CoffeeBreak 04 - c.cook(soup);

「いってきまーす!」

「行ってらっしゃい。気をつけてね」


 シィはおにーちゃんにバイバイして元気よくあいさつします。おにーちゃんもバイバイを返してくれたよ。でもすぐにまた会えるから大丈夫だね。


 今日はキャロルちゃんと一緒にあそぶ約束をしてるの。キャロルちゃんはとっても良いこで、いつもおうちのお手伝いをしてるからあんまりあそべないんだけど、今日はお休みなんだって!

 シィももっとお手伝いした方がいいのかな? お料理、まだまだ難しいけど、この前おにーちゃん達にお野菜のスープを作ってあげたら「おいしいね」ってほめてくれたよ。えへへ、少しは上手になったのかな。

 ボスはシィのスープを飲んだらなんだか難しい顔をしてたけど、おにーちゃんがコショコショ何か言ったら、「う……う、うむ、うまいぞ、シィ」ってほめてくれた。「まさかシィに負けるとは……」って言ってたけど、なんの事だろう? 知らない間にシィが勝っちゃたみたいです。


「あー、シィちゃーん! こっちこっち!」

「あっ! キャロルちゃーん!」


 待ち合わせの噴水の前に、もうキャロルちゃんが来てた。おくれちゃったのかな。待たせちゃってごめんね、ってごめんなさいしたら、ぜんぜん待ってないよって言ってくれたよ。

 キャロルちゃんは今日はお休みだから、いつもの白いエプロン姿じゃなくてちょっとおめかししてる。かわいいヒラヒラがついてる、黄色いワンピースだ。


「そのお洋服、かわいいね!」

「ありがとう! お母さんが買ってくれたんだー」


 他のみんなには、おとーさんだけじゃなくって、おかーさんっていう人もいるみたいなの。おとーさんは教えてくれなかったけど、シィにもおかーさんがいるのかな?

 シィはいつも通りの白いワンピースだから、キャロルちゃんとワンピースでおそろいだね。この白いワンピースは、おとーさんがいつでも着られるようにって『マギ』で出せるようにしてくれたんだ。おにーちゃんに聞かれて話したら、目をまんまるにしてたよ。みんなは服をマギで作らないのかな?


「キャロルちゃん、今日はなにするの?」

「ふっふーん、私に任せておいて!」


 いつもなら一緒に街を見て回ったりおこづかいでお買い物したりするんだけど、今日はキャロルちゃんに何か考えてる事があるみたい。キャロルちゃんはエッヘンというポーズをしてる。ボスも時々やるかっこうだけど、そういう時のボスはなんだか失敗することも多いよね。大丈夫なのかな。


 キャロルちゃんとおててをつないで一緒に歩きます。そういえば、今日はバレットはついてきてないんだ。いつもなら一緒に来るんだけど、今日はボスの方についていってるんだよ。バレットも「ぼでぃーがーど」のお仕事が忙しくって大変だよね。

 しばらくおしゃべりしながら二人で歩いてると、なんだか前の方が騒がしくなってきた。見たら、人がいっぱい集まって何か始まるところみたい。なんだろう、と思ったらそこがキャロルちゃんの目的の場所だったみたいだよ。


「わー、すっごい人がいっぱいいる!」

「ふふふ、まだ驚くのは早いよシィちゃん! ほら、あそこをよく見てみて!」


 キャロルちゃんの指の先には「創作料理選手権」という大きな看板が出ていた。


「そーさくりょーり? せんしゅけん? お料理で何かするの?」

「そうだよ! あのね、みんなで得意な料理を作って、誰が一番おいしく作れるか決める大会なんだよ! ふふふ、そしてなんと! 私は今日これに出場しまーす!」

「えっ、キャロルちゃんもお料理するの?」

「ふっふっふ、何を隠そう! 実はシィちゃん達が食べてるお料理だって私が作ったものも少しまじってるんだよ?」

「えー、キャロルちゃんすごーい!」


 キャロルちゃんがお料理できるなんて知らなかったな。知ってたらキャロルちゃんに教えてもらったのに。でも、みんなで一緒にお料理するなんてとっても楽しそうだね。きっととっても上手な人もいっぱいいるだろうけど、キャロルちゃんは大丈夫なのかな?


「シィちゃんに来てもらったのは、一緒にお料理しようと思ったんだよ?」

「えっ、シィもお料理するの?」

「うんっ! あのね、バンペイさんからシィちゃんがお料理勉強してるって聞いたの! だから、シィちゃんと一緒にお料理したいなーって思って」

「そっかぁ。ありがとうキャロルちゃん! でも、シィはまだ練習中だけど、大丈夫なのかな?」

「だいじょーぶだいじょーぶ! 私に任せておいて!」


 そう言ってエッヘンと胸を叩いたキャロルちゃんは、やっぱりボスに重なって見えた。大丈夫かな?


//----


「じゃ、まずはお野菜を切ってみて。私はお肉の方を準備するね」


 キャロルちゃんはそう言ってお肉をすごい手つきで切りさばいてる。シィにはとっても真似できないような速さで包丁がシュンシュンと動いてるのに、キャロルちゃんは鼻歌まで歌っててとってもすごい!

 シィにはキャロルちゃんみたいな手つきは無理だから、お野菜を一つ一つちゃんと丁寧に切る事だけがんばったよ。細長くて柔らかい葉っぱのお野菜は、シャキシャキの歯ごたえが残るようにぶつ切り。固くて大きな黄色いお野菜は、皮をむいてから食べにくくないように少し細かく細切り。


 だけど、渡されたお野菜の中で一つだけ見たことないお野菜があったの。

 真っ黒でまん丸のお野菜で、どういう風に切ればいいのかわかんない。


「ねぇ、キャロルちゃん、このお野菜はどういう風に切ればいいの?」

「あっ、それは野菜じゃなくて果物なんだよー。あのね、それは中身を潰して使うから、適当に切っちゃって大丈夫だよ!」

「うんっ! わかった!」


 果物なんだ。見たことない果物にドキドキしながら包丁を入れると、外は真っ黒だったのに中からは真っ赤な実が飛び出してきた! わっ、すごい果汁があふれてる! 慌ててお皿で受け止めると、周りで見てた他の料理人の人が笑っている事に気がついた。


「おいおい、なんでこんなちっちゃな子が選手権に出てるんだ?」

「ははは、あーあ、手が真っ赤になっちゃってるよ。気をつけろよお嬢ちゃん」


 ほんとだ、両手をみたら真っ赤になっちゃってる。真っ白なワンピースにも赤い果汁がポツポツと飛び散って染みになっちゃった。気がつかなかったら、もっと汚れちゃったよね。


「教えてくれてありがとう、おじちゃん!」

「お、おう……」


 お礼を言ったら、教えてくれたおじちゃんはなんだか不思議な顔をしてあっちを向いちゃった。いい事をしてもらったら、ちゃんとお礼を言わないといけないのに、おじちゃんはお礼を言われた事がないのかな?


 なんとか黒くて赤い果物も切り分けて、すりつぶせるように赤い実だけを取り出せた。ふー、これでやっと全部切り終わったよ。どうしてみんな、こんな大変な思いをして料理するんだろう。

 シィはマギが使えるけど、おにーちゃんは「便利すぎるのもダメ」って言って、あんまりマギで出した料理は好きじゃないみたい。それよりも、シィが作ったあんまりおいしくないはずの野菜スープを「おいしい、おいしい」って食べてくれる。

 不思議だったから、おにーちゃんに「どうして?」って聞いてみたら、「シィちゃんが作ったほうが、シィちゃんのが入ってておいしいんだよ」って教えてくれた。

 シィの気持ちが入ってると料理がおいしくなるんだって。それなら、もっとおいしくなーれって思いながら作れば、もっとおいしくなるのかな。気持ちって不思議だね。


「キャロルちゃん、切り終わったよー」

「ありがとうシィちゃん! こっちも終わったから、あとは順番に焼いたり煮たりするだけだね!」


 見てない間にキャロルちゃんはお肉だけじゃなくてパンまでこねて作ってたみたい。


「キャロルちゃんすっごい早いね! お料理上手なんだ!」

「えへへ、お父さんにね、いつも教えてもらってるんだ。お父さんは私なんかよりもっと上手だよ」


 確かに社員食堂のお食事はいっつもすっごくおいしいよね。キャロルちゃんのおとーさんってどういう人なのかな? いっつも料理場にいて会った事がないんだ。恥ずかしがり屋さんみたい。私もキャロルちゃんのおとーさんにお料理教えてもらえれば、もっと上手になれるかな?


 シィのおとーさんを思い出すよ。おとーさんはちっとも料理なんてしないし、いっつも簡単なお料理しか食べてなかったけど、シィにはしっかりと食べなさいって言ってたっくさん料理をマギで出してくれた。

 こんなに食べきれないよってシィが言うと、「残しても良い。食べたいものだけを食べても良い。栄養面は問題ないように調整してある」ってよくわからない事を言ってくるの。

 どうしてこんなにいっぱいお料理をだすの? って聞いたら、おとーさんは「選択肢が多い事が重要なんだ。そこから何かを選びだす意思が肝心だ」ってやっぱりよくわからない事を言う。おとーさんはいっつも難しい事ばっかり言うからシィにはよくわかんなかったけど、たくさんお料理を出した方がシィのためになるっていうのはなんとなくわかった。

 だけど、おとーさんは、料理をおいしくできる『気持ち』の事を知らなかったのかな? たしかにマギで出したお料理もおいしいけど、社員食堂でみんなと一緒に食べる料理はもっとおいしいよね。おとーさんが知らない事を知ってるおにーちゃんはすごいと思う。


 キャロルちゃんはテキパキとお料理を作ってく。シィはまだあんまり上手じゃないけど、おにーちゃんがほめてくれたお野菜のスープを一生懸命に作った。おいしくなーれって『気持ち』を入れるつもりでじっくりかき混ぜながら、塩とかスパイスとかを入れるの。


 決められた時間の中で何とか作り終わって一安心。あとは、審査員っていう人たちに食べてもらうだけなんだって。他の人が作ったお料理が食べられるわけじゃないんだね。さっきからおいしそうな匂いがあちこちからしてくるのに、ちょっと残念だな。

 一息ついてから周りを見てみると、シィ達をじぃっと見ている人がいるのに気がついた。見覚えがある顔だと思ったら、ブライおじさんの部下の人だ! 確かシィが閉じ込めちゃった事を謝りにいった時に、「シィちゃんのファンになった」って言ってた人みたい。お名前は聞きそびれちゃった。手をふってみたら、すっごい笑顔になってブンブンと手をふり返してくれた。


「シィちゃんどうしたの?」

「あ、キャロルちゃん。あのね、あそこに知ってる人がいたから、挨拶してたの」

「へー、そうなんだ」


 そう言ってキャロルちゃんは部下の人に顔を向ける。そしたら「うわっ」って変な声を出した。


「シィちゃん……あ、あの人がシィちゃんの知り合いなの?」

「そうだよ?」

「あの人って、最近新しい商売がすっごく上手くいって急成長してる商人さんじゃなかった?」

「そうなの? ブライおじさんの部下の人だよ?」

「もう今は部下をやめて独立してるはずだよ確か。新しい商売がすごいから、ブライさんも独立を認めたんだって」

「そうなんだー。キャロルちゃんは何でもよく知ってるんだね!」

「ふふふ、こう見えても看板娘だからねっ! 噂なんていくらでも入ってくるんだよ。今一番多い噂は、バンペイさんの事だけどね。『マギハッカーの再来』だって、みんなすっごく噂してるんだよ?」

「え、おにーちゃんが? すごいね!」

「王様まで認めたからね。実際に会った事があるって人は少ないから、どんな人だろうってみんな噂してたよ。『マギハッカーは美青年だったって言われてるし、きっとすごいイケメンだ』なんて言って、女の人はキャーキャー言ってたし」


 うん、おにーちゃんはかっこいいよね。ボスもおにーちゃんが大好きみたいだし、きっとみんなもおにーちゃんを実際に見れば、もっと好きになるよ!


//----


「これより結果を発表します!」


 昼ごはんをキャロルちゃんと食べながら長い審査の時間を待ってたら、やっと審査が終わったみたい。結果を発表するんだって皆が集まりはじめた。

 キャロルちゃんとシィは、他の料理人の人達と一緒に舞台の上に立ってる。数えてないけど料理人の人はいっぱいいるから、シィ達が選ばれるのは難しいかなぁ。


「優勝者は…………キャロル&シィのペア!」


 すぐには名前が呼ばれた事に気がつかなかったけど、キャロルちゃんが「やったー!」って喜び声を出したからシィにもわかった。少しずつ嬉しくなってきて、シィも「やったー!」ってキャロルちゃんと一緒にピョンピョンはねちゃった。

 司会の人に呼ばれたから舞台の前にでていくと、シィ達を見た観客の人達や料理人の人達から驚いた声が聞こえてくる。


「あ、あの女の子達が優勝なのか?」

「ば、ば、馬鹿な……この私の至高の一皿が幼女の料理に劣るはずが……」

「それより、あの子たち可愛いな。あの子たちの手料理なら金を払ってでも食べたい!」


 ざわざわとした声がなかなか止まらない中で、審査員長って呼ばれている人がシィ達の料理を解説しはじめた。


「まず何と言っても素晴らしい肉料理。固すぎて食べづらい事で有名なイースト牛の肉に、目に見えないほどの細かい包丁を多量に入れる事で簡単に歯で噛み切れるほどの食感を実現している。さらに、最近南方から入ってくるようになった果物、ピキナルを組み合わせる事で更に肉に柔らかみを増している点は、創作料理として特筆すべきだろう。イースト牛の味だけでなく、芳醇な果物の香りと何年もかけて熟成されたような濃厚なソースの旨味が加わり、最高の一皿に仕上がっている!」


 すごい、よくわからないけどキャロルちゃんのお料理がたくさんほめられてるのはわかった。キャロルちゃんは少し照れた様子だけど、シィがパチパチと拍手すると「ありがとう」って喜んでくれた。


「だが、それにも増してこの料理の魅力を引き上げているのは、付けあわされた野菜スープ! 一見、平凡な一皿に見える。だが、全ての野菜が丁寧に下ごしらえされ、繊細なバランスで恐ろしいほどの調和を見せる。これほどの一皿は、食べる人の事をよく考えていなければ作る事はできない。まさしく、料理人の『おいしく食べてほしい』という気持ちが伝わってくるような一皿だった!」


 今度はシィの作った野菜スープもほめてもらっちゃった。えへへ、やったぁ。シィが込めた『気持ち』はしっかりとスープをおいしくしてくれたみたい。


「創作料理だからと言って、奇抜な料理だけが創作料理ではない! 目新しさだけを狙ったような皿が並ぶ中、このペアの皿はあくまでも基本に忠実に、しかし食べてみると確かに創意と工夫を感じられる素晴らしいものだった。まさに創作料理とはかくあるべしと伝えてくれるようだ! まさかこのような料理が、可愛らしい少女たちが創りだしたものだったとは驚いたが、料理の味と料理人の年齢は関係ない。審査員の全員一致でこのペアに優勝を贈りたい!」


 審査員長が大きな声で喋り終わると、観客の人達はわーっと大声を上げて拍手してくれた。シィとキャロルちゃんが一緒にお辞儀すると、さらに歓声は大きくなった。


 今日はすっごく楽しかった。

 やっぱり、お料理ってすごいね。人の笑顔を作れるマギみたい。


//----


「ただいまー!」

「おかえり、シィちゃん。今日は楽しかった?」

「うんっ! あのね、今日はキャロルちゃんと――」

「シ、シィ! 大丈夫なのか! どこか怪我してるんじゃないのか!?」


 おにーちゃんにお料理をしてほめられた事を話そうとしたら、ボスが慌てて私に駆け寄ってきて、あちこち触ってくる。どうしたのかな?


「んー? どうしたの? 別にどこも痛くないよ?」

「だ、だが、その服のは……」


 ボスが指差した先には、赤い果物の果汁が染み付いた白いワンピース。


「ボス、落ち着いてください。これは血じゃないですよ」

「いや、しかしだな……」


 いつも通り、おにーちゃんとボスのやりとりが始まります。ボスが慌てたり驚いたりして、おにーちゃんがそれをよしよしってするの。シィはそれをニコニコと見ています。やっぱり二人ともとっても仲が良いよね。二人のやりとりを見てるだけで楽しくなってくるな。


 おにーちゃんがおとーさんに似てるって思った事は何度もあるけど、おとーさんがおにーちゃんだったら、おかーさんはボスみたいな人なのかな? ボスがおかーさんだったら楽しそうだね。


 おとーさん、シィは毎日とっても楽しいです。

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