CoffeeBreak 03 - hacker.gain(trust);

「失礼する。ルビィはいるだろうか」


 そんな声が唐突に耳に飛び込んでくる。昼を少し回ったところで、昼食の余韻を楽しみながらシィと二人で図書館から借りてきた童話を楽しんでいた。ボスはスキャナやメールのマギサービス登録のため、一人で外回りしている。少しは社長らしくなったと思ったが、自分で動きたがる癖はなかなか抜けないらしい。


「で、デイビッドさん!?」


 オフィスの玄関口に立っていたのは、ボスの父親であるデイビッド=レイルズ氏だ。あの議会での以来のご無沙汰である。といっても、あの時はマギシグネチャの欠陥やオスカーの醜態で議会が騒然となり、ほとんど会話する機会はなかった。

 僕にとってはほとんど初対面であり、ボスの父親ともなると緊張を強いられる相手だ。


「ああ、君か。この度は世話になった。改めてお礼を言わせて頂きたい」

「い、いえいえ、ボスの、あ、いや、お嬢さんのためでもありましたから」

「ふ……そう固くならずともよい。私は見ての通り融通の効かない人間だが、礼を言うべき相手に矛を向けるような不義理な真似はしないつもりだ。それに君にはいつも私の娘がをかけているようだからな」

「は、はぁ……」


 こうして話してみると、やはりボスの父親というべきか、ボスと話している気がしてくる。ボスの口調は父親を真似たものらしいが、まさに瓜二つであった。

 ボスにをかけられているのは間違いないが、僕だってボスにはお世話になっている身だ。


「ちょうどいい、君には確かめておきたい事があったのだ」

「ねー、シィはお外であそんでた方がいい?」


 なにやら難しい話が始まりそうな雰囲気を察したシィが口をはさむ。今まで僕にばかり気が行っていたデイビッドさんは、そこで初めてシィの存在に気がついたようだ。


 シィを見たデイビッドさんの変化は強烈だった。

 さきほどまでボスには似ても似つかないピッチリキッチリとした几帳面で真面目そうな顔と態度を見せていたデイビッドさんは、急激に頬を緩ませて、だらしない笑顔になる。


「おおお、かわいいなぁ。ルビィの小さい頃を思い出すよ。お嬢ちゃんのお名前は? いくつかなー?」


 何も知らない人が聞いたらすぐに通報しそうなセリフを吐きながらシィに近づく。そんなデイビッドさんの様子には気にも留めず、シィはきょとんとした顔で答える。


「シィはシィだよ? って、なにがなの?」

「おお、シィちゃんって言うのか。ちゃんと質問できて偉いねぇ。おじちゃんの聞き方が悪かったね。シィちゃんの歳はいくつなんだい?」

「んー……わかんない!」

「そうかそうかぁ。わかんないんじゃ仕方がないねぇ」


 デイビッドさんはシィの頭を撫でながら、ニコニコと音が聞こえてきそうな笑みを浮かべっぱなしだ。シィはなぜデイビッドさんがニコニコしているのかわからないのか、不思議そうな顔をしている。

 どうやらデイビッドさんが子煩悩であるという噂は真実であったらしい。この様子を見ていればいやでも理解できる。


「あ、あの、デイビッドさん……?」

「ん? なんだね?」


 僕が話かけると、まるでモードが切り替わったかのように「真面目モード」の答えが返ってくる。僕に向ける顔も先ほどまでの真面目で几帳面そうな表情のままだ。


「ねーねー、おじちゃんはボスのおとーさんなの?」

「おお、そうだよ。ルビィのおとーさんだよ。ボスって呼んでるんだねぇ。偉いねぇ」


 もはや何が偉いのかもわからない。シィが話しかけると再び「子煩悩モード」に切り替わり、デレデレとした顔をしながらシィを褒めそやす。きっとこの調子で幼いボスも褒めに褒められて育ったのだろう。それでもわがまま放題というわけではないのだから、奇跡的である。


「あのね、どうしておとーさんなのに、ボスといっしょに暮らさないの?」

「そ、それはね、おとーさんはルビィと暮らしたいんだよ。でも、ルビィはそれが嫌みたいなんだね……残念だねぇ」


 どうやらデイビッドさんはまだ子離れできていないらしい。シィの率直な疑問に消沈している。


「あのね、あのね、おとーさんと子どもはいっしょにいないとダメなんだよ? シィのおとーさんはお空の上に行っちゃったから会えないんだぁ。だからね、おじちゃんはボスと一緒にいてほしいな」

「……そうなのかい、それはつらかったねぇ。そうだね、おじちゃんもルビィと一緒にいたいけど、ルビィはおじちゃんから離れて一人でがんばってるんだよ。おじちゃんがわがまま言って、困らせるわけにはいかないんだ。それに今はシィちゃんやバンペイ君がいるんだろう?」


 そう言ってちらりと僕を見るデイビッドさん。良かった、年頃のボスと一緒にいる事を父親にどう見られるか心配だったが、この分なら少なくとも嫌われているというわけでは無さそうだ。


「んー、そっかぁ。シィもね、おにーちゃんとボスとバレットと一緒にいるの、楽しいよ? おにーちゃんっておとーさんにそっくりなんだー。あのね、シィひとりぼっちだったけど、今はさびしくないんだよ?」

「そうかそうか。それはよかったねぇ」


 デイビッドさんはシィの言葉にますます目を細めて、シィの頭を撫でまわす。そろそろシィの頭から火がでてきそうなので間に入る。


「あ、あの、デイビッドさん。それで、僕に確かめておきたい事とは一体なんでしょう?」

「ん? うむ、そうだな……シィちゃん、ちょっとこのおにーちゃんとお話があるから、お外で遊んでいられるかな? せっかく一緒にご本を読んでたのに邪魔しちゃってごめんね」

「んーん、いいよっ! じゃあシィ、お庭で遊んでるねっ!」


 そう言って笑ってバレットと一緒に玄関から庭へと向かうシィ。よくある事ではあるのだが、大人の都合でシィを追い出してしまうのは非常に申し訳なく思う。シィはその辺りはしっかりと空気を読んでおり、なにも文句は言わないが、まだまだ甘えたい盛りのはずなのだ。


「いや、可愛らしい子だ…………君の子かね?」

「ブッ!!」


 デイビッドさんからの想定外の言葉に変な声がでる。


「ち、違いますよ! ボ、お嬢さんから事情を聞いてないんですか!」

「冗談だ。あの子もおとーさんには会えないと言っていただろう。しかし、君達の仲睦まじい様子を見ると親子かと見まごうのもしょうがあるまい」


 こちらの「真面目モード」の時は堅い人かと思っていたが、どうやら冗談を言うお茶目な一面もあるらしい。しかし真顔で冗談を言うのは心臓に悪いからやめてほしい。


「確かめておきたいのは、私の愛娘であるルビィの事だ。その……気を悪くしないでほしいのだが、あの子としている……というわけではあるまいな?」

「ブフゥッ!!」


 なんという事を言い出すのだこの父親は。今度も冗談かと思ったが、どうやら本気らしい。


「そ、そんな事は断じてありません!」

「そうか……それならそれでいいんだ。だがな、もしあの子が君に対して想いを打ち明けた時、君が嫌でないのなら、きちんと受け入れてやってほしいのだ」

「そ、それは……」


 父親であるデイビッドさんの意外な言葉に目を見開く。そこは普通「断じて娘はやらん!」と言い出すところじゃないのか?


「あの子は小さい頃からヤンチャでな。女らしい淑やかさとは無縁で育ってきた。口調まで私に似てしまって、何度も女らしくなるよう矯正を試みたのだが、ついに徒労に終わってしまったんだ」


 言葉の端々から疲労感がにじみ出ている。どうやらボスは幼い頃から調子だったらしい。デイビッドさんの苦労が偲ばれて思わず目頭が熱くなる。


「あの子が成人してマギサービスの会社を作りたいと言い出した時、私が思わず反対してしまったのは、彼女の幸せを考えたからだ。別に女の幸せが家庭を築く事だけだなどとは言わないが、それでも愛する相手がいるのといないのとでは大きな違いがあると思っている」


 女性と恋愛した事のない僕にはわからないが、既婚者であるデイビッドさんの言葉には含蓄がある。


「もし会社を作れば当分は恋愛などする暇もないほどの多忙になるだろう。あの子ももう結婚適齢期。だが、あの調子ではいっこうに相手など現れるはずもない。本人も全く乗り気ではないようだったしな。会社作りにかまけて、ズルズルと未婚のまま残りの人生を過ごす。そう考えたら、とてもではないが彼女の夢に首を縦に振ることはできなかったのだ」


 デイビッドさんの言い分も理解できる。女性の幸せは地球でも度々議論の俎上にあがる難しいテーマだ。バリバリと働く女性、家庭を築く女性、両立する女性、それぞれにそれぞれの幸せがあり、デイビッドさんの見方はあまり公平とは言えないだろう。

 だが、親として自分の娘の幸せを願う気持ちは、親でない僕にも理解できた。もう少し、ボスと話し合う事はできなかったのだろうか。


「あの子は私が反対した途端ショックを受け、理由も聞かないまま『それでも父様に認めさせてみせる』と家を飛び出してしまってな。思い込んだら止まらない子だと思っていたが、まさかあれほどとは……」


 ボス……なにやってるんですか。


「慌てて手をつくしてほうぼうを探しまわったら、オフィスとなる建物を借りて会社を立ち上げようとしている。言っても聞かないだろうと思ったから、陰からこっそりと見守ることにしたのだ。金もろくに持っていかなかったから食うに困るだろうと思って、食堂を通じて援助したりしていたがな」


 社員食堂の謎に対する真実がここに。いくら大金を支払ったにしても、さすがに食べ過ぎではないかと思っていたのだが、どうやらその陰には父の援助があったらしい。ボスは全く気がついて無さそうだ。

 僕達の胃袋はデイビッドさんに支えられていたのだ。感謝しなくてはならない。


「そして、そこに君が現れた」


 そう言って僕を見つめるデイビッドさん。


「はじめに君についての報告を受けた時は、すぐにでも飛び出して君を八つ裂きにしてやりたい気持ちだったが……」


 怖い。怖いよ、デイビッドさん。


「どうやら話を聞くと、お人好しで気の弱そうな毒にも薬にもならないような男だと言うじゃないか。しかも、どうもルビィの方から無理矢理に巻き込んだように見えたという話だった」


 ひどい言われようだが、事実その通りなのだから仕方がない。そして無理矢理に巻き込まれたのも本当だ。もちろん最後には納得して入社したのだが、強引であった事に変わりはない。


「しばらく様子を見ていると、君達はどこからともなく突然、新しいマギサービスを出してきた。そうだ、あの電話マギサービスだ。あれを見た時、私は君が見かけ通りの男ではない事を知ったのだ」

「か、買いかぶりですよ……」

「そう謙遜するものではない。あのマギサービスは陛下の仰る通り、確かに革新的と呼ばれるに相応しいものだった……。ジャイル氏から軍で全面採用したいという要望が出てきたのも納得できる。そこで私はこの機を利用して君達をこの目ではっきりと見届けてみようと考え、議会に召喚する事にした。もちろん、議員として議会で取り上げるべき議題だと思ったからでもある」


 そうだったのか。という事は僕が議会に行かずに、ボスだけが行ったのは当てが外れた事になる。


「ところが議会に現れたのは娘のルビィのみ。どうやら電話マギサービスの紹介も娘がやるようだった。困惑して半信半疑だったが、議会に現れた娘は胸を張ってしっかりと発表をこなしてみせた。それは見事なプレゼンだったのだ。わかるかね、君に私の気持ちが! あの娘がしっかりと質疑応答までこなしている! それも技術的な質問にすらまるでわかっていたかのようにスラスラと答えてみせる!」


 デイビッドさんは当時を思い出して興奮を抑えきれないようだった。娘の立派な活躍がそれほど嬉しかったのだろう。質疑応答はボスと二人で想定質問と回答集を作ったのだ。だが、それでもしっかりと仕組みを理解していなければ答えるのは難しい。あの時のボスは本当に努力していた。


「我慢できずに思わず娘を呼び出してしまったが、やはり君の助けが大きかったと本人の口からも出たのだよ。君に迷惑をかけてるのではないかと心配になって尋ねてみたら、またしても不幸な行き違いがあって、娘は大見得を切って飛び出していってしまったが……」


 ボス……。いや、もはや何も言うまい。ボスが早とちりして飛び出すのは様式美みたいなものだ。


「今回、私が助けられたことといい、君には多大な世話をかけた。だから娘をやる、というわけではないが、君が信頼できる男だというのは理解できた。少なくとも、娘を任せられる男だと。あとは君達次第ではあるが、ルビィの父として言っておきたい」


 そしてデイビッドさんは深々と頭を下げた。


「バンペイ君。娘を、ルビィをよろしく頼む」



 しかしその言葉に答える間もなく、ガチャリ、という音が背後から聞こえてきた。


「と、と、父様……!! な、な、なにを言ってるのです!!」


 開かれた玄関に立っていたのは、顔を髪と同じぐらい真っ赤にしたボス。


「おお、ルビィ。久しぶりだなぁ」

「そんな事より! バンペイに、な、な、何を吹き込んでるんですか!」


 ボスの顔を見て「子煩悩モードに」切り替わるデイビッドさんだったが、そんなものはボスには通用しなかった。眉を釣り上げたボスが顔を真っ赤にして父親に抗議する。


「うむ。どうやらバンペイ君は見込みのある男のようだからな。ルビィの事を頼むと――」

「勝手に人の事を頼まないでください!」


 ボスの鋭いツッコミが炸裂する。どうやらデイビッドさんは子煩悩モードだとマイペースな人間になるらしい。ボスが羞恥心であれこれと暴言をはくが、デイビッドさんはじゃれる子猫を相手にするように「はっはっは」と笑いながらペースを崩さない。

 父親に一向に通じない事を悟ると、今度は僕に矛先を変えてきた。


「バ、バンペイ……その、父の言う事を、真に受けたり……」

「確かに任されました。


 ボスをスルーして、悪ノリしつつ半ば本気でデイビッドさんに応える。ガッシリと僕とデイビッドさんが握手をかわすのを見たボスは口をパクパクさせている。そして、次の瞬間にはボスの悲鳴に近い声がオフィス内に響いた。


 結局その日は、ボスが真っ赤になって目も合わせてくれなかったのは、言うまでもない。

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