情したくなるぜ。

 だが奴は、落ちこぼれのくせに落ちこぼれらしくないを見せる。


「……もしかして、『命令』、かな?」

「命令?」

「ほら、先生が言ってたやつ……。マギランゲージは『全てがモノに対する命令でできている』って。シールイがモノだとしたら、マギランゲージの命令なら伝わるんじゃないかなって……」

「そうだね、確かにマギランゲージなら伝わるかもしれない。試してみよう」


 落ちこぼれのチビはオドオドと小声でしゃべるから見てるだけでイラついてくるぜ。自分に自信がねえんだろうな。俺だって別に自信満々ってわけじゃねーけど、あいつよりは全然マシだ。

 それにしても『命令』か。確かにそんなような事を言ってたな。あの時は色々とビックリしすぎてて、全く耳に入ってなかったぜ。あのチビ、テストの点は取れないのに先生の言う事はしっかり聞いてるんだな。ま、他の教師のやつらの言う事をいくら聞いててもテストで点が取れるとは思えねーけど。


 マギランゲージで命令するって簡単に言うけどよ、俺たちにとっては大仕事なわけだ。だって今回は元になるコードなんてあるわけねーからな。あの先生の思惑通りになるは少し癪だが、一からコードを書かないとダメっぽいぜ。


「うーんと、ここがこうなって……」

「違う違う、こっちを渡さないと変になっちゃうよ」

「あー、そこはまだ初期化が終わってないから、オブジェクトができてないよ」

「あ、そっか。じゃあまずはオブジェクトを作るオブジェクトを……」


 ヒョロガリを中心に頭を寄せあってコードを書いてる。俺は蚊帳の外だ。ま、別にいいんだけどよ。

 それにしても、あのヒョロガリは相変わらず長ったらしいコードを書こうとしてるんだな。あの先生に見せられた、数行のコードで今あるマギサービスのほとんどが再現できるってのは、少なくとも俺にとっては大事件だったんだが。

 だってよ、数行だけ書けばマギが使えるんだぜ? いちいち長ったらしいコードじゃなくってもマギが作れるってんだから、俺はもう長いコードなんか書きたくないぜ。


 宿題に出された先生のコードを再現するっていうのも、あの先生は驚くべきことに『録画』とかいうマギで授業の様子を記録してて、いつでも見られるようになってたから難しくなかった。授業中は驚きすぎててほとんど聞いてなかったから、マジで助かった。

 できたコードは、一から書いたからあの先生のコードとは比べ物になんねえけどよ。でも俺だけのマギだって思うとマジで感動した。だって、俺の書いたコードで本当に火がつくんだぜ? みんなが使ってるマギサービスじゃない。俺だけのマギサービスみたいなもんだ。

 試しに、解説された通りに、火の温度を変えるために命令をちょっといじくったんだ。そしたら、赤い炎が青くなってた。全部が命令ってのは本当なんだな。こんな簡単に温度を変えられるなんて信じられねえ。ついつい面白くって色々試してみちまったぜ。火を付けるだけでこんなに楽しくなるもんなんだな。


「できた! 試してみよう!」


 ヒョロガリは今書いたコードを【ラン】で実行する。この呪文って使われてるの見たことなかったから存在自体すっかり忘れてたのに、あの先生が授業中に散々その場でコードを書いては実行して、という手順でマギサービスを再現してみせたので、すっかり覚えてしまった。

 ヒョロガリのマギデバイスの先っぽが光って、コードが実行される。


「おお! スクリーンの中身が変わったぞ!」

「やった……! やっぱりマギランゲージだったんだ……!」

「どれどれ、えーと『申し訳ございません。【ここから出たい】の意味が理解できませんでした。別の言葉で、もう一度お願いします』。ど、どういう事だ?」

「意味が理解できないって……ちゃんと標準語を使ってるくせに、なんでわからないんだろう」


 確かにわけわかんねぇ。まるで、遠くの国からやってきた外国人が、『ワタシ、このクニのコトバ、ワカリーマセン』って言ってるみたいだ。いや、シールイは流暢なダイナ王国標準語で文章を書いてるから『わたくし、下賤な民の使う言葉なんて、理解できませんの。おほほほ』みたいな感じだ。試しにそう考えてみたら、無性に腹が立つな。


「そうか! きっと、このシールイは人間じゃないんだ! のプログラムなんだよ!」


 またしてもアホ変態メガネことパールが素っ頓狂な事を言い出す。人間じゃない? 人間じゃないのに、こっちの言葉に反応するわけないだろ。

 そう思ったのは俺だけじゃないらしい。周りの奴らも「何言ってんだこいつ」って顔をしてる。


「自動応答……? それって、先生が言ってた、電話のやつ……?」

「うん、それそれ! 自動応答って別に電話だけじゃないの。たぶん、作ろうと思えばこんな風にスクリーンで反応を返したり、マギランゲージの命令に反応したりできるんじゃないかな?」


 電話ってのは、あの先生が作ったっていう触れ込みのマギサービスだ。俺も使ってみたが、確かに今までのマギサービスとは全然違ってた。利用料だって安いし、誰といつでも話せるなんてマジで便利だ。だからこそ、あんな弱っちそうな先生が作ったなんて信じられなかったんだけどな。

 パールは興奮してるっぽいけど、周りは「だからどうした」という感じだ。確かに、自動応答ってのも先生が授業中に言ってたものだ。便利だと思うぜ。電話の相手が人間じゃなくてマギのプログラムってのは少し気味が悪いけどな。


「自動応答だとしたら、きっと何か『特定の単語』に反応するはずだよ。あのバンペイさんだって、人間みたいに考えたり話したりするプログラムを作れるわけじゃないと思うから、中身は単純なんだと思う」

「特定の単語って? 『出たい』じゃダメってこと?」

「そこはわかんないけど……例えば『脱出』とか『出して』とか?」


 なんだよ。肝心のところがわかんねえんだな。


 思いつくままに適当な単語を命令として送ってみようという事になったが、問題になったのはヒョロガリのコードだった。


「え、送る内容を変えるの? うーん、また一から書き直しか……」

「ど、どうしてそうなっちゃうの!」


 パールが思わずって感じでつっこみを入れる。

 やれやれ。外に出るにはまだまだ時間がかかりそうだな。

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