041 - hacker.check(criminal);

「陛下、その質問にお答えするには、犯人だと考える『根拠』を示さなければならないでしょう。根拠もなく人を疑うなどあってはならない事ですから」


 犯人は誰だと思うか、という直球な王様の問いにこう答えると、王様からつまらなそうな声が返ってくる。


「うむ、それもまた道理よな。やはりいくらお主であっても、そう簡単に下手人を見つけるなど無理だったか」

「いえ、無理だとは言っていません。根拠が必要だと言ったんです。そして、その根拠はそろそろこの議会へとでしょう」

「やってくる? カッカッカ! いいぞ、バンペイ。お主、実に面白いな。次は一体何を見せてくれる?」


 陛下が笑い声を上げると、議員達は顔を見合わせる。どうやら、陛下の笑い声はかなり珍しいらしい。そして陛下からの期待感が無駄に高まっていて、プレッシャーが大きくなっていくのをひしひしと感じる。

 そしてそれから間もなく、議会の扉が開かれる。これでプレゼンが始まってから三度目の乱入者だ。しかし、今回の乱入者は待ちに待った人。トレードマークの赤いショートカットを揺らして、胸を張ったボスが会場へと入場してくる。同じく入り口の脇に立っていたのデイビッド氏が自分の娘を見て目を見開く。


「待たせたなバンペイ!」


 ボスは大きな包みを両手で抱えている。


「過去3年分の議会で作成された書類だ!」


 大きな包みの中には、紙がぎっしりと詰められている。ボスが書類を持ち出せたのは警察隊の協力もあるが、過去に議会で作成された書類は機密事項が書かれているものでない限り、基本的に誰でも閲覧できるよう公開されるのだ。

 ボスが持ってきたのはそんな公開書類の一部だ。犯人の根拠を示すにはに該当する書類だけを選り分ける必要があった。議会にいなかったボスは、ずっとこの選別作業をしていたわけだ。「社長遣いが荒い」とはボスの言である。

 ボスから包みを受け取る際に目を合わせて頷き合う。だがボスは次の瞬間、はじめて国王陛下が玉座に就いている事に気がついたのか、慌てて頭を下げる。


「ありがとうございます、ボス! ……さて、陛下。今から、私達が作成したをお目にかかりたいのですが……」

「ほう! 電話マギサービスを始めたのは最近の話ではなかったか? 随分とマギサービス開発のペースが早いな? よいよい、見せてみるがよい」

「あ、ははは、それもまた、我が社の強みなので……。それでは、マギデバイスを失礼いたします」


 王様にまで『非常識』扱いされたらひどい目にあいそうだったので、慌てて話題を切り替える。宣言した通りマギデバイスを取り出すと、書類の山に向ける。


「【コール・スキャン・ペーパー・スタック】」


 マギデバイスの先端から白い一本のレーザーのような光が現れる。次の瞬間、議会にいた議員達、警察隊員達は目を見開いた。


 高くそびえたる書類の山の一番上にあった書類が、風もないのにひとりでに浮き上がりはじめ、レーザーの中を通過すると書類の山とは別の場所に着地する。

 同じように次の書類、そしてまた次と、目まぐるしく書類が移動しはじめ、どんどんともう一つの書類の山を作り始める。紙のペラペラとした音がペラララララと断続的に続き、書類の山と山の間には白い紙の橋が架かったように見える。

 一秒間に七、八枚という恐ろしいペースで、一分間に四百枚以上の紙が移動していく。ボスが奮闘して揃えた書類の山はあっという間に消え去り、もう一方に同じサイズの山が築き上がった。


「こ、これは一体どんなマギサービスなのだ? 書類が単に移動しただけのようにも見えるが、まさかそれだけではあるまい?」

「もちろん違います……そうですね、これは議員の皆さんに協力して頂きましょう。この書類の山の中に書かれていそうな内容に見当がつく方はいらっしゃいませんか? もしくは、知りたい事でもいいです。なんでも構いませんよ」


 僕が議会を見回すと、議員達は訝しげな表情をしつつも、三人の議員が挙手してくれた。その中の一人を促すと、おずおずと話し始める。


「それでは……去年の年末に計算されたマギサービス利用料に係る税収について、調べたい事があったのだが……」

「マギサービス利用料の税収ですね。【コール・サーチ・マギサービス利用料・税収】」


 呪文を唱えると、瞬時にパッと白いスクリーンが現れる。そこには、いくつかの『検索結果』が並べられていた。そう、これは先ほど『スキャナ』で取り込んだ書類を『検索』したものだ。


「この書類ですかね? ああ、こっちは一昨年のものでしたね。こっちかな」

「そ、そうだ! この書類だ!」


 スクリーンに映しだされた書類の画像に、議員がこくこくと頷く。その様子を見ていた他の議員達の間からざわめきが起こる。今度は驚きだけではなく、興奮したような声色も多い。議員達は目の色を変えてスクリーンに映し出された書類をまじまじと見つめている。


「ほほう……興味深い。先ほどの『書類の移動』で書類の中身がマギデバイスの中に写された、そして先ほどの呪文はそこから書類を探すための呪文、ということであろう?」

「まさしく陛下のご賢察の通りです。私達は書類をマギデバイスに取り込む『スキャナ』マギサービス、そしてそれらを集約し検索機能などを提供する『データベース』マギサービスとして、これらを提供する予定です」


 僕が説明して一礼すると、議員達の間からは興奮した声が聞こえてくる。書類仕事の多い議員達にとっては喉から手が出るほど欲しいマギサービスだろう。だからこそ、これらのマギサービスを作る事を決めたのだ。


「カッカッカ! 実に面白い。面白いな。電話に続いて何を出してくるのかと思えば、電話とは似ても似つかぬマギサービスではないか!」

「ええ、ですが、一連のマギサービスは実はつながっています。さらにもうひとつ、新しい『メール』マギサービスを利用すれば、この取り込んだ書類を電話のように遠く離れた相手に送る事すら可能になるのです」

「ほう、なるほどな……読めてきたぞ。お主らは議員達の仕事を減らそうとしておるのだな? ほれ、議員達の目を見てみよ。どの者も今すぐに使いたいと言っておるようだ。全く、楽をしようとしたがって嘆かわしい事だな?」


 言葉とは裏腹に王様は楽しそうな口調で議員達の怠慢を指摘する。先程まで目をギラギラと光らせていた議員達はさっと目を伏せる。


「あはは……私は議員達のような優秀な方たちが、書類整理のような作業にかかずらわっている状況を改善したいと考えただけですよ。その空いた時間に、より王国のためになる仕事をしてもらえれば良いと思います」


 書類仕事というのも議員達の立派な仕事の一つだ。日本の政治家のように秘書がいないため、基本的に書類であろうと雑用であろうと自分で行なう意外と大変な職業なのだ。身一つで仕事できないのなら議員失格だという風潮がある。

 議員達が多忙なのはこの書類仕事が大きな一因となっている。その事を知っていた僕は、だからこそ円卓議会に持ち込む新サービスとしてスキャナを選んだ。

 王様は僕の言い回しが気に入ったらしい。面白がる笑い声が聞こえてきた。


「なるほど、モノは言いようだな? クックック。しかし気に入った。して、バンペイよ。お主は先ほど確かにこう申したな? 『根拠がこの議会にやってくる』と。確かに興味深い一幕であったが、それが先ほどのマギシグネチャの件とどうつながる? お主の『根拠』とやらで下手人を見事に朕に示してみせよ」

「はいっ!」


 そう、ここからが本番だ。議会の隅で小さくなっているオスカーを、この王様の目の前に引きずり出す。その方法はもうすでに


「ところで陛下、マギシグネチャはなぜ『署名』である必要があるのか、お考えになられた事はありますか?」

「む? うーむ、確かに言われてみれば署名でなくても、通常なら発光だけで確認になるものだからな。マギシグネチャは先代王達が作り出したものだが、そこのところはついぞ考えた事がなかったな」

「マギサービスが作られてから数十年経っていますが、このダイナ王国は百年以上の歴史があります。当然ながらマギシグネチャなど無かった時代もありました。その頃の本人証明にも署名が用いられてきたそうです」

「ほう、なるほどな。つまり今のマギシグネチャが署名であるのは、歴史的な経緯あっての事という訳か」

「恐らくは。ですが、その頃の署名には当然発光するような機能はついておりません。それなのに本人証明として有効だったのです」

「クックック、バンペイよ。回りくどい話し方はやめよ。要するにお主は、その当時の『本人証明』をもって根拠を示してみせると、そう言いたいわけだな?」


 王様の直球な言葉に、ゆっくりと頷く。


「名前だけではなく、人が書いた文字には、その人だけの『特徴』が出てくるものです。それは、例えば筆順だったり、筆圧だったり、点の位置や線の長さであったりと様々ですが、このような特徴の事を『筆跡』と呼びます」

「筆跡か……一人一人異なるとは、まるでマギフィンガープリントのようだな」

「まさしくその通りです。字を覚えたての子どもなら筆跡というのは不確かなものですが、普段から書類を書き慣れている議員なら、癖と言うべき自分の筆跡を確立しているものです。それはもはや体が覚えているために、意識していても直すのは難しい」


 僕はおもむろにマギデバイスを取り出し、あらかじめ書いておいたコードを実行する。

 そのコードは、データベースに貯められた大量の書類から筆跡の特徴点を洗い出し、書類に書かれている署名の名前と関連付けていくものだ。

 プログラミングの真髄である、パターンの発見。大量の筆跡に共通するパターンがマギによって曝け出されようとしていた。いくら誤魔化そうとしても、人間は『自分のパターン』から抜け出せないものなのだ。

 ボスにお願いした書類を選り分ける条件とは、全ての議員の筆跡がまんべんなく、十分なサンプルの数を取り込めるようにするというものだ。書類一枚一枚の署名を確認して、議員ごとに数えていく大変な作業だったと思う。

 選別作業までスキャンマギサービスでやってしまっては、実物の書類がない分どうしても説得力に欠ける。手間が掛かっても、議員達に書類を印象づける必要があった。ついでに新サービスのプレゼンも兼ねている一石二鳥の案だ。


「この汚職の証拠書類に書かれているマギシグネチャ。デイビッド氏の名前が書かれてはいますが、実際には犯人が名前を偽って書いたものでしょう。当然そこには、『犯人の筆跡』が残されているはずです」


 そして、パターンの抽出が終わり、僕達の前には『真実』だけが残される。


「筆跡の一致が95パーセント。これは一体どういう事でしょう。


//----


 議員達、そして警察隊員達の視線が一斉に一か所に集まっていく。

 その中心にいる男は、蒼白にした顔を不安そうにキョロキョロとさせる。目を泳がせたまま誰とも目を合わせようとしない。


 僕と奴に直接の面識があるわけではない。だが、ボスを襲う寸前だったとディットーさんに聞いていた。僕が部屋に飛び込んだ時、ボスはディットーさんに抱きつきながら震えていた。あのボスが、震えていたのだ。


 絶対に、許せない。


「オスカー議員、あなたの署名が入った書類と、この証拠書類の署名の筆跡がほとんど一致している事について、ご説明願えますか?」


 しかし決して熱くなってはならない。冷静に、冷静にやつを追い詰めていかなければならない。もし熱くなれば簡単に逃げられてしまう。

 僕に名指しされたオスカーは首をブルブルと振りながら疑惑を否定する。


「し、知らない……わ、わ、私は何も、知らないぞ! だ、だいたい『筆跡』だって? そんなもの、君がでっち上げただけに決まってるじゃないか! 誰が書いた文字かなんてわかるはずがない!」

「そうですか? それでは試してみましょうか。議員の誰が書いたものでも、誰が書いたのか簡単に特定してみせますよ。僕が見ていないところで書いてもらえば、別に何も特別な事はしていない事が証明できるでしょう」

「そ、その署名だって、誰かが私の筆跡を真似たんだろう! 私ははめられたんだ!」

「私の話を聞いていましたか? 筆跡というのは、そう簡単に真似できるものではないんですよ。そして自分の筆跡を偽ることも難しいんです。例え真似したとしても、ここまで高い一致率になるはずがないんです」

「くっ! ……そ、そ、そもそも! 私はデイビッドの親友だぞ! ヤツとは学生時代から競い合ってきた仲なんだ! そんな私がヤツを陥れるわけないじゃないか! な、なあ、そうだろう、デイビッド!?」


 そう言って、助けを求めるように入り口の脇に立つデイビッド氏に目を向けるオスカー。この期に及んで陥れた相手に助けを求めるなど、なんと盗人猛々しいヤツなのだろうかと思う。

 呼びかけられたデイビッド氏は、悲しそうな顔でオスカーを見つめるだけで何も話そうとはしない。


「や、やめろよ、そんな目で僕を見るなぁ! 違う……違う……僕じゃない……僕はやってないんだ……」


 頭を抱えてブルブルと震えるオスカー。傍から見ていると、もはやいじめているようにしか見えない。オスカーのあまりの醜態に議会が白けた空気に包まれる。


「もうよい。見苦しいぞ」


 そして鶴の一声がかかった。


「バンペイよ、見事であった。よくぞ宣言したごとく下手人の『根拠』を朕に示してみせた。お主が『マギハッカーの再来』と呼ばれるのも納得できるものであるぞ」

「は、はいっ、ありがとうございます!」


 慌てて膝をついて臣下の礼をとる。マギハッカーという称号は正直僕にとって荷が勝ちすぎている。しかし、王様にまでそう言われてしまっては否定する事はできない。


「お、お待ち下さい陛下! わ、私は違うのですっ!」

「陛下の御前であーる! 直答も許されていないのに無礼であるぞ!」


 王様の言葉はオスカーが犯人だと言っているようなものだ。三権分立でしっかりと司法権が確立されているとはいえ、王様に限ってはその上に立つ存在である。憲法に近い王民誓言によって国民が裁判を受ける権利は保障されているものの、王様の言葉の重みは大きい。そのため、オスカーも必死に否定しようとするが、すかさずジャイルさんが間に入って無礼を叱責する。


「心配するでない。オスカーよ、お主にはしっかりと警察隊による調べを受けてもらおうではないか。お主に言わせればマギシグネチャの筆跡など何かの間違いかもしれんからな? お主が無罪だというなら、しっかりと協力するがよい。よいな?」

「し、しかし……」

「よいなっ!」

「はっ、ははぁ……」


 王様に念を押されて力なくうなだれるオスカー。もはや己の失態が覆らない事を悟ったのだろう。これ以上、王様に歯向かえばさすがに無礼討ちもありうる。


 一段落ついて王様が立ち上がった気配がし、礼をとっていた僕以外の議員達や隊員達も慌てて同様に膝をつく。議会の中が静粛に包まれる。


「これにて一件落着とする!」


 最後まで、王様の言葉遣いは古風な殿様のようだった。

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