030 - hacker.loadFile("hoge.magi").run();
「ちっ。私とした事が、こんな事でボロを出してしまうとは情けない」
先ほどまでの爽やかな笑顔を引っ込めて、皮肉げな笑みを浮かべる青年。どうやら、青年の本性を引き出す事に成功したようだ。
ボスが「シィの誘拐」と言う度に彼がシィの方に目をちらりと配っていたのに気づいていた。ボスの詰問を受けた青年の困惑を見た時は確信がもてず偶然かと思ったが、青年に質問を続けるたびに確信を深めた。明らかに青年はシィの顔を知っていたのだ。
本性を出した青年はクツクツと喉を鳴らして
「それで? それを知ってどうするのかな、君達は」
「な、何だと! 通報するに決まってるではないか!」
「ふーん」
ニタニタと嫌らしい笑みを浮かべる青年。王国には警察機構に近い治安維持を担当する軍隊がいる。権力の影響を受けないように王直属に設定されているその軍隊からの捜査は、例え円卓議会の議員だとしても拒めるものではない。裁判官などの司法に関しても同様なので、王の元での三権分立のような体制が作り上げられているのだ。
しかし僕達の前に立つ青年はそんな事などどうでもいいかの事のように、余裕の態度を崩さない。
「まあ通報してもいいけどさ。君達が恥をかくだけだと思うよ」
「どういう事だ!」
「なにせ証拠がない。私が命令したなんて誰に言っても信じないさ。こう見えても私は好青年で通ってるんだ。どうしても私を捕まえたいなら、何か証拠がないとね」
そう、体制がしっかりしているという事は捜査だってきちんと行い、司法の手によって詳らかに検証されるという事なのだ。決して中世のヨーロッパにあった魔女裁判のように、証拠もないのに容疑者を処刑する事などしない。疑わしきは罰せずとまでは行かないが、少なくとも印象だけで有罪が決まるような事はない。
悔しいが、男の言っている事は正しかった。
「ぐっ……だ、だが、あの誘拐を実行した男が証言すれば……」
それを聞いた男は腹を抱えて笑い出した。男の突然の笑い声にボスはフリーズしてしまう。シィは話の流れがよくわかっていない様子だが、キャロルは男の豹変に驚いて怯えているようだ。
「この私がそんなミスを残しておくとでも?」
その言葉を聞いてカッと視界がフィルタをかけたように赤くなったような気がした。
「貴様ッ!!」
同じく激情したボスが男に食って掛かる。
「おいおい、何をそんなに熱くなっているんだ? 君達の可愛い子を誘拐した憎き誘拐犯だぞ? そんな人間の一人や二人、いなくなっても別に構わないだろ?」
ミミックという魔物だとはいえ、彼だって立派な一個としての人格を持っていた。そこに、人間か魔物かなんて違いはなかったはずだ。『人間として振る舞うミミックが人間か』なんてどうだっていい事だったんだ。
オブジェクト指向プログラミングでは、いちいち処理しようとしているオブジェクトが人間かどうかなんて確かめたりしない。そこにいて、しっかりとした反応が返ってくるならそれで良いのだ。
彼は目の前の青年に一時の気まぐれで拾われ、こき使われていた。シィの誘拐を実行した事だって青年に言われて仕方なく、しかもまだ小さいシィに配慮した形で行なったのだ。仮に裁判で有罪を受けたとしても、情状酌量の余地は大いにあっただろう。
青年の非情な言動に思わず熱くなった僕だったが、その熱量を別のものへと
「なっ、こんなところでやる気か?」
「お、おい、バンペイ、私だって怒ったが、さすがにマギで攻撃するのはまずいぞ」
勘違いしたボスが、僕を慌ててたしなめる。もちろん僕は青年をマギで攻撃するつもりはない。いや、ある意味で攻撃になるのかもしれないが。
そして、僕はとある呪文を唱えて、とあるマギを行使した。マギの行使を受けて、マギデバイスの先端が光りを放つ。青年が慌てて身をかばうようにするが、しばらく経っても何も起こる気配はない。
「……? はっ、何も起こらないじゃないか。なんだ、脅すつもりか?」
鼻で笑う青年の言う通り、そのマギは目に見える形で実行されるものではない。一見すると、何も起こらないようにしか見えないのだ。
「どうしてもシィちゃんの誘拐を命じたと認めないつもりですか?」
じれったさそうな僕の問いかけに、青年は面倒くさそうな表情を浮かべる。
「だから何度も言ってるじゃないか。私が命じたと証明したいなら証拠を持って来いってね。まあ命令した相手でも連れてくるんだね。できるものなら」
「しかし、あの男性は確かにマギ・エクスプレス社の経営者の長男に命じられたと言っていましたよ。脅されて仕方なくやったと」
「はっ。別に脅してなんかいないさ。ちょっとお願いしただけだよ。まあ、お願いを聞いていなければ安定した生活を失っていただろうけどね。あっ、もうそんな心配もないか。何しろ生活する必要もなくなったしね。ははは」
再び笑い出した青年にボスがギシギシと歯ぎしりを立てる。シィは青年が言っている事を少しずつ理解しはじめたのか、泣きそうな顔になっている。楽しい『どうわ』を読み聞かせてくれた『おじちゃん』がどうなったのか、理解してしまったのだろう。
シィの隣にいたキャロルはシィの頭をごしごしと撫でて慰めている。ついてきたキャロルには特に状況を説明していないが耳年増の彼女のことだ、僕達の話から大体の事情を察したのだろう。いつもは楽しそうにプラプラと揺れている尻尾が、悲しげに垂れ落ちている。バレットはさすがに建物内に入れるのは目立ちそうだったので外に待たせているが、この場にいたらペロペロと顔を舐めてシィを慰めていただろう。
挑発するような青年の言葉に冷静さを保つのは努力が必要だったが、僕は熱しすぎたCPUをファンが排熱して冷やすように最後の問いかけを吐き出した。
「あなたは、とある男性にシィちゃんの誘拐を命じておきながら、失敗したとみるや男性を始末した。間違いないですか?」
「ああ。そうだとしたら何だというんだ一体? 君達に何ができる? たかが新興の小さいマギサービス会社の社長とその従業員の癖に、何ができるというのかな?」
余裕の態度を崩さない青年だったが、その余裕は次の瞬間にもろくも崩れさった。
『別に脅してなんかいないさ。ちょっとお願いしただけだよ』
『ああ。そうだとしたら何だというんだ一体? 君達に何ができる?』
玄関ホールに青年の声が
「な……な、なんだ、今のは」
「あなたの問いに対する答えです。『たかが新興の小さいマギサービス会社の社長とその従業員に、何ができるというのか』。今のが、その答えです」
「ど、どういう事だ……!? どうして私の声が君のマギデバイスから聞こえてくる!?」
僕はニコリと青年に笑いかける。
「簡単です。僕が作ったマギで、あなたの声を『記録』として残しただけですよ」
「き、き、記録ぅ!?」
「なにせ僕達は『電話』というマギサービスを提供するしがない会社ですからね。音声を記録するなんて、お手のものというわけです」
「あ、あ、ありえない! そんな簡単に新しいマギなんて作れるはずがないんだ!」
「そう言われても、ここにこうしてあなたの声が記録されていますから」
そう言って、先ほどからの青年の言動を再生する。僕のマギデバイスからは青年の悪逆非道としか思えない発言が次々と飛び出していく。
それを聞いている青年は事態のまずさに気がつき、先ほどまでの余裕をなくして真っ青になっている。しまいには、ブルブルと身体を震えさせ始めた。
『録音』のマギは電話を作る過程の副産物として、音声の符号化のテストのために作成したものだ。音声を0と1に変換したり、変換したものを戻したり、どうしても確認が必要となるために作ったのだ。まさかこんな事に役立つとは思わなかったが、何が役立つかはわからないものだ。
ついつい『プログラムは何でも残しておく』という悪癖を発揮した結果である。テストのためだろうが、一時的な確認のためだろうが、一度書いたプログラムを捨てるにはどうしても抵抗感がでてしまう。
貧乏性とも呼べるこの悪癖、現実世界の物であれば場所ばかりとってしまうが、データであれば場所をとるのは記憶領域だけだ。記憶領域が足りなくなったら簡単に捨ててしまえる。
マギデバイスの記憶装置がどうなっているのかはわからない。シィから借りた『仕様書』には記憶領域のサイズだと思われる数字が書いてあったのだが、その単位がわからないのだ。少なくとも限界はあるようだが、簡単に到達するようなサイズではない。
「バンペイ! バンペイ……!! よくやった!」
「ボス、痛いですよ」
嬉しさを抑えきれない様子のボスが僕の背中をバンバンと叩く。
「ふ、ふんっ! だが、そんな声だけでは私が命じたなんて証明になるまい! 誰がしゃべってるのかもよくわからない声なんかで、私に追求なんてできるはずがない!」
「そうですか? ならこれはどうですか?」
そう言って更にマギデバイスを振りかざす。
「こ、これは……私の、顔!?」
そう、僕達の電話はただの電話ではない。テレビ電話なのだ。相手の顔がスクリーンとして映され、相手の顔を見ながら話す事ができる。
そこには青年の顔がはっきりとした解像度でクリアに映されている。音声と合わせれば誰が話しているかなど一目瞭然だ。毛穴まで確認できそうな映像に、青年は愕然として今度こそ言葉を失った。
「さあ、どうですか? これでも通報されて恥をかくだけですかね?」
「あ……ありえ、ない……」
青年は茫然自失してうつむいてしまった。細かく震えながら、「ありえない」と繰り返している。
ボスがはしゃぎながらしきりに背中を叩いてくるので痛みを我慢しながら必死になだめていると、様子を見ていたシィがテクテクと青年へ近づいていく。抑える暇もないまま、シィは青年に近づいて問いかける。
「ねぇ、あのね、『どうわ』のおじちゃんは、どうしちゃったの……?」
しかしシィの悲しげな問いかけに青年が答えるわけがない。むしろ、近づいてきたシィを見つけるとニタリと笑って、勢いよく飛びかかる。
「はっ! 女子供をこの場に連れてきたのは失敗――」
失敗だったな、と言おうとしたのであろう青年は、しかしシィの周りに突如として現れた白い光のドームに阻まれる。バチッと音がしてシィを捕まえようとした青年の手はドームに弾かれ、青年はくぐもった悲鳴をあげた。
「わー、きれい!」
「こ、これは一体……」
キャロルとボスの声が背後から聞こえてくる。
「残念なのはそちらでしたね。シィが誘拐されたのですから、シィがまた狙われる可能性を見逃すはずがありませんよ」
「な、な、なんだこれはぁ!!」
青年は何度もドームに手を出そうとするが、その度にバチッと音を立てて弾かれ、しまいには手を出すのをためらうようになった。
あれは、僕が出かける前に仕込んでおいたマギだ。通常、マギはマギデバイスを構えて呪文を唱えなければ発動しない。しかしあのマギは、登録されていない人間がシィに近づいた時に発動するようになっている。誤爆を防ぐために弾く人間は背丈などで条件を掛けているが、基本的に『ホワイトリスト方式』だ。
まるでシィの使う透明の壁のマギのように、許可されていない人物による接触を拒んでしまう。見た目は派手だが、触れても最初は低ボルトの静電気程度のショックがあるだけなので誤爆しても大きな問題にはならない。接触を試みる度にボルト数を上げていき、最後には気絶するほどのショックが与えられる。
そして、あのマギがシィに『近づいた時』に発動するのは『イベントフック』によるものだ。イベントフックで扱えるイベントというのはマギランゲージによる命令だけではなく、様々な動作、状態の変化など多種多様である事が仕様書によって判明している。
イベントの全てを使いこなせるわけではないが、『何かが近づいてきた時』というイベントは仕様書に例として記載されており、扱うのは比較的簡単だった。
「そ、そんな……マギでこんな現象、起こせるはずが……」
ついに膝をついて、へたり込んでしまった青年。次々と新しいマギを見せつけられ、もはや完全に青年の常識の範疇を超えてしまったようだ。
「はっ、どうだ! うちのバンペイは非常識だろう!」
なぜかボスまでが誇らしげだったのが若干気になったが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます